2話
程なくして二人は来た。
アンナは白いワンピースの上に黒い服を着て、アンジェはワイシャツのような服の下に大きめのスカートを履いている、といった感じだ。ただ中世でイメージするようなコルセットみたいなものは付けておらず、上の服を膨らませて胸とかの形が分かりにくいようになっている。
どちらも顔が良いだけにとても似合っているな。
特にアンナは初めて見た時は男か女か分からないような姿をしていた分、ショートカットを活かした格好になっていてギャップを感じる。メイクとかも習っているからか、今では可愛らしい女の子にしか見えない。
「カワイイ?」
「すごく可愛いよ」
「えへへー、ありがと」
抱きついて下から唇を突きつけてきた。
顔を下に向ければ普通にキスできそうだけど、残念だったな。俺の精神年齢は日本にいた二十四のまま、好みも変わらずに十八から二十八までの女性だ。七歳の幼子に対して付き合いたいなどという感情は持たない。
キスしないと分かったのか、引っ込んでくれた。
ちぇっとか言っていたけど当たり前だ。アンナの事は好きではある。ただ、それは妹のような意味合いで好きなだけ。アンナと同じ精神年齢だったら恐らく好きになるくらい可愛いとは思うが、今の俺にはちょっとな。
「シオン様もお似合いですよ」
「そうか、それなら良かった」
割と庶民的な服を選んだつもりだからな。
まさか、外へ出るのに動きづらいスーツみたいな服を着るわけにもいかないし、貴族とバレるような服をわざわざ着る事はできない。白のトップスなんて前の俺なら好まなかっただろうな。汗とかが分かりやすいから好きじゃなかったし。
「それじゃあ、行こうか。遅くなってしまうと変な輩に絡まれやすくなってしまうからね」
アンジェが苦笑いした。
まぁ、二人と出会うキッカケになった事件を思い出したんだろうな。俺からしたら今から行く場所には、そういう輩が多いから言っただけなんだけど、伝わりにくかったか。
全員が使える武器を持っているから……。
さすがにこれを見て喧嘩を売ってくる人はいないか。腰に刀を差した侍に喧嘩を売るような馬鹿はいないだろうし、この世界でもしっかりとした武器を持っているだけで一定の抑止力にはなるはずだ。最悪は……エルに任せるしかないか。
「ほら、アンナ。手を繋ごう」
「うん!」
イジけていたけど機嫌を直してくれたようだ。
アンナはアンナで怒らせたままにしておくと面倒くさいんだよな。前も勉強をズル休みした事を咎めたら一日中、引っ付かれて寝るのも一緒になってしまった事があったからね。マリアと行動は似ているけど、純粋な気持ちで動いてくれるからまだマシだけどさ。
とりあえず、これで離れる事も無いだろう。
この世界では人攫いも少なくないと聞いたし、前の男か女かも分からない姿では無い、綺麗になったアンナを連れ去ろうとする人はいると思うからな。実際、リリー曰く戦闘の才能もあるようだから専属の召使いにしたのは正解だった。
こんな幼いのに兵士に勝ったんだよなぁ。
一度だけリリーがまとめる白百合騎士団で訓練をした時に、新人騎士を短剣で辛勝とはいえ、勝ったらしいからね。未だにアンナと戦った兵士が手加減したのじゃないかって疑ってはいるけど。
まぁ、それも今日のうちに分かる。
だって、今から向かうのは……。
「と、ここだな」
「少しだけ……怯んでしまいますね」
アンジェがそう言うのも仕方が無い。
ぶっちゃけ、女性二人と子供二人で行く場所では決して無いと思うからな。ただ、仮に怯む理由になっている何かが起こったとしても俺やエルには意味が無い事だ。
「何かあっても私が何とかしてみせるよ。それにどちらにせよ、ここに来ないといけなかったからね。遅かれ早かれ来なきゃいけなくなる」
「ふふ、頼りにしていますよ」
「いや、エルから頼りにされても困るからね。出来ればエルにも助けてもらいたいんだけど」
便乗するように言われても、ちょっとね。
俺よりも強い奴が何を言っているんだか。守りながら戦った件から時折、こうやって虐めてくるんだよなぁ。なんだかんだ言って、それだけエルにとっても嬉しかった事なのかな。仮面のせいで表情が分からないけど……そういう事にしておこう。
西部劇風の扉を押して中へ踏み込む。
人は……思ったよりも少ないみたいだ。その割にはすごく臭いな。汗臭いのと酒臭いの二つの匂いが混ざり合って少し気持ち悪くなってしまう。十時とかそこら辺なのにさ、良くもまぁ飲んでいられるよな。
「いらっしゃいませ」
「冒険者登録をしに来ました」
