18話
「口だけにならないようにしなよ」
「ええ、それは見ていれば分かります」
「そう、かい!」
いきなりの突撃、俺の不意を突こうとしたか。
だが、色々な初撃を予想していた。それに相手の方から来てくれるのであれば好都合。コチラからの攻めでは間違いなく手数が少なくて倒しきれなかった。それならば防戦に回る方が体術に持ち込みやすい。
ただ、それでも圧倒的に不利なのは確実。
まだ体の動かし方で守りきれてはいるがスキルを駆使して攻撃されたら分からない。エルいわく、俺と模擬戦をする時には剣術スキルを使ってやっているらしいから、それ以上に複雑な剣戟は来ないだろうが……。
「へぇ、守るのは上手いみたいだね」
「私を教えているのはエルですよ。一度たりとも彼女は手加減してくれた事などありません」
「なら、私の剣を流せるのも納得だ」
褒めてくれたみたいだが俺からすれば逆だ。
流す技術が無かったら何度も殺されている。死にたくないから技術を手に入れたんだ。今だって力で押し込まれてしまわないように流すのに徹しているだけ。見てから流せるだけエルの時よりはマシだけど一瞬でも目を逸らせば簡単に負ける。
まぁ、こちらとて防戦一方で終わる気は無い。
俺が狙うのはルフレの振りが大きくなった時。今は俺の剣を弾かせる事に集中しているみたいだが力を加えようとした瞬間、そこが俺の勝機だ。
とはいえ、本当に一瞬だけのチャンスだ。
見逃さずに動けるのだろうか……いや、そうなったらコチラからキッカケを作るしかない。守るだけだとコチラの体力が削がれていくだけ、疲れを見せてから攻めに打って出てもバレバレな手は食わないだろう。
なら、少しだけ今のうちに手を打っておく。
流す以外の手もある事を知られるのはデメリットではある。でも、その分の大きなメリットもあるんだ。俺の狙いたい一手を隠して、そしてルフレには焦燥感を与えられる。
「なるほど、剣を飛ばそうとしたか」
「ええ、ですが、難しいようですね」
一瞬だけ受け止めて剣の先で弾こうとしてみた。
だが、まぁ、上手くいくわけもない。連撃を一度、止める事はできたが下がられて躱されてしまった。距離を置けたから悪い一手では無かったようだが如何せん、もう少し勝機を見いだせる行動になって欲しかったな。
言っていても仕方の無い話か。
プラスに考えよう。それこそ、さっきと同じく睨み合いになれば消耗した俺の体力を回復させられるからな。今のうちに構えだけ取っておいてルフレを睨んでおく。若干、体を動かす素振りを見せておけば相手も易々と攻めに来れない。
「このまま睨み合いを続ける気かな」
「それはそれで楽しそうですね」
「……はは、私はゴメンだ」
再度、突撃。斬撃はさっきよりも早い。
でも、これでもエルの方が早いから対処は別に困らないな。それに……目で追える速度なのだからまだいける。一個前の打ち合いよりも力を加えたためか、大振りになっているんだ。
これだ、これこそ、俺が求めていた攻撃。
もう少し、もう少しだけ懐に誘いこめ。そこまでいければ俺の狙った行動が取れる。そこまでは流す事だけに意識を向けろ。小さな油断も許してはいけない。
「どうした。流すだけでは勝てないぞ」
「勢いを強くしたのによくそんな事を」
「弱音かな。なら、サッサと勝負を」
この一撃、構えからして来るのは分かっていた。
俺の腹目掛けての突きのつもりだったようだが前へ出過ぎているな。このチャンスを逃すつもりは無い。突き出したルフレの左手を掴んで捻る。そうだよな、これを予想はしていなかったよね。
剣を離してしまったのなら俺の方が優位。
首目掛けて剣を振って……刃先を掴まれたのを確認してからすぐさま離す。無理やり俺の右手を掴み返すのは時間の関係上、できまい。ここまで予想していた通りに進んでいるんだ。
最後の一撃にかけるだけ。
「何をッ!」
「こう見えても」
空いた右手で襟元を掴んで足を引っ掛ける。
咄嗟に足に力を入れたようだけど左腕を掴んでいる以上、そして襟を掴めてしまっている俺の投げを防げるわけもない。力任せではなく教わった通りの流れるような一撃……。
「格闘術には長けているんですよ」
「……そう……は、はは……」
「言いましたよね、次に勝つのは私だと」
新しく出した剣を首元に当てて笑ってみる。
ああ、この表情だよ。この負けるわけがないと思っていたのに倒されてしまった時の信じられないと言いたげな顔、これが見たかったから兄貴と何度も殴り合っていたんだ。とはいえ、最期の最期まで七割負けてしまっていたけどな。
「半分、信じていなかったよ」
「その割には笑っていますが」
「……はは、シンお父様から指南された時の事を思い出しただけだよ。あの時もこうやって私の想像を超えた一手を出されていたからさ」
シンと考え方が似ているということだろうか。
