3話

 アンナは……近くの公園で休んでいるのか。

 横まで来て顔を見てみたが唇がピンク色になっているし、治ってきているのだろう。眠かったのと日光による温もりもあって休めているのか。ベンチの上とはいえ、子供の声や外の喧騒で俺なら眠れないな。


「はは、お嬢様は眠ってしまったみたいだね」

「あ……リオン様……」


 膝枕をしているアンジェの隣に座る。

 アンナの寝顔を眺めていたからか、俺には気が付いていなかったみたいだ。まぁ、近いとはいえ離れて数分で追ってこれるのもおかしな話か。最初から場所が分かっていないと難しいもんな。


 と、それはいいとしてもだ。

 さてさて、アンナが眠っている以上、動くのも難しそうだなぁ。今から馬車でも持ってくるか。いやいや、そんな事をしていたら敵として映っている奴らに襲われてしまう。かと言って、このままウダウダと待っていても同じ結果だし。


 起こすのは……微妙そうだな。

 アンナの寝覚めは悪いんだよ。一緒に寝た時だって起こそうとした瞬間に叩かれたし。それに起こしたとしても頭が覚めるまで十数分はかかる。数分間、寝た時も同じような感じだったし出来ればしたくない。


「起こしますか?」

「いや、無理に起こさなくていいよ。逆に面倒くさくなってしまうだろ」

「その通りですね。確かに起きたては面倒くさいです」


 アンジェが笑ってくれた。

 アンナについての理解度が高まってくれて嬉しいのかな。アンナの頭を軽く撫でてボーっと寝顔を眺めている。……こういう姿を見て移動しようとは言えないよなぁ。となると、倒し切るしかないか。もしくは……。


「何か」

「うん、いや、ちょっとね」


 分からないとばかりに小首を傾げるエル。

 表情は見えないけど明らかに笑っているだろ。言いたい事が分かっているくせに言わせようとするとか、本当に意地悪だよ。ってか、グイグイ顔を近づけてくるし確信犯だな。


「……急用が出来たから二人を見ていて欲しい。本当に少ししか、かからないからさ」

「いいんですか、私がついていかなくても」

「トイレに行くんだよ。まさか、私が用を足している姿を見たいって言うのかい。散々、私の事を変態扱いしておいて、一番の変態はエルじゃないか」


 考えた様子で返答はしてこない。

 俺の返しに驚いているのか、もしくは本当に一人にしていいのか悩んでいるのかな。ただ、個人的にはこっちの方が正しい選択だと思うんだ。下手にアンジェ達に出会わせるよりも俺の方から顔を見せに行く。


 まぁ、一月も鍛錬に励んだわけですから。

 それに指導というか、模擬戦をする相手がエルだったからな。いつもボコボコにされていたのを踏まえても一般人程度になら負けないだろう。剣の扱い方も上手くなっているから、殺すという選択以外も取れるようになっているはずだし。


「頼むよ。エルにしか頼めないんだ」

「……ふふ、そうですね。私は変態ではありませんから待っています」

「ああ、エルの弟子だからな。安心して少しだけ待っていてくれ」


 さてと、許可も出た事ですし行きますか。

 ローブも羽織った事だ。並大抵の攻撃では俺へダメージも与えられないさ。それに気配遮断もあるのだから何の心配も無い。だって、強かったらエルみたいにマップすらも超えて近づいてくるからな。


 それでどうやってアイツらを引きつけるか、だ。

 多分、止まれとか言っても無駄なんだろうな。かと言って、顔を見せるのも気配遮断の意味が無いし。……それならばわざとぶつかってみるか。気配遮断の力を薄くしてやれば追ってこれるだろ。


 大通りにいるから……ルートはこうだな。

 という事で、力加減は無しで思いっ切りぶつかってやろう。それなりにはステータスも上がっているから弱いとそれだけで倒せてしまうかもな。まぁ、そんな楽観的な考えでいられるほど敵を舐めてはいないけど。


 と、見付けた。敵は……四人か。

 得物は全員が片手剣、装備品は皮の防具だから冒険者っぽい。いや、冒険者に偽造した兵士の可能性とかもあるけど。どちらにせよ、強面ってだけで大して強いようには見えない。慢心しなければ俺でも倒し切れるだろう。


「いっ……!」


 ふむ、ぶつかっただけでバランスを崩すのか。

 エルと力勝負をしたらいつも負けていたからな。本当にエルがどれだけ化け物なのか、こういうところで思い知らされる。ましてや、エルよりも強いと言われるシンはどれだけ……。


 って、そんな事を考えている暇も無いか。

 肩を掴まれそうになったから思いっ切り殴ってヘイトを買っておいた。青筋を立てていたし撒こうとしなければ追ってくるだろ。追わせる逃げ方って結構、難しいなぁ。まだマップがあるからマシだけどさ。無かったら簡単に逃げ切れてしまうよ。


 ここを横に曲がれば……袋小路に出るっと。

 さてさて、振り返ってみたらカンカンですねぇ。ブチ切れ間近って感じだ。剣を抜いて殺気立っているあたり話す気も無さそうだ。サッサと倒して話を聞こうか。何で俺を追っていたのかってね。


 ニヤニヤしていて気持ちが悪いなぁ。

 ただでさえ、ブサイクな顔がより醜悪になっていて見るに堪えない。日本にいた時の俺の顔もあんな感じだったのか。……いやいや、痩せていた時はカッコイイって言われていたし、ここまで酷くはなかったはずだ。


 剣を抜いて一気に走り始める。

 それに対応しようとしてきたが……おいおい、遅過ぎるな。何ならアンナの方が早いぞ。防御の構えを取るまでに時間がかかり過ぎだ。ニヤニヤしている暇があったら色々な事にもっと意識を向けた方がいい。じゃないとーー。


