7話

 俺が外に連れられてすぐに兵士達が中に突入し始めた。元々、外に何人かの兵士がいたらしい。ましてや、俺と行き違いだったあたり中に入る準備は万端だったのだろう。


 はぁ、つまりはリリーにしてやられたのだ。

 最初から俺が殺させないようにと、止めてくれると思っていたから準備をさせていた。そう考えると殺す素振りを見せただけで俺が釣られてしまったという事になる。別にいいんだけど……なんか気分が良くないんだよなぁ。


 まぁ、いい。今更、言っても意味の無い事だ。

 仮に止める事が分かっていたとしても、仮に俺の事を試していた可能性があったとしてもどうでもいい。そんな事を気にしている暇があるのなら、他の事を考えた方が時間を有効的に扱えるからな。


「お先にお乗り下さい」


 ふーん、馬車まで持ってきているとはね。

 本当に準備万端だったようだ。この感じからしてエルから応援でも頼まれていたのかな。俺が絡まれる事を考慮して行くように言っていた……とかなら、やっていそうだ。それこそ、俺が倒した敵を運んだのもリリーだったし、何かしらの連絡手段があってもおかしくは無いだろう。


 リリーの前に乗り込んで奥に座る。

 その横をリリーが座って前にいた従者に進ませるように命令していた。従者も従者でしっかりとした服装だからルール家の人間なのだろう。馬車だけ見たらルール家というには少しだけ貧相だったけどな。


「それにしても、よく助けに来れたね」


 流れる景色を眺めながらリリーに聞いた。

 素直にエルから頼まれたのかって聞いても良かったけど、それだと貴族を相手にした時にいいように扱われるって教えられたからね。一応、リリーも貴族の出である事はシンから聞いていたから分からないふりをしておく。


 情報を持っている事も一つの情報だからな。

 その点で言えば持っている情報が多ければ多いほど良いっていうのは当然の事だ。サスペンス映画とかで幾つも転がる証拠を集める事で犯人を詰めていくのと似ていると思う。相手が拒否できない、もしくは言い訳ができない状態まで持っていくのが貴族として必要な素質だ。


「エルから頼まれたんですよ。冒険者の中で変な輩がいないとは限らないからギルドの近くで待機していてくれ、と」

「そうしたら本当に争いが始まった」

「ええ、ですが、私が助けずともシオン様一人で何とかなっていたでしょうね。力を抑えたとはいえ、速度は抑えていない私の剣を止められるシオン様ですから」


 剣を止められたのはマグレでしかない。

 それは一月、この世界で生きてみてよく理解したからな。武器に対しての知識、そして戦闘に対しての理解度が大きく生存に関わってくる。基礎の理解度を高める事は俺にも出来るが、応用に関しては色々な基礎の知識が無い俺では上手くいかない。


「アイツらには勝てていたと思うよ。だけど、リリーの剣を止められたのは人読みだったし、上手くいく自信も対してなかった」

「止められた事には変わりませんよ。それに相手を観察してどのように動くか判断する人読みは、強くなればなるほどに重要な事だとは教えたはずです」

「それが短時間で読めたなら私も誇ったさ。でも、リリーを前から知っていて先読みしたとなると話は変わってくるだろう」


 数回の打ち合いで癖を見抜くエルやリリー。

 そこまでの境地に到れるとは俺には思えない。教える事が下手くそなエルだけど、悪い点を的確に見抜く力は疑いようの無いものだ。きっと、あの人の隣でいたいと思うのなら似たような事ができるようにならないといけないんだろうな。


 本当に生きていくほどに力の差を感じてしまう。

 それはエルやリリーに限った話じゃなくてマリアやリール、ルフレ……全員に当てはまる事だ。シンなんて以ての外だな。アレは俺達と同じ扱いをするのも烏滸がましい程に化け物だ。


「誰だって、そこから始まりますよ。そうして色々な事を考えるうちに見抜くために必要な要素を学んでいきます」

「それは……嫌なほど分かっている」

「ええ、何度もいいますが振る速度に関しては少しも手加減をしていませんでした。それを人読みで止められただけでも普通ではありません」


 ………そんなものなのかな。

 いや、間違っていないか。事実、俺も止められるか分からないままで間に入ったし。運が良かっただけかもしれないけど止められたという事実がある以上、俺がリリーの癖を見抜けていたという事に変わりない。


「それにしても女だからと馬鹿にする輩もいるのだな。男女変わりなく強い人は強いだろうに」


 何となく今の空気感が嫌で別の話を振った。

 だけど、リリーは驚いた様子で少し沈黙してみせるだけだ。何を考えているのか、俺の言葉の真意を探ろうとしているのかもしれない。だけど、俺が目を合わせたら黙っていた事に気が付いたようで口を開いた。


「女として生まれただけで道具のような扱いを受けるのが常識ですから。貴族であれば他の貴族との関係を強めるために、平民であれば奴隷として売られる事の方が多いですよ。あのような愚かな考えを持つ人がいても……不思議ではありません」


 心底、気分が悪そうに吐き捨てる様に言った。

 リリーはリリーで女であるからこその嫌な体験があったのだろう。エルも似たような事を言っていたのを覚えているし。……まぁ、日本にいた俺からしたら思う事は一つだけだ。


「知っているさ。だが、どちらも人である事には変わりないというのに、おかしな話だと思わないか」

「思っていますよ。だから、私は騎士になろうと決意したんです。ただの道具にならないために、世界に一つしかない女性だけで構成された白百合騎士団に応募しました」

「……そうだったんだな」


 ハッと何かに気がついたような顔をされた。

 きっと、口を滑らせてしまったんだ。今の顔は前から見せていた偽物の笑顔とは違う、心の底から出てきたものだ。ドロドロとした、最低で最悪な感情が詰め込まれた表情だった。


「初めてリリーと話せてよかったと思えたよ。いつもは作り笑いを見せるだけで、本当の感情を見せてはくれないからな」

「はは……申し訳ありません」

「気にしないでくれ。前の私は分からないが、今の私は女だからとリリーを下に見たりしないさ。それに嫌な気持ちを抱いたのなら隠さなくていい。どうも、貴族ならではの作った表情は好めなくてね」


 悩んだように顎に手を当てて目を瞑る。

 そこには最初の時のようなマイナスな感情は見えない。ただ俺を信頼するに値するか、その一点だけを考えているのだろう。話を聞く前は好めなかったけど今は少しだけ気持ちが変わったからな。できれば信頼してくれるとありがたいが……。


「男嫌いなエルが貴方を主と認めた理由が分かりましたよ」

「男嫌い……?」


 いきなりフフっと笑ったリリー。

 エルが男嫌いと言ったか……確かにエルが話をする男といえば俺かシンだけだったが……。もしかしてだけど、マリアに仕えていたのも主として認めていたからじゃないのか。


「顔だけ見てリール様やルフレ様に仕える事を拒否したエルですよ。金や名誉のために仕える相手を決めない彼女が……まさか、シオン様に仕えるだろうと考えた人は恐らく一人としていません」

「そう、だったのか」

「まぁ、あの人はそういう事を話したがらないでしょうね。私に対しても話をしてくれるようになったのは一緒に任務を受けてからでしたから」


 つまり、エルは自分から話す事はない、と。

 何だか……悲しいな。結構、心を開いてくれていると思っていたんだけど。……いや、心を開いてくれているのは間違っていないのか。単純に自分の事を話したくないだけ……だとしても、勝手な話だがすごく嫌な気持ちになってしまう。


「少しだけエルについてお話をしませんか」


 リリーの囁くような声が馬車に響いた。

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