14話
「ーーください。ーーですよ、起きてーーさい」
微かな声が聞こえている気がする。
でも、悲しいかな。それを確認する気にはなれない。優しく頭を撫でられる感覚、遠くから聞こえる優しい声……それらのせいで脳内がボヤけたままで活動しようとは思わない。それどころか奥底に眠る欲望が余計に俺を支配しようとしてきて……。
「起きないと……しますよ」
ハッキリとした声と共に顔に風が当たる。
少しだけ甘い香り……でも、嫌な気持ちは湧かない。暗くなったような気がするけど……灯りは付けたままにしていたよな。起こすためか分からないけどペチペチと額を叩かれているし……それにこの声はきっと……。
「……おはよう、エル」
「ふふ、おはようございます」
ああ、予想通りエルだった。
しかも、寝ている間に膝枕をされていたらしい。どうりですごく柔らかい感触だったわけだ。膝枕をしながら吐く息がかかるくらいの近距離で話しかけていたとは……起きなかったらどうしていたのか今更ながら気になるな。
もっとこの柔らかさを味わいたい。
だけど、起こされたということはまた眠るわけにもいかなさそうだ。例え、気分で行動が変わりやすいエルだとはいえ、無意味に主である俺を起こしたりはしない。だから、そこについて聞いた方がいいんだろうけど……。
「距離、近くないか」
「ええ、起きなかったら童話のごとくキスでもしてみようかと思っていましたから。そうなった場合は私が王子様で、シオン様がお姫様の役回りでしたね」
「それは……ちょっとだけ起きた事を後悔してしまう発言だね」
エルの柔らかい唇を味わうチャンスだったとは。
本気で起きない方が良かったらしい。まぁ、少しだけ顔を上げれば唇を合わせられる状況ではあるからできなくは無い。本音を言えば好きな人とキスできるチャンスとか逃したくない。けど……自分から行くのは恥ずかしいよなぁ。
「頼んだらしてくれるのかい」
「いえ、気紛れでしてみようかなと思っただけです。なので、今更、しようとは思いませんよ。ただ」
少し頬を赤らめながらそう言われてしまった。
つまり、する事自体は別に駄目じゃないけど自分からはしないって事か。仮に俺が動いてしたとしても嫌がりはしないんじゃないかな。……いや、でもなぁ、女心ってすごく難しいから本音は違うんじゃないかとさえ思えてしまう。
仮に俺からしたとして「下手ですね」とか……。
うわぁ、そんな想像をしたら余計にできなくなってしまった。何故に日本にいた時に沢山、キスとかをしてこなかったんだ。チャンスは別に無くはなかっただろう。こういうところで遊んでこなかった事を悔やんでしまうとはな。
「シオン様が命令してくれるのであれば話は別ですね」
「……それは恥ずかしいから却下するよ」
体を横に動かしてエルの膝枕から逃げる。
悲しそうな顔をされてしまったけど……命令してまでしたくはないからな。命令をしないとできない程度には俺の事を好んでいないっていう風にも考えられるし。……だったら、そういう事を考えずともできるくらい仲良くなればいい。
きっとエルなりの妥協案だったんだろう。
もしくは意地悪で口にしたか……ただ、どちらであっても俺が危惧していた考えは排除された。エルはエルで俺とキスをしてもいいと思っているんだ。それが分かっているのに……やっぱり、後少しの勇気が出てくれないな。
「もしかして私とはしたくありませんでしたか」
「したくないと思っているのであれば膝枕をされていた時に怒っていたはずだろう。単純に好きな女性にそんな命令をしたくないだけさ」
「なるほど」
サラッと好きだと言ってしまったが別にいいか。
嘘では無いし元より好意がある事は行動でバレバレだったはずだ。まぁ、口にしたせいか、エルが嬉しそうな顔をしているから言わないままでいるよりかはマシな選択だったかな。
ってか、したくないわけが無いだろうに。