「がッ……」


 こうやってアッサリと斬られてしまう。

 しかも、二人。ヤバいと思い始めたのかもしれないけど逃がす気は無いよ。殺さずとも逃げられないようにするのは簡単だからな。後ろ側にいた三人へ走り始めて……体をガードしようとしたのを確認してから足を斬る。


 残り二人がチャンスとばかりに詰めてきた。

 が、体を無理やり前に押し出して足を斬った男を突き飛ばす。その間に片手剣を奪って……左手で左側の男へ投げ付ける。若干、バランスが崩れたままだけど無理やり剣を引いて鍔迫り合いに持ち込む。


 ここまでは全て計算通りに進んでいる。

 力では……若干、負けそうだなぁ。まぁ、仰け反らせてようやく鍔迫り合いに持ち込めたって感じだから仕方が無いか。でもさ、前に重心を傾け過ぎだ。俺もエルにやった事があったっけか。その時は二つのやり方があるって言われた。


 剣を傾けて勢いを流すか。それか……。


「足がお留守ですよ」

「なっ!?」


 少し剣を傾けてから横から足払いをかける。

 そのまま蹴ったら傷を負う可能性があるからね。やるのなら徹底的に、少し工夫をするだけで憂いを無くせるのならやった方がいいに決まっている。力一杯、足で払ったからキツイだろう。体制を立て直そうとしていたから尚更ね。


 それでバランスを崩したら後はこっちのものだ。

 剣を持つ手を斬ってから足を奪う。これで動けないだろうし他の人も同じよう手と足を斬っておいてっと。さすがに鎧ごと体を切られたら痛くて逃げられないか。誰も逃がさずに済んだみたいだ。


 とりあえず、一箇所に集めておいた。

 うーん……まずは得物を全部、奪っておこう。皮の鎧も使えそうだし脱がしておくか。体をまさぐったけど大して金があるわけでも無いし、迷惑金はこれぐらいでいいだろう。後は……。


「さてと、君達に聞きたい事があるんだけど」


 全員が顔を背けてしまった。

 汗をかいている人もいるから何かを察したかな。もしくは体を切られて痛いのか、いや、恐怖からって可能性もあるね。まぁ、どうでもいいや。どれであれ、この五人が俺へ敵意を向けて尾行していた事には変わりない。


「しっかり話してくれたら命は助けてあげるよ。私としても無駄に命を奪うのは好みじゃなくてね。まぁ、話をしてくれないのなら」

「グッ……ガァッ!」

「手荒な真似はさせてもらうかな」


 最初に斬った男の太ももへ剣を突き刺した。

 抜いてみたら結構な出血になってしまったな。ただ早くしないと死ぬって分かったみたいだし、少しは話してくれる気になってくれただろう。これくらいなら話が終わったら街の兵士に場所だけ伝えるし治してもらえるはずだ。


「で、質問なんだけどさ。何でシオン様達を追っていたのかな。それも殺気立ててさ」

「言うわけが」

「ふぅん、えい!」


 他の男の足に剣を突き刺してやった。

 大丈夫、後三人も刺せる相手がいる。別に楽しくは無いけど精神的に追い詰めるために笑ってみようか。……上手く笑えているか分からないから何が楽しい事を思い浮かべよう。そうだなぁ、アンナと話をしている時を思い出すか。


ぶっちゃけ、刺す度に躊躇いはある。

でも、アンジェやアンナの顔を思い浮かべると勇気が湧くんだ。あの親子を助けた以上は守りきらないといけないからな。そのためには目の前の男共は邪魔でしかないんだ。


「次は誰を刺そうかなぁ」

「ま、待て! 話す! 話すから俺はやめてくれ!」

「お前ッ! ふざけんなッ!」


 おおっと、喧嘩が始まってしまったなぁ。

 話そうとする奴と止めようとする奴、醜いねぇ。生き残るために「うっせぇ」だの、「金のためにやっているだけだ」だの。ポロポロと最低な発言ばっかり出てくるわ。


「ねぇ、話してくれるかな」

「あ、ああ! 頼まれただけなんだよ! 金を出すから殺してくれって! ルール家の前にいれば出てきた奴を襲えば情報を得られるかもしれないって! それで!」

「ふーん、なるほどね」


 つまり、大した情報は持っていません、と。

 相手を知っているのなら命のために出せる情報を先に出すよな。その中で出てきたのはよく分からないものばかりだった。多分だけどこれ以上、叩いても何も得られそうにないよなぁ。


 まぁ、ダメで元々だから聞いてみるか。


「頼んできたのは誰?」

「知らない! 本当に知らないんだ! 依頼を失敗して酒を飲んでいた時に黒い服を着た男に話しかけられただけで!」

「……分かったよ」


 聞いたとしても時間の無駄だろう。

 それなら罪を償いながら兵士に情報を吐き出してくれればそれでいいさ。奪えるものは奪っておいたし、もういいや。ここにいても気分が悪くなるだけだ。


 男達を置いて走りながら公園に戻る。

 戻って早々、「待ちましたよ」ってエルに言われたけど、説明したら「リリーに連絡を入れておいているので心配しなくても大丈夫です」とか言われてしまった。そこまで出来るのなら最初からリリーを送ってくれよって思ってしまったが仕方が無いか。


 敵がいたのを知っていたのは俺とエルだけ。

 何かしらの事件を起こしたわけでは無いから罰しようにも無理な話だ。だが、誰か分からずとも俺を殺そうとしたのなら話は別。先にリリーに説明をしていようと俺が何かしらの行動を取る必要があった事には変わりない。


 アンジェの横に座って小さくため息を吐く。

 アンナが起きたのは俺が戻ってから数分経ってからだった。

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