11話
少し下に関わる内容があります。
苦手な方は飛ばして頂けると幸いです。
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さてと、エルも部屋を出ていったようだ。
馬車の中とはいえ、エルの仕事は馬車の警護。ずっと俺の傍にいるというわけにはいかないらしい。外の景色が見れないから分からなかったが、もう出発したみたいだし少し自由に動けそうだ。
となると……まずはどこへ行ってみようか。
こういう時にマップが活躍するなぁ。馬車の詳細と誰がどこにいるのかがよく分かる。あまり会いたくないルフレは俺の隣の部屋らしい。忙しなく動いている当たり何かしらの準備を整えているのかな。当たり前だけど、ここに行く気は無い。
アンジェリカとアンナは……入口付近の部屋か。
隣同士で動いていないから座って休んでいるのかな。先にここへ行ってみようか。それとも……部屋とは反対側の方でもいいな。こっちは馬を操縦する場所らしい。そこにリリーがいるから片手間で話をしてもらうのも悪くない。
ただ、なぜかエルは映っていないんだよなぁ。
マップに映らないスキルでもあるのか、それとも馬車の中に居ないのか……どっちもありそうで怖い。馬車程度の速度なら負けないで横を走れそうだし、マップに映らないのも彼女の強さ故だろう。まぁ、正解は馬車の上だったけどな。
って事で、ルフレが来る前に動こうか。
まずはアンジェリカとアンナの方だ。その後にリリーに構ってもらおう。久しぶりにマリアもいないわけだし夜は静かに寝られるからな。……エルに一緒に寝ようって頼んでみるのもアリか。
「あら、どうかしましたか」
「暇だから来ただけだよ。お邪魔だったか」
「そんな事ありません」
特に取り繕うわけでもなく笑った。
アンナは……少しお休みしていたみたいだ。ちょっと前まで起きていたのに本当に欲望に忠実な子だなぁ。屋敷だとやらなきゃいけない事も多いだろうから休める時に休んでいるんだろう。
「起こしますか」
「いや、起こさないように小声で話そう。アンジェとも話しておきたい事があったんだ」
「了解しました」
そう言ってアンジェはアンナを優しく撫でた。
ピクっと動いていたがどこかホッとした顔を見せて笑みを浮かべる。これが本来の親子の形なんだろうなって、ちょっとだけしんみりとした気持ちになってしまう。俺も母親がいた時はこういう事をしてもらえていたのかもしれない。幼い頃の話だから記憶も大して残っていないが……。
「済まないね、急に頼み事をしてしまって」
「いえいえ、話を聞いたら頼まれて当然の話でしたから気にしないでください」
「頼まれて当然……だったかな」
そこに関しては何とも言えない。
少なくとも敵対関係に持ち込んだ俺が行くべきと言われるのは正しい事のはず。でも、被害者でしかない二人が行かなければいけないかと聞かれると違うんじゃないか。二人を呼んだのも元は俺のワガママだったし。
「あの人に絡まれるような事をしてしまったのはアンナの失敗です。そして、それを上手く対処できなかったのは私のせいでしたから」
「でも、元はと言えば私がアンナに食事を分けてしまったのが原因だろ。あの子のせいじゃない」
「この世界では貴族に絡まれるような事をしてしまった市民に問題があります。そう考えなければ誰も割り切れませんからね」
どれだけ貴族を嫌っていても、か。
なんだろう、ものすごく悲しいな。今まで日本とかいう微温湯な世界に浸かっていたせいで分からなかった。死ぬ前は苦しんでいたが幼い頃は父親のおかげで何不自由なく過ごせていたし。
日本と同じ心持ちでは幸せになれない。
人によるだろうが市民からして貴族は敵に近い存在だろうし、貴族はそれに合うような市民を利用するクズ野郎ばかりだ。それこそ、元のシオンもオットと似たような奴だったからな。俺が思っているよりもアンジェリカのように被害を受けた人は少なくないのかもしれない。
「ごめんな」
「ふふ、シオン様が謝る必要はありませんよ。こうやって私達の幸せを願って動いてくれているシオン様と、あんな最低な人間を一緒にするわけがありません」
「だが、昔の私も似たようなものだったからな。あの時の記憶も無く違うとはいえ、すごく申し訳ない気持ちになってしまったんだ」
俺じゃない俺、シオンは俺であって俺じゃない。
だからこそ、アンジェに謝っておきたかった。いや、アンジェと言うよりはアンジェのように被害を与えてしまった人達に、だろうか。もちろん、これも俺のエゴでしかないけどな。