したい度で言えばもう……言葉にできないくらいにはしたいよ。本当にした過ぎで語彙力が皆無になってしまうくらいにはね。だけど、チャンスがあってできるかと聞かれれば話は別だって。色々な事が過ぎってできなくなってしまう。
「私はお姫様が似合うような男では無いからね。しっかりと自分からできるようになってからするよ」
「つまりシオン様から……という事ですか?」
「ああ、その時はいつも見せられない男らしい姿というものを見せてあげるよ」
もはや、気持ちを隠すのも面倒だな。
どうせ、好意がある事を伝えてしまったんだ。一層の事、そのまま素直な気持ちを伝えてエルの反応を楽しませてもらおう。未だに近付けばキスができる距離だけど今はしない。
それは俺がエルに見合うようになってからだ。
誰よりも強いエルの隣にいても差し支えないような男にならないと取られかねない。それだけエルは優しくて強くて可愛くて綺麗で魅力的な女性だ。天然なところもあるし、天才肌のせいで教え方もすごく下手だけどまたそこも愛らしくて好き。
となると、やはり今のうちに唾をつけて……。
いや、仮にそれをしたとしてエルが俺から離れたくなった時に困るよな。この世界の女性は男性の手に触れていない事が美徳とされるような世界だ。それで嫁の貰い手が無くなってしまったら後悔どころでは済まなくなってしまう。
「普段から変わらず男らしいですよ。今のシオン様は」
「うーん、そうかな。いつもエルに助けてもらってばかりで実感が無いんだ」
「可愛らしくて格好良い、それがシオン様です。だからこそ、アンジェリカもリリーもシオン様の事を……」
そこまで言ってエルは口を少し大きく開けた。
やってしまったと言いたげな顔だけど何か俺に知られたらいけない事でもあったのか。アンジェリカもリリーも別に俺の事が好きなのは薄々、分かっている事だろうに。まぁ、男性としてか、主としてかと聞かれれば詳しくはわからないけど。
「やはり、今の話は聞かなかった事にしてください。シオン様に知っておいて欲しいのは少なくとも私は貴方の味方である事だけです」
「……まぁ、エルがそこまで言うのなら言及はしないでおくよ。それにエルが私の味方でいてくれると分かっただけで飛び上がりたくなるほど嬉しいからね」
「ええ、あの時からずっと……私はシオン様の味方です」
ふむ、否定しないのならそれでいいや。
俺は一緒にいて何度も助けてくれたエルが大好きだし、こうやって甘やかしてくれるのも素直に嬉しい。幼い時に味わえなかった優しさというか、暖かさをエルから受けられるんだ。
でも……一つだけ気になるんだけど……。
「あの時って、いつの事?」
「そちらも聞かなかった事にしてください。……いつか詳しく教えます」
「そっか……それならいつまでも待つよ」
それも隠したい事なんだろうなぁ。
まぁ、俺の味方と公言してくれたわけだし、いつから俺の味方になったかなんて別に詳しく知る理由もないだろう。好きな子の全てを知ろうとするタチの悪いメンヘラにはなりたくないからな。どんな関係になろうと秘密の一つや二つあってしかるべきものだろう。
「そうでした。シオン様と触れ合えるのが楽しくて忘れていましたが、少し前に竜車がリロの町へと到着しました。それでシオン様を呼びに来たのですが……」
「なるほど、早く外へ出た方が良いという事だね。すぐに着替えるから外で」
「いえ、そんな時間もありませんので私が着替えさせましょう」
「うん? それってどういう……?」
エルの顔を見たらニコリと笑顔を浮かべられた。
何か嫌な予感がする……だが、逃げようとする前に肩を掴まれてしまって動けない。そのままギュッと抱きしめてきてからゆっくりと……。
「さぁ、着替えましょうか」
「まさか……」
嬉しそうな顔をしながらエルに服を脱がされた。
そのまま首筋に軽く唇を付けてから……ゆっくりとズボンを下ろされた。
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