と考えると……少しでもシオンらしい行動を俺が取れているのか。もしかしたら、本当にシオンとしての何かが俺には残っていて……ただ単に記憶を全て失っているだけって事も有り得るな。
「うん、やっぱり、戦うのはいいね。こうやってモヤモヤを解消できる」
「それは私がシオンかどうかという事ですか」
「え、そんな事で悩んではいなかったよ」
何を言っているのって言いたげな顔をされた。
いやいやいや、その顔は俺がしたいんだが。数日前の話をした時は絶対にそういう事を言いたかったんじゃないのか。お前はシオンではないかもしれないから対応に困る、って。それ以外で悩む事なんて欠片もーー。
「いやー、単純にカッコイイ自分を作って見せるか、素で戯けた姿を見せるかで悩んでいただけ。お父様がシオンはシオンのままだって言うのなら別に疑問は無いからねぇ」
「はぁ?」
「だってさ、考えてみてよ。僕の事を忘れたシオンがさ、普段通りの話をしていたらそういう人なんだなって思わない?」
優しげな笑みを浮かべながら近づいてくる。
普段通りの話をしながら、か。それは話口調とかもそうなんだろうな。今は私じゃなくて僕って言っているから素なんだろう。……確かに俺の反応次第では素なんて見せられないよな。下手をすれば首を取られかねないんだし。
「話す内容によりますね」
「でしょでしょ。僕だってさ、弟にはカッコイイ存在として憧れられたいんだよ。本当は話をした時もウキウキしていたし、もっとお菓子を食べたかったし、お茶もおかわりしたかったし」
「あー、止まって止まって」
おいおいおい、兄弟間の争いからじゃないのか。
問題点は憧れられたいからって……くっそ、前までのクールなルフレはどこにいったんだよ。ただただ弟に頼られたいお兄ちゃんじゃねぇか。これが本当に素なのなら……何で俺は悩んでいたんだろう。
「なんか心配して損しましたよ。ルフレ兄さんは私の事を嫌っているのかなって思っていましたから」
「嫌っていたら二人っきりにはならないよ。それに僕も同じ事を考えていたからさ」
ケラケラと普段とは違う笑い方をしてくる。
そうだよな……確かにルフレは頭はいいし戦闘の才能もある。だけど、歳は俺と大して違わない十四かそこら何だ。表裏を考え過ぎたって意味が無いよな。
「だけど、戦っている時は素を見せてくれたよね。僕の前では別に俺って言ってもいいんだよ。わざわざ家族の前で繕う必要は無い」
「それは……」
「ルール家において遠慮は不必要だよ。そこは昔のような無配慮な姿を見せてくれ。さすがに頼られ無さすぎると僕も悲しいんだ」
軽く頭をポンポンと撫でてきて抱き締めてきた。
あー、そういえば家族ってこんな感じだったよなぁ。本当の家族じゃないのかもしれないけど胸の奥が暖かくなってくる感じ。……ずっと味わえなかったから忘れそうになっていた。
「さてと、また今度、沢山話そうか」
「……ああ、その時は素で話すよ。他人と話すわけじゃなくて、ルフレ兄さんと話をするわけだからな」
「うん、それでいいよ。僕もそっちの方がすごく嬉しい」
立ち上がって剣を軽く振ってからしまう。
ルフレは未だに剣を眺めるだけですぐにしまおうとはしない。若干、苦い顔をしているのは剣に対して何かしらのトラウマでもあるのだろうか。そう思えてしまうほどには喜ばしくない顔をしている。
「どうかしたか」
「いや、大したことじゃないんだ」
そう言って二、三回剣を振ってから腰に差す。
その速度を見て模擬戦でも力を抑えていた事がよく分かった。目では追えているけど多分、アレだけの速度で振られていたら押し負けていたのは間違いないだろう。
「シオン、決めたよ。また僕も剣を振ろう。次に戦う時はシオンでも手も足も出ないさ。今度は少しも手加減する気は無いからね」
「その時には俺が手加減する事になりますよ」
「はは、それが嘘に聞こえないのが怖いよ。ただ僕もそう簡単に負ける気は無い。その時に神童と呼ばれた力をとくと見るがいいさ」
……初めての経験だよ。
記憶が無い事がここまでむず痒いなんてね。きっと記憶があればルフレが悩んでいる理由も分かるんだろう。でも、今の俺にはルフレにかけてあげられる言葉が何も無い。
この先も関わっていけば分かるのだろうか。
どうせなら他の誰かに聞かないでルフレの口から教えてもらいたいものだ。まぁ、そうするためには嫌でも話を多くしないといけないんだけどな。仕方ないか、それも必要経費だと思おう。
「それじゃあ、行こうか。朝食の時間も近い」
「家以外の食事、すごく楽しみです」
「値の張る宿だからきっと美味しい食事だよ」
はは、そこまでぶっちゃけるのか。
少しだけ楽しみになってきたよ。敵陣の中とはいえ、今回の旅でどういう事を学べるかってね。
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