一箇所だけ空いている受付に行ってみた。
だけど、若干、後悔している。俺の大っ嫌いな愛想笑いだし、目の奥で来んなよって言っているように見えてしまう。恐らくだけどここだけ空いていたのもそれが理由だろうなぁ。顔が綺麗なだけ勿体無い。
「はい、これに情報を書いて出して」
「一応、聞きたいのですが冒険者になるのに年齢制限とかはありますか」
「別に、若いうちからなっている人も結構いるから大丈夫だと思うわよ。まぁ、そういう子ほど騙されるか、負けて死ぬかのどちらかで終わっているけど」
おおっと……すごく嫌な顔をしてきたな。
お前もそうなるんだぞって言いたいのか。いやいやいや、こう見えて俺は二十四歳ですよ。幼く見えているだけで中身はバリバリの無職の引きこもりニートで御座る。
「詳しい説明ありがとうございます」
「いえいえ」
話もしたくないとばかりに顔を背けられた。
ふむ……日本にいた時のゲームを思い出すな。こういう感じで嫌な事をしてくる人を落とすのが個人的に好きだったんだよね。逆張りというか、明らかなヒロインではない子を自分好みの子にしたいって気持ちが湧き出てしまう。
「いてっ」
「早く書きましょう」
エルに小突かれてしまった。
少しだけ力が込められていたあたり、変なことを考えていた事がバレてしまったか。まぁ、冒険者ギルドに来る事もあるだろうから、その時に色々と画策してみてもいいかもな。今の顔や財力ならば気を引くのは簡単そうだし。
怒られるのも面倒だし適当に書いておく。
絶対に書かないといけないのが名前と年齢、得物だからな。あの地獄みたいなエントリーシートや履歴書の作成に比べれば楽勝過ぎる。前から決めていた通り名前はリオン、年齢は十一歳で得物は片手剣だ。エルはネロと書いている。他二人は顔もバレているだろうし、そのままでいいだろう。
名前の間違いとか気を付けないと。
このためにアンナには「お兄ちゃん」って呼ぶようにしているし、アンジェならウッカリでも起こらない限りは名前間違いはしないはずだ。最悪はリオンと聞き間違えたとでも言えばいい。シオンは太っていると言われていますよね、とか言えば引き下がるだろ。
「書きました」
「じゃあ、少し待っていて。冒険者カードに登録して渡すから」
「了解しました」
サッサと終わって欲しい限りだ。
アンナもギルドの空気で気分が悪くなってきたみたいだし、登録を終わらせて適当な依頼を受けて出たい。……いや、受け取るのは別に本人じゃなくてもいいか。
「アンジェ、カードを受け取っておくからアンナを連れて外で待っていてくれないか」
「そうですね……お気を遣わせてしまい申し訳ありません」
「気にしなくていいよ。俺からしても可愛いアンナに苦しんで欲しくないからさ」
銀貨を二枚だけ渡しておく。
これで不慮の事態が起こっても簡単な事なら何とか出来るだろう。二人が出るのを見てからエルに近付いて凭れてみる。マップ自体は他の人には見えないようだから時折、見て時間でも潰そう。
嫌がるどころか、頭を撫でてきた。
うん、他の人の視線が痛いけど気分はいいな。仮面をつけているとはいえ、エルの姿を見て美しいと思う人は少なくないのだろう。だって、マップにいる敵が多過ぎる。エルとアンジェ……そりゃあ、羨ましかろう。
「ネロ、分かっているよね」
「はい、準備は出来ています」
確認してみたけど……要らなかったか。
これだけの敵意が合ったらエルが気が付かないわけないよね。俺の想像以上に強いエルだ。それこそ、マップなんてチートスキルが無くとも後々、起こりそうな事くらいは予想がついているだろう。
「これが冒険者カードよ」
「ありがとうございます」
「説明とかは聞いていくの」
本当に嫌々そうに聞いてくるなぁ。
もちろん、詳しい話は聞いてあるから、わざわざ話をしたくなさそうな人から聞く気は無い。それに分からなくなったらエルに聞けば済む。今は説明よりも先に……。
「説明は要りません。それとオーク討伐の依頼を四人で受けたいので受注をお願いします」
「……はぁ、いいわ。はい、これで受けられたはずよ」
「ありがとうございます」
レジのような物をカタカタ叩いて終わったな。
よく分からないけど簡単に依頼は受けられるらしい。さてと、カードを受け取ったら早くギルドから出ないとな。マップを見ていて思ったが変な敵がアンジェ達の近くにいる。今なら接する前に討伐依頼に書かれた場所にいけるはずだ。
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