9話
「追い詰められた人の考え……」
「ああ……もちろん、今から話す事は私が思うエルの考えでしかない。リリーの求めている結果ではなく、考えるための要素にしかならないと思うが、それでも聞きたいかい」
「当たり前です!」
初めて見た感情の籠った声。
適当に流すために出した声では決してない。本当に知りたいんだろう。例え、それがエルの本心とは違っていたとしても聞きたい。……ああ、そうだよな。アイツも似たような事をしていたっけ。
「あ……すいません、大きな声を」
「いや、そうでなくては私も話す気にはなれないさ。逆に私は嬉しかったよ。リリーがエルをそれだけ大切に思っている事が伝わってきたからな」
あの時の俺は全てを拒否していた。
だからこそ、色々な人から見捨てられたんだ。今なら思う、あの時に素直に「ごめん」って一言でも言えたなら……あんなにも後悔ばかりの道を歩まなくて済んだ。友達の言葉に耳を貸していれば俺だって……。
せめて、リリーには道を間違えて欲しくない。
もしもエルが俺と同じ気持ちを抱いているのならリリーが嫌いな理由は一つだけだからだ。俺がアイツを拒んでしまったのと同じ……でも、それを素直に伝えるべきなのだろうか。
「私か知る限り人は追い詰められると逃げ道を作り出そうとする。重い役職につくという事はそれだけ簡単に辞めたりとかが出来なくなるからな」
「そんな……自分勝手な理由で」
「自分勝手かどうかを決めるのはリリー、君じゃない」
少しだけ声を荒らげてしまった。
サッと下を向く。あの時と俺は何も変わっていないらしい。リリーの言葉がどうしても、俺の気持ちを理解してくれないアイツに似ているせいだ。俺が悪い事は分かっている。ただ……いや、今はアイツなんて関係が無いか。
「すまない、声を荒らげてしまった」
「いえ……シオン様は何も悪くありませんよ」
「悪いさ、自分の感情も抑えられないような存在が正しいわけが無い。それはリリーも言っていただろ。公爵家の息子が感情を簡単に表に出してはいけない、と」
気にさせないためにも笑顔を見せておく。
本来はリリー相手ではなく、他の貴族を相手にした時に指す言葉だっただろう。だけど、こうでも言っておけば変に畏まってはこない。それに俺としてもこの性格は治しておきたいしな。
「私が思うに……エルは自分を守りたかったんじゃないかな。確かにリリーの考えも分からなくはないよ。ただ……解決するために動く考えが絶対では無い」
「それは……」
「彼女の行動を何も知らない他人が疑うべきでは無い。ましてや、彼女の行動の全てを否定するべきでもない。彼女を近くで見てきたリリーなら嘘をついていたわけではない事が分かっているはずだ」
エルが嘘をつく理由なんて無いだろう。
それはリリーがよく分かっているはずだ。どのように考えを持っていったとしても……結論は人を騙すために辞退したとはならない。エルが辞退すると言ったからにはリリーとは別の考えがあるはずだからな。
「もちろん、これは私がエルだったらそう考えるかなってだけだよ。この考えもリリーの考えと同じく絶対では無い」
「そうですね……絶対ではありません」
真面目な顔をして俺の目を見つめてきた。
真っ直ぐな思いの籠った目、俺の考えを味わうように受け止めている。……本心は分からないが今の姿を見るとそうにしか見えない。確かに俺も自分の考えが絶対ではないと思う。だけど……不思議とそうなんじゃないかって自信があった。
「シオン様に話をして正解でした。あのまま一人で考えていても、きっとシオン様と同じ考えは思いつかなかったでしょうから」
「そうだよね……私もリリーの考えは聞くまで思いつかなかったよ。どうやら今までの私は自分から解決するために動いては来なかったらしい」
それに対してリリーからの返答は無し。
苦笑いを浮かべる当たり事実らしい。まぁ、話で聞くシオンは金で女を買う事しか能がなかったようだから、問題が起こってもどうせシンとかに頼んで何とかして貰っていたのだろう。
「それにしても何故に私に騎士団長を任せたのでしょうね。私よりも強く、戦術に長けている人は少なからずいたはずですから」
「それはリリーの才能を買ったからだと思うよ」
「そんな……才能なんて……」
この期に及んで自分は天才では無い、と。
ふむ、なんと言うか、ものすごくムカつくな。頭のいい人が自分は馬鹿だからと言っているようなものだ。お前が馬鹿なのなら、どこからが頭のいい人なんだよって。
「リリーも天才だよ。エルとは違う意味で」
「嬉しい話ですがそんな事はありませんよ」
「では聞くが、騎士団長は強いからなるものなのかな」
「それが普通ですよ」
思ったよりも早い返答だな。
元からそういう風習だからか、もしくは固定観念に苛まれているせいか……どちらにしても、それが全てでは無いだろう。それに普通普通と言ったら何も意味をなさない。普通や常識だけで通じるのならリリーだって悩まされていないからな。
「なら、強い女が集まった騎士団が存在するのも普通なのか」
リリーが自分で言っていた事だ。
それを理解しているからリリーも即答できずに悩んでしまっている。白百合騎士団、それは女性という立場の無い人達が集まって結成された存在だからな。そこで普通という存在が少しでも揺らいでいるのなら分かるはずだ。
「いいかい、私からすればリリーは強いよ。でも、リリー自身はそれより上の人を見過ぎていて自分の存在価値が分からなくなっているんだ」
笑ってみせたが今回は目を背けられた。
でも、少しだけ頬を赤くしていたから恥ずかしいだけなんだろう。おかしいな、俺以外にも強いって褒めてくれる人はいたはずだ。それに笑顔だって何度も見せてきたのに……どうして、今更、恥ずかしそうにする。まぁ、気にしてはいられないか。
「少なくともリリーの方が教え方も丁寧で分かりやすいよ。全てが順序立ててあるから小さな不具合が起きても何も問題無く済ませられるんだ。それは強い騎士達を纏める騎士団長には要らない能力なのかな」
「無いと、困りますね」
ですよね、上の人は下をまとめられないと。
圧倒的な地位を持つボスを仰ぐのも、また一つの戦略としてありはする。だけど、それだけが戦略っていうわけではないからな。特にリリーは圧倒的な力を持ってカリスマで従わせる人間ではない。
「私はリリーが騎士団長になって正解だったと思うよ。自身だけではなく後続を育てる才能があるからね。そしてエルもそう思ったから譲ったんじゃないのかな。もちろん、私はエルじゃないから正解なんて分からないけどさ」
「……エルがシオン様を気に入った理由が分かりましたよ」
そう言ってリリーは頭を優しく撫でてきた。
小さく「ありがとうございます」って言いながら優しく、心地よく感じられる力加減で……ああ、本当にリリーらしくないな。今までなら俺が頼んだとしてもやってはくれなかっただろう。
「もう少しだけ考えてみます。凝り固まった考えではなく、本当の意味で騎士団長として必要な能力は何かについて」
「ああ、また分からなくなった相談してくれ。正解は出せないけど少しは手助けになれるはずだ」
「何も分からなくなったら……また話をします。心からのシオン様との会話は想像以上に心地よ過ぎましたから」
ああ……これは結構、くるものがあるな。
純粋無垢な笑顔……何も裏の無い可愛らしい表情のせいで俺が目を見つめられなくなってしまう。それを察してか、リリーは何も言わずに外へ出てくれる。という事は……チラッとマップを見た。
そっか、何も間違っていなかったらしい。
マップに写ったのは確実に青く光り輝いたリリーの印だった。そしてリリーが何も言わずに外で待っているんだ。いつの間にか、馬車も止まっていたようだし早く行かないとね。またマリアやエルに何か言われてしまいそうだ。
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