13話

「ああ、察しているかもしれないが今回の依頼について知りたい。お父様とはあまり話す時間を取れなかったからね。先に説明を受けていたリリーから詳しく聞きたかったんだ」

「やはり、その話でしたか。ええ、もちろん、大丈夫ですよ」

「運転をしながらでいいから簡潔に頼む」


 あまり話が長いと覚えられる気がしないからな。

 それに運転をしながら話をするのは意外と骨が折れるだろう。車の運転をしながら話をするのは苦手だったし。なんというか、気が逸れてしまうと事故を起こさないか心配になってしまうんだよ。


 そう考えると無駄話が過ぎてしまったな。

 次からはそうならないように気をつけよう。依頼の期間中であれば話す機会なんて幾らでもある。わざわざリリーの邪魔になる事をする理由もないだろう。


「結論から言いますとバール家の処理が今回の旅の目的です。事件が起こってからというもの、バール家は兵士を集めているようですし、闇ギルドとも関わりを持っているようです」

「処理……何とも物騒な話だな」

「貴族の世界では当たり前の話ですよ。野放しにしたところでルール家には何の損害も起こらないでしょうが、邪魔な事には変わりありません。何より最初にルール家へ言いがかりをつけたのはバール家ですから」


 だから、さっさと滅ぼしてしまおうと。

 そう聞くと何とも怖い話だ。自分達の邪魔になるから他の貴族を蹴落とす。とはいえ、表沙汰になっていないだけで日本でも起こっていそうな話ではあるからな。そう考えるとやり方が違うだけでどこの世界も争いばかりだ。


「処理に関しては私とエルにお任せ下さい。今回のシオン様の同行は単に世界を見てもらうためです。依頼を受けてもらったからとはいえ、バール家の処理でシオン様方にしてもらう事は特にありません」

「なら、別に私がいなくてもいいのではないか」

「そこはルフレ様の願いでもありますから。確かに記憶を失ったとはいえ、シオン様はルール家の未来を担う逸材。エルも私もシオン様には色々な事を経験して頂きたいのですよ」


 本当にそれだけで……あんなに報酬が出るのか。

 いやいやいや、シンは甘過ぎだな。そりゃあ、シオン君が阿呆みたいに太るわけだ。やりたいと言ったことを全てやらせてくれるような親とか、傍から見たら親馬鹿の他ないだろ。


 だが、俺から見ても悪い話ではない。

 こんな経験は他では絶対にできないだろうし、それにエルやリリーが味方でいる時点で安心して生活できるはずだからな。それに辺境の土地を任されていると聞いたから珍しい魔物もいるかもしれない。金稼ぎのチャンスでもあると考えると命の危険も多少は許せるか。


「まぁ、いいさ。依頼を受けた以上、文句は言えど途中で抜け出したりはしない。それなりに勝手な事をさせてもらうけどね」

「その時には私も同伴しますので心配しなくても良いですよ。所詮は子爵如き、そのような輩が雇うような護衛など高が知れています」

「ふむ、その通りだろうな」


 子爵如きと言うのもどうかと思うが。

 それでもリリーだけで処理できる相手である事には変わりないだろう。貴族とはいえ、辺境の土地を任されているわけだし、金だってルール家ほどに余りあるわけでもない。雇える護衛のレベルを考えたとしても……まぁ、リリーには敵わないだろうな。


 だが……同伴されてしまうのか。

 時折だったらまだしも全部、リリーと一緒は申し訳ないけど嫌だな。リリーやエルにも隠しておきたいものだってある。それに折角なら戦闘経験も積んでおきたい。……ただ、リリーはそれを許してくれるかな。


 適当な理由をつけて一人になるか……。

 いや、どうせ、エルの時のように何も言わずに背後を着いてこられるだけだ。もしかしてだが誰もいないと思っていても誰かに見られていて……うわぁ、おちおち情事に耽る事もできなさそうだ。


 案外とエルなら頼めば……いや、最低だな。

 そういう事を考えてしまうとエルから嫌われてしまいそうだからやめよう。一人でとか、異性ととかをするのであればボカシながらエルに頼んで一人にさせてもらうか。体は若くても心は二十四歳だからな。


「何かご不満でも」

「いや、リリーのような美しい女性と一緒にいたら平民達からの視線が辛いだろう、と思っただけだよ」

「ふふふ、絡んでくるような輩がいれば叩き切るだけですので安心してください」


 ものすごい良い笑顔で物騒な事を言うな。

 目の前で切られるのも面倒だし……その時には自分の身分も晒す事になるだろう。ああ、やっぱり嫌だな。絡んでくる人だからあまり良い性格ではない事が分かっているにせよ、切るのだけは止めておこうか。


「威圧感を出して恥辱を与えればいい」

「……なるほど、確かにそちらの方が罪の重さをよく理解できるでしょう。そうですね、もしそのような輩がいれば足腰が使えなくなるようにしてあげましょう」

「ああ、もう二度と絡めないようにしてやれば多くの人から喜ばれるだろうね」


 男がいようと関係のないナンパ師もいるからな。

 大学に通っていた時はそういう人もいたし、日本にいただけというのも可能性としては低い。異世界でも同じような強引な野郎がいれば二度と同じ街でナンパができないようにしてやれば喜ばれるだろ。


 ボーッと竜を眺めてみる。

 一瞬だけ目が合ったと思ったら少しシッポを揺らすだけで変化は特に無い。動物と関わった事がないから分からないが喜んでいるのだろうか。犬だったらシッポを揺らすと喜んでいるって言えたけど相手は竜だからなぁ。……と、そういえば、もう一つ聞きたい事があったんだった。


「ところで今日はどこまで進むんだ。案外と馬車を走らせて時間も経っているだろう」

「日が暮れる前にリロの町に着く予定です。リロ子爵には事前に連絡を取っていますから宿に関しては問題は無いです」

「ふむ……ちなみにバールの町にはいつ頃、着く予定なんだい」

「四日後ですね」


 なるほど……四日で着いてしまうのか。

 いやいや、当たり前のように言っているけどおかしいからね。道路は舗装されているわけではないし、竜がいるとはいえ車ほどの速度を出しているわけではない。通常の道路を走るくらいの速度は出ていると思うけど。


「野宿を挟んでよいのであれば三日で着きます」

「いや、時間に不満は無いよ。逆に五日程度で着くようにしてくれて感謝したいくらいだ」

「ふふふ、シオン様のためですから」


 お、かなり好印象だったみたいだ。

 まぁ、忙しい中で時間を作って準備をしていただろうからね。こうやって苦労を労われたら嬉しくない人の方が少ないだろ。こういう事を積み重ねていけばきっとリリーも味方にできるはずだ。


「リロ子爵とは挨拶をしておいた方がいいかい」

「一応、ルール家が懇意にしている一族ですから挨拶をしないという訳にはいかないでしょう」

「確かにそうだね。リロの町を大きくできたのも子爵の能力あっての事だ。味方にしておいて損は無いだろう」


 町を治める一族の名前が町の名前になる。

 今はまだ都市と呼べるほどではないが、それも時間の問題だとマリアから教えられた。情勢の話に関してはマリアに聞けば簡単に知れるからな。否定されないという事は間違っていないのだろう。


「さてと、時間を取ってしまったね」

「いえ、私としては退屈な時間を有意義にして頂けましたから時間を取られたとは感じません」

「そう言ってくれると嬉しいよ。私もリリーと話すのはすごく楽しいからさ」


 そこら辺に関しては少しも嘘偽りがない。

 もちろん、自分の知らない話を聞けるのも楽しい理由の一つだが、一番は綺麗な人と話ができる事だな。エルもリリーもすごく綺麗だから楽しそうにされると自分の価値を高められたように感じられた気分が良くなる。


「町に着くまで少し休ませてもらうよ。リロ子爵と話す時に疲れた顔をするわけにはいかないからね」

「ここで眠って頂いても良いのですよ」

「うーん、魅力的な話ではあるけど今日は遠慮しておくよ。ドキドキして眠れなくなってしまったら元も子も無いからね」


 今のリリーは鎧を着ていないからな。

 確実にあの柔らかそうな太ももに頭を置いたらドキドキしてしまう。エルの時もそうだが膝枕というものはやはり慣れない。それにここにいてルフレに見つかるのも面倒だし。今は自身の部屋に戻っているようだから鍵さえ閉めれば自由な時間を取れる。


「大変だろうけど頑張ってくれ」

「普段の仕事に比べれば余裕ですよ」

「それでも、だ。無理だけはしないように」


 前騎士団長の話を聞いた手前、過労は避けたい。

 夜くらいはゆっくり休めるようにしてあげるか。労いの意味を込めて一つだけ願いを叶えてあげるというのも悪くは無い。リリーの笑顔をチラッと見てから誰もいない自室に戻った。

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