10話

「という事で、頼んだよ」

「いえ……何も説明されていませんが……」


 ボケたかのようにシンは腕を組みながら言った。

 何度も見た高そうな書室のソファに背を付けながら大きく溜め息を吐く。まるで、今までの話を聞いていなかったかのような反応だが、事実、説明という説明がなされていないのだから聞き返すのが普通だろう。


「だから、ルフレについて他の街へ見学に行って欲しいと説明をしただろう」

「あの……その見学について何も教えられていないのですが……」

「あれ……本当かい。確かリリーに説明をするように言っておいたはずなんだけどね」


 なるほど、つまりはリリーの怠慢のせいだと。

 ってか、リリーと話をする場面なんて最近は無かったからな。それこそ、四日前にリリーからエルの話を聞いた時から会ってもいないし。……まぁ、四人で依頼を受けていたから顔を合わせる機会も少ないか。


「まぁ、いいさ。彼女もそれだけ忙しかったということだろう。今回の見学の時にはリリーも護衛でついて行くように言っていたからね。早めに仕事を済ませようとしていたのかもしれない」


 前の騎士団長は過労で自殺した。

 それだけ騎士団長はブラックな仕事だったんだっけか。嫌な話だな……前までならリリーが死んだところで何も思わなかったが、仲間意識を持ってくれた以上は見過ごしたくない。割と……何かしらの手は打っておかないとな。


「さてと、それで説明が欲しいと言っていたね。話は簡単さ。前回のバール家への処置を通達して以来、バール家の氾濫の意思が見え始めてきている。そこでルフレに探らせたいと考えていたのだが、シオンも同行させて欲しいと頼まれてね」

「ルフレ兄さんが……」

「ああ、どうも話す機会が欲しかったみたいだ。それにルフレ曰く、記憶が無くなった今、他の地域についても身をもって経験した方がいいと言われてしまってね。私もその考えに納得してしまったんだ」


 社会に出る前に色々な事を知れって事か。

 確かに……家にいるよりは外へ出た方が得られるものも多いだろう。ルフレと話をするのも俺としては悪くない。ただ、俺がバール家の領地に行くのは駄目じゃないか。だって、仇とも言える存在が来るって事だし……。


「もちろん、危険だからこそ、エルとリリーをつける事にした。それに今のうちに対処しなければオットの処刑の際に不備が出かねない」

「つまり、ほぼ強制という事ですね」

「その通りだ。ただ突然の話でもあるからな。今回は冒険者としてシオンに依頼を出すつもりだ。終わり次第、それなりの報酬は出す。それならシオンにとっても実りはあるだろう?」


 なに……報酬が出る、だと……。

 そこに関してはヨダレが出るほど良い話だ。相手は公爵家の人間、それも俺相手に投資としてミスリル貨を出すような人間だからな。あの時レベルの賃金では無いにせよ、普通に働くだけでは得られない報酬は得られるだろう。


「それはアンジェリカとアンナにも同じ依頼として出しますか」

「出して欲しいのなら構わない。まぁ、シオンと同じだけの報酬は出せないがな」

「私のしなければいけない仕事と危険性が他の二人とは比べ物にならないから、ですね」


 シンは笑いながら頷いた。

 まぁ、それだけが理由では決して無いだろう。だけど、二人の借金を減らす機会にもなるだろうから悪くない。借金さえ、無くなってしまえば二人で生きていく事も簡単だろうし。


「それなら受けますよ」

「ふむ、助かるよ。前のシオンなら何がなんでもいかなかっただろうからね。話が早くて助かる」


 少し遠い目をしながら乾いた笑いを浮かべた。

 どれだけ、この体の持ち主であったシオンは外へ出たくなかったんだよ。ましてや、動かない癖して金は阿呆みたいに使っていたんだろ。女奴隷とかを毎日のように買っていたらしいし……本当に何の生産性も無い人間だったんだな。


「それじゃあ、これを渡しておくよ。二人の分は終わり次第、払わせてもらう」

「ありがとうございます」


 少し大きめの皮袋を渡された。

 両手でようやく持てるくらいの大きさだ。中にどれだけ入っているのか、すごくドキドキしてしまう。まぁ、全部、銅貨とかっていう可能性も少なからずあるからな。あまり期待はしないようにしないと。


「残りは帰ってきてからシオンにも渡すよ。なにせ、この後すぐに家を出てもらうつもりだからね」

「へ……残り? この後すぐ?」

「ああ、そろそろルフレも部屋に来るだろう」


 ニッコリとシンは笑ってそう言った。

 マップを見ると確かに近付いてくる青い点がある。きっと、それがルフレなのだろう。……このまま二人の勢いに流されるのも癪だし、シンに一つ礼だけして先に部屋を出た。丁度、廊下の先にルフレがいたけど見ない振りをして先に部屋に戻る。


 行くのは構わないけど二人には説明しないと。

 そうじゃないと雇い主として失格だろう。当たり前だけど今日の予定とかを全て無かった事にしてしまうわけだし。大きな用事は無かったから事な気は得られたけど、これからはそういう事が無いようにして欲しいな。


 まぁ、予想通り二人から了承は得られた。

 アンジェリカは報酬に喜んでいたし、アンナは一緒に旅行が出来るとかって言っていたから、乗り気ではあるみたいだ。一応、俺のワガママで連れていく事にしてしまったからな。反対されなくて少しだけホッとした。


「酷いじゃないか、私を無視するなんて」

「……何のことでしょう?」


 三人を連れて家の外に出たらルフレがいた。

 笑いながら話しかけてくる。知らないフリをしたけどもちろん、何の話かは分かってはいるよ。ただ分かっている事がバレたら面倒だから適当にいなしておく。それが分かっているからか、やれやれと言った感じで馬車へと戻っていった。


 さてと、馬車は一台。見た感じ小さめだが……。

 まぁ、小さいだけの馬車なわけが無いよな。四角い箱に扉が一つ付いているだけな時点で確実に何かある。窓とかが一切ないんだからな。とりあえずエルに促されるままに先に乗った。


 うーん、これは想像以上だな。

 中に入ってすぐに見えたのは長い廊下だった。それこそ、屋敷の中と言われても驚かない程に広く長い。その横にあるのは窓ではなく幾つもの扉。


「シオン様の部屋はコチラです」

「助かるよ」


 エルに連れて行かれたのは少し奥の場所。

 明らかに豪華な扉が付いた部屋が五つ、一番奥に一つとその手前の左右に二つずつ。その中の一番、入口に近い場所の左側だ。少しドキドキしながら中に入ってみる。……ふむ、当たり前だけど屋敷とは違う意味ですごいな。


 真っ白い壁紙と大きなベット等々。

 全てにおいて清潔感が漂う綺麗な部屋だ。ここでなら人が五人いても暮らしていけるんじゃないかな。マリアがいない今、恐らく一人で過ごさなきゃいけないんだろう。そう考えると少し広すぎるかな。


「エルとかはどこの部屋にいるの」

「私はシオン様と一緒にいますよ。とはいえ、街以外で休むとなれば共に寝る事は出来ないでしょうね」

「あー……それは嬉しいな」


 エルと一緒にいれるのは素直に嬉しい。

 ただ聞きたかったのはそれだけじゃないんだけどなぁ。まぁ、今は喜んでいるエルを邪魔するわけにはいかないし放っておこう。……後で色々と馬車の中を探索してみるか。アンジェリカとアンナ、それとリリーのいる場所についても知っておきたいし。


 今更ながら今回の旅行が楽しみだ。

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