「実は私、嫌だったんですよ」
「……何がだい」
「貴方の下で働く事です」
俺の下で働きたくなかった。
それは……分かる。俺がどういう存在か分からなかったとはいえ、アンジェが知っているシオンは最低な人間だったからな。そんな奴のために大金を貰えるとしても働きたくはないだろう。下手をすれば変な言いがかりで処刑されかねないし。
「そっか」
「最初は私やアンナに夜枷を頼んでくると思っていました。夫が死んで以来、それに近い仕事をしていたとはいえ……やはり、心を許せない人に好きにさせたくはありませんでしたから」
夜枷って……夜の相手をするって事だよな。
それに近い仕事をしていたって事は……なるほど、アンジェはそういう仕事をしていた時があったのか。だからと言って、何かアンジェに対して気持ちの変化が起こるわけではないが。
「見損ないましたか。私が体を売っていたと聞いて」
俺が返答に困っていたからか。
笑いながら、そう聞いてきた。
「逆だよ。私からすればそうまでして生きてやろうとしてくれて嬉しいよ。使えるものは何でも使ってアンナを生かそうとしたかったんだろ」
「そうです。それが……あの人との約束でしたから。だから、汚れると分かっていても色々な仕事をしました」
「なら、尚更だ」
こういう世界だからか、詳しくは分からない。
だけど、俺が生きていた世界では多くの身勝手な大人が子供を殺していた。自分で作っておきながら甚振り殺して知らないフリをし続ける。そんな気概の無い大人達に比べてアンジェは立派過ぎるだろ。
「元より結婚し子供を産んだ、その時点で汚れるも何も無いだろう。金さえあれば病気だって何だって治せるんだ。私は度胸のあるアンジェを配下に持てて嬉しいよ」
「ふふふ……それなら私がシオン様を愛したとしても許してくれますか」
「うーん……それは分からないな」
悪戯っぽく笑っているから冗談だろう。
ただ否定する発言をするつもりは無い。例えば夜の相手をしてくれるとアンジェが言ったら、俺は迷いなく頼むだろう。それくらいの美しさを彼女は持っている。だけど、そうしたくない理由もあるからな。
「アンナは私と結婚するつもりだろう。まさか、親子二人を自分のモノにするわけにはいかないからな」
「つまり嫌ではない、と」
「出会い方がアレではなければむしろ歓迎していたよ。ただ、今は女性としてでは無く母として見てしまうんだ。それくらいアンジェを一人の女性として見た事が無かったからな」
俺からすればアンジェはアンナの母だ。
そこは仮にアンジェに恋心を抱こうと変わらない。まぁ、アンナと結婚するのかって聞かれたら正直、困ってしまうけど。俺からしたらアンナはアンナで妹みたいなものだし。個人的にはマリアの方が異性として見てしまう。
「ふふ、冗談で聞いてしまいましたが嬉しかったです。もう女の人として生きるべきではないと考えていましたから」
「そんなわけないだろ。アンジェが自分らしく生きれば欲しがる男は幾らでもいる。それこそ、引く手あまたと言うのが正しいくらいだ」
「……あらあら、なら、シオン様に好意を抱いてもらえるように頑張ってみましょうか」
おおっと、舌なめずりをされてしまった。
確かに今の表情はいつもの美しい大人と言うよりは妖艶な女性だ。何も思わないかと聞かれれば答えはノーだが……それよりも今は言っておかないといけない事があるな。
「その顔はアンナに見せないようにしなよ。子供に見せるには刺激が強過ぎる」
「まるで自分は子供じゃないと言いたげですね」
「ああ、こう見えて酒も嗜めるくらい大人だからな」
冗談には冗談で返してやろう。
まぁ、本当は冗談じゃないんだけどな。実際、魂に関しては二十四過ぎの寂れたヒキニートだったわけだし。日本では二十歳で大人の仲間入りと言われていたから間違ってはいないはずだ。
「シオン様」
「何だい」
「今は貴方の下で働けて嬉しく思っています。それに今の話も含めて、私達を考えて動いて頂けて……とても助かっています」
アンジェはアンナの寝顔を眺めながら言った。
それを見て「お互い様だよ」とだけ返しておいて部屋を出る。俺のワガママで連れてきてしまったが気にしていないようで本当に助かった。……俺は俺でアンジェに感謝しなきゃいけない事がたくさんあるからな。
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