閑話

御褒美と修羅場

※この話には下ネタが含まれます。

 苦手な方は飛ばしてください。

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 部屋の中、エルとシオンがいた。

 時計は既に八時過ぎを指しており、その部屋の中にいる二人も寝間着を羽織っている。片やエルは膝を差し出し、片やシオンはその膝に頭を乗せてベッドの上に寝転んでいる。


「やっぱり、膝枕っていいね」

「喜んでいただけるのなら幸いです」

「ああ、毎日して貰いたい位にはいい」


 シオンはそう呟きボーっとエルの顔を見詰めた。

 前にも見た美しい顔、だが、前と違う事が一つだけある。あの時とは違い、今のシオンは純粋に御褒美ともなる膝枕を楽しめていた。柔らかな感触と薄い生地のせいで感じられるエル自身の温かさ、それらが激しい戦いを終えたシオンの体を癒していく。


 本音を言えば酒でもあると尚、良い。

 そう思いはしたがシオンは飲み込む。異世界の生活を知らない以上、勝手に酒を飲むのもどうかと考えたし、何よりも下手に酒に酔ってエルに嫌われてしまう可能性があったから我慢する事にした。


「そんなに良いものなら今度、シオン様にしてもらいたいものですね」

「……エルも頑張ったらするよ」

「ふふ、約束です」


 シオンの目元にかかった髪を退けて笑う。

 そのせいですぐに反応が出来なかったが想像してみると悪くないと考えたのか、シオンは特に深く考えずに返した。だが、返した後で少しずつ表情が赤く染っていく。


 エルに膝枕をして果たして大丈夫なのだろうか。

 主にシオンの懸念は股間部分にあった。前回の素振りの時と同様、より身近にエルの女性らしい香りを嗅いで体に変化はないか。……完全にノーとは言い切れない。なぜなら、エルの香りを意識してしまったがために現在進