6話

「リリー……アルヴァスだと」


 どうやら、男達でも知っている名前のようだ。

 ふむ、屋敷にいたら気が付かないがリリーは本当はすごい人らしい。実際、強いから驚きはしないけど感じられないんだよなぁ。どちらかと言うとマップで赤色と青色を往復するような人だから近付かないようにしていたんだよね。


「はっ、それでそのリリーさんが何の用だよ」

「駄目です! あの人は!」

「うるせぇよ、こんな小娘に何ができる」


一人の柄の悪い男が前に出てきた。

 リリーが小娘なら、コイツはただのジジイだろ。こんな中年にもなって何の生産性もなさない存在のまま。それが自分より若く才能もあり、多く金を稼いでいる女性に噛み付いている。ハッ、アホらしすぎるな。


「テメェ……何を笑ってやがる」

「失礼、雑魚ほどよく吠えると思っただけです。例え小娘だとしても彼女から発せられる威圧感は尋常ではありません。それに気が付けないとは……いや、この程度と同じ扱いをされる雑魚が可哀想でしたね」

「……ほぉ、言ってくれるじゃねぇか」


 あ、やっべー……また声が漏れてしまった。

 まぁ、いっかぁ。これで色の無かったリリーが薄青くなったし。元から俺を助けるために来たんだろうけどより心配せずに済む。その助けるがどう動くかは分からないが。


「あら、私の目の前で争い事ですか。冒険者は私闘を禁止されているはずですが……」

「ふん、そんなの表向きだ。それに俺はCランク冒険者だからな。例え問題を起こそうとギルド側が何とかしてくれる」

「へぇ……ギルド側がねぇ」


 良い事を聞いてしまったなぁ。

 これをシンに告げ口したらどうなるのかね。俺がどうにかしたいって一言でも伝えれば関わっている奴ら全員……そう考えると本当に笑えてしまうな。ただ搾取されるだけの存在だった俺が逆の行動を取れるって事が面白過ぎる。


 まぁ、だからと言って悪に回る気は無いが。

 正義の味方になりたいとか、そういう事は一切、思っていない。単純にそういう事をせずとも幸せに生きられるからな。わざわざ自分磨きをせずに他人から搾取するだけの人間とか生きている価値もないゴミ屑だろ。


「良い事を教えてくれてありがとうございます」

「あぁ? 女如きに何が出来る?」

「私が白百合騎士団の団長である事をお忘れでしょうか。今の一言のおかげで関わる人全てを私の独断で処罰する事が可能になったのですよ。私達、騎士が任せている仕事は街の治安維持ですから」


 あ、これは本当に駄目な奴だ。

 すぐにリリーを抑えるために動こうとする。だけど、全てが遅すぎた。一瞬で男達の腕が根元から叩き切られる。見えただけでも五人、辺りを軽く見渡すとプラスして四人か。それを瞬きの間もなく切り落としたんだ。


「ギャアァァァ!」

「元から噂程度では知っていたんですよ。だから、調査もさせて頂いておりました。ですが、まさか、こんな所で処罰する事になるとは」


 よく分からないが……九人が関わっていたのか。

 それを淡々と告げるように話している。既に威圧感は無いが表情を変えずに告げる姿のせいで余計に恐ろしさが倍増してしまう。悲鳴や助けを求める声が聞こえる。それでもリリーは止まらない。


 きっと……このまま何もしなければ……。

 別に死んだところで何も思わない。でも、殺される姿を見るのは嫌だからな。剣に手をかける。俺にリリーを止められるのか。……いや、エルじゃない分だけマシだ。人読みで何とか出来る相手だから何とかするしかない。


 リリーが切る前の特徴は……小さく息を吐く。

 その時に何も考えずに間に入って剣を止めるだけだ。恐らく殺しに行くだろうから……狙うなら高めの首辺り。耳を済まして……本当に微かな呼吸音を聴くだけ……。


「ふっ!」

「……おやおや」


 何とか……止められたのか……?

 確かに鍔迫り合いにまで持ち込めはした。だけども少し力を抜けば簡単に吹き飛ばされてしまう。ってか、剣を握る手が痺れて痛い。早く離してしまいたいくらいには辛いな。


 だが、鍔迫り合いにさえ持ち込めれば良い。

 後はこのまま……いつものように流すだけ!


「なるほど、少しはやるようです」

「お褒めに預かり光栄」


 リリーの剣は地面に叩き付けられた。

 良かったよ、エルとの打ち合いで嫌という程、流す技術を学ばされたからな。何度も青痣を作られてポーションで治してを繰り返されたっけか。嫌な記憶だけどやって正解だったらしい。


「ですが、なぜ止めるのですか。最初に見た感じでは貴方は彼等と敵対していましたよね」

「別に死んだところで何も困らない。だが、屑野郎と言えど人が死ぬ様子なんて見たくないだろ。寝る時に思い出して気分が悪くなってしまう」

「……本当に変わり者のようです。こんなカス以下の下郎な輩共を救おうとするなど……私には分かりかねますね」


 別に知って欲しいとは思わないさ。

 そう思うのは俺が日本で暮らしていたからだ。それに死ぬ様を見たくないのもそうだが……いや、この言葉はあまり言うべきではないか。


「なぜ、悩む姿を見せるのですか」

「あー……いや……」

「自分でも助けた理由が分からないのでしょうか。だから、言ってから悩んでしまう」


 いやいや……考えが飛躍しているね。

 本当にあんまり言いたくないだけなんだよなぁ。助けた理由自体は分かっているし。でも、そういう事を言う柄では無いと言うか、ここで言うのが恥ずかしいというか……ただ言いたくないだけ。


「悩むのならば殺したとて何も変わりないでしょう。死にたくないのであればそこを退きなさい」

「……はぁ」


 なるほど、リリーはコイツらを殺したいらしい。

 それなら最初からそう言えよ。……まぁ、今ので尚更、殺させたくなくなったけど。シンから俺を守る事を第一に伝えられている癖して暴走しやがって。ここにエルとかがいたらどうしたんだか。


「分かった。言ってやるよ。リリーの手を汚させたくないからだよ」

「手を汚させたくない……?」

「ああ、俺からしたらコイツらは死よりも苦しい罰を受けてもらいたい。そういう点ではリリーが殺したとしても止めはしないな」


 これはエルにも伝えた事だ。

 極力、人を殺して欲しくない。そうしなければいけない時以外はやめて欲しい……って言う俺のワガママだ。もちろん、リリーがそれに従う必要はあまり無いだろうな。それは理解している。


「騎士団長という立場ならば全員に最低で最悪な罰を与える事も可能だろ。それでいいじゃないか。わざわざリリーの美しい顔や手を下郎な輩の血で汚す意味がどこにも無い」


 美しい手……って、エルにも言ったっけか。

 はぁ、本当に俺には語彙力が無いらしい。他の口説き文句みたいなのを思いつく事も出来ないなんてな。だけど、リリーが少しだけ嬉しそうにしているから正解だったらしい。


「それならば早く言えばいいものを。確かに私の美しい顔や手を血で汚す理由もありませんよね」

「ああ、見蕩れてしまうくらい美しいからな」

「ふふ、本当に口が上手い少年ですね。……その荒々しい口調の方が格好いいですよ」


 俺だけにしか聞こえないような声。

 元から他の人には聞こえないように言ってくれたのかもな。気にしていたつもりだったけど時折、素が出てしまう。それを良いと言ってくれるのなら嬉しいけど……いや、考えるだけ無駄か。


「という事で、用事があるので帰らせて」

「あ、それは駄目ですよ。どのような理由があれ、私に刃を向けた事には変わりません。その話をしなければいけませんので申し訳ありませんが着いてきてもらいますよ」

「えっと……拒否権は……?」


 手をガシッと掴まれてしまって逃げられない。

 ものすごく良い笑顔なだけに本気で怖いな。出来る事なら腕を振り解いてサッサと逃げてしまいたい。でも、きっと出来やしないだろう。


「無いです」

「はは……デスヨネェ……」


 リリーに連れられて冒険者ギルドを出た。

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