15話

「おや、お疲れのようですかな」

「ええ、お恥ずかしい話、久しぶりの長距離の移動で疲れてしまったようです」

「はっはっは、ならば、無理をせずにお休みになられれば良いものを」


 白髪の男性はそう言って笑って見せた。

 言葉では笑っているように感じるが目は笑ってはいないな。初めてルール家以外の貴族と話をしてみたが、まさかここまで人を試すような目をしてくるとは思ってもいなかった。


「それだけリロ子爵とお話をしたかったのですよ。我が父であるシンからリロ家は優秀であると教えられてきましたから」

「シン様がそう言っていらっしゃるとは。それは大変、光栄ですな」

「アービン殿でなければリロの町を今ほどに繁栄させることはできなかったとお聞きしています。それに何度もリロ家に助けられたとも」


 笑顔を見せながら包み隠さず伝える。

 大丈夫、俺の後ろにはエルやリリーがいるし、何ならルフレだっている。挨拶をするだけだからと今は俺が対応しているが、その内にルフレにバトンタッチしてもらえばいい。だから、目の前にいるアービン・リロから好感を得られれば十分だ。


「それはそれは、私としてもシン様のお傍で働いてきた甲斐があったというものです。……と、少し長話が過ぎましたね。奥で詳しく話をさせて頂きましょう」


 そう言ってアービンは奥へと進んだ。

 それと同時に端で立っていたメイドが動き出して先導を始める。行ったことが無いから分からないがメイド喫茶もこんな感じなのだろうか。いや、ここまで優雅な美しさを醸し出すようなメイドは日本にはいないよな。


 それにしても全員、美しい顔をしているな。

 メイドはもちろん、執事もアービンも綺麗な顔をしていた。兵士は甲冑のせいで顔がよく分からないが綺麗なのだろうか。いや、さすがに無骨に剣を振る役職だ。剣の腕も顔もとまではいかないだろう。


「そちらにお座り下さい」

「失礼させて頂きます」

「失礼します」


 アービンの指示通り席に座った。

 隣にルフレが座り、後ろにエルやリリーがいる。こういうところに出るとやはりアンジェリカ達を置いてきた判断は正しかったと思えてしまうな。俺でさえも緊張で震えてしまいそうになる。目の前のアービンから放たれる眼光はそれだけ鋭い。


 本来は貴族同士で食事をする場所なのだろう。

 縦で十はある席とそれだけの長さを持ち合わせるテーブル……所々に置かれている蝋燭とかも高級感が漂ってきて場違い感で気が狂いそうになる。とはいえ、今更、帰るという訳にもいかないが。


「改めてではありますが自己紹介をさせて頂きましょう。私はアービン・リロ、シン様からお聞きしているでしょうが元ルール家の使用人です」

「……そうなんですね」


 美しい礼と共に青い目がより鋭くなる。

 適当に返事をしてしまったが……おいおい、アービンが元使用人とか聞いていないぞ。マリアもそこに関しては触れていなかったし。もしかして、アービンの嘘なのか。俺の能力を測るための嘘だったのか。


「申し訳ありません。お父様から聞いた話の中でアービン殿が使用人であったという旨はありませんでした。とはいえ、仮にそうであったとしても何も不思議に思わない程の高名なお方です。お父様に寵愛されたとしてもおかしくは無いでしょう」

「……なるほど、よく考えていらっしゃる。実のところ私がシン様の元で勤めていたのは事実なのですよ。もちろん、シン様がお話していないのであればルフレ様であっても知らない話でしょうが」

「ええ、失礼な話ではありますが私も初めて聞きました」


 へー……よく分からない立場の人だな。

 とはいえ、真意がよく分からない。ルール家に忠誠を誓っていると伝えたかったのか。いや、それなら過去の話をせずとも言葉にすればいいだけの事。あるとすれば……元配下であった事を伝えて俺の態度が変わるか確認したかったとかか。


「知っている振りをせずに素直に話をされる、それは簡単なようでとても難しいのです。だからこそ、私はシオン様とお話ができてとても嬉しく思っています。肩書きなどを抜きにしても嘘をつかないというだけで信用できますから」

「そう言っていただけると光栄です」


 鋭い目が少しだけ軟化したかな。

 俺が態度を変えなかったから……後は言葉通り本音での話し合いができている事が嬉しいのか。悪いが貴族って嘘や見栄で話し合うイメージがあるからな。それだと楽しくないだろうし疲れてしまうだろう。


「やはり良い目をしていらっしゃいますね」

「良い目、ですか」

「ええ、噂で聞くシオン様は色好きとしか伝わっておりませんでしたから驚いております。ここまで威圧感を向けておいても微動だにしないお姿を見てシン様の言葉の意味を理解させられました」


 一瞬だけ目が輝いたように見えた。

 それと薄らと汗をかいているようにも見える。俺から威圧感が漏れているのか、はたまた後ろにいるエルやリリーから漏れているのか……いや、どちらも可能性としては薄いよな。俺程度で震えるほどのたまならばやっていけ無いだろう。


「間違いなくシオン様はルール家の未来を担う存在になるでしょう。貴方本人がそれを願うかは分かりません。ですが、シオン様が拒否しようとも必ず関わる事になります」

「それは予言か何かでしょうか」

「それに近いものです。一つだけ言わせてもらえるのであれば私の予言は九割で当たっています。どう思うかはシオン様にお任せしますが」


 ふむ……頭の片隅に置いておく事にするか。

 占いは当たるも八卦当たらぬも八卦って考えておいた方がいい。ましてや、あの目の光と汗が予言の影響だったと思えば納得できる。スキルの概念があるのなら予言ができても不思議じゃないし。


「後、もう一つだけよろしいでしょうか。是非とも私の息子とも会って頂きたいのです。このように話ができる場面など滅多にあるものではありません」

「私は構いませんが」

「私も大丈夫です」


 ルフレは俺に任せる気満々のようだ。

 嬉しくない話だなぁ、個人的には貴族との応答はルフレに任せてしまいたいのに。まぁ、こういうのも一つの経験だから今は許す事にしよう。


「ジュビナ、入ってきなさい」

「失礼します」


 見た目は……ふむ、アービンとそっくりだな。

 青く鋭い目と細長い輪郭、そして高い鼻……どれもがリロ親子の顔を綺麗さを象徴している。とはいえ、アービンよりも気を使っていますと言わんばかりの行動で正直、気分が悪い。


「お初にお目にかかります。アービン・リロの長男でありますジュビナ・リロと申します。どうぞ、お見知り置きを」

「こちらもお初にお目にかかります。ルール家の三男、シオン・ルールと申します。そして」

「私がルール家次男のルフレ・ルールです」


 うーん、あからさまにルフレの時に目が輝いた。

 俺の顔を見ようとしないあたり話をしたいとは思っていないんだろうなぁ。元々はシオン自体が悪行の限りを尽くしていたし仕方ないんだけど。それでも良い気はしないよね。


 わざわざ相手をする意味ってあるのかなぁ。

 申し訳ないが俺は興味も持てないからね。出てくる言葉の殆どがルフレやシンをヨイショするものばかりだ。俺のいる意味が無いのならサッサと休ませてもらいたい。


「どうやら、私はお邪魔のようですね。旅の疲れもある事ですし申し訳ありませんが先に失礼させて頂きます」

「シオン……」


 ルフレが何か言いたげだったが知った事か。

 あーあ、頑張って損した気分だ。息子の方は立ち回り方を上手く知らないらしい。それにアービンもルフレも眉を顰めていたから察しようと思えば察せられたはずだ。なのに、気付けていないという事はその程度の存在でしかないってだけ。


「シオンの体調も良くないとの事ですので私もここら辺で失礼させて頂きます。確かにリロ家との関係も大切ですが、私からすれば弟であるシオンの方がより大切ですので」

「待っ、待ってください!」

「行こうか、シオン。アービン殿が取ってくれた宿はすぐ近くだからね。そこまで我慢してくれ」


 制止も聞き入れずに一緒に部屋を出るのか。

 なるほど、表情をあまり変えていないから気が付かなかったが、ルフレはルフレで怒っていたらしい。それもそうか、持ち上げられるためだけに部屋に来たわけではないからな。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いいんだよ、こうでもしないと彼も理解してくれないだろう。それにシオンが大切なのは事実だからね」

「ははは、別にあれが本来の対応だと思いますよ。アービン殿が普通では無かっただけです」


 俺も嫌な噂がある人相手なら同じだっただろう。

 必ずとは言えないけど警察官と犯罪者のどちらの話を信じるかと聞かれれば前者だ。きっと、そういう無意識的な差別意識が働いてしまうのが目に見えている。


「猛将であり聡明なアービン殿だぞ。それくらいは当たり前の事だ。だからこそ、ジュビナ殿もアービン殿に近付かなければならない」

「……申し訳ありませんが私の人生に彼は関係がありませんし、必要性も感じませんでしたから」

「それでいいんだよ。私がお節介焼きなだけさ」


 ああ、この人は本当に優しいんだな。

 それなら勝手にしてくれればいい。考え方が違う事を否定する気も無いさ。本来ならば俺のような存在よりもルフレのような人間の方が確実に人に好かれ信頼される。俺は……エルがいるのならそれでいいや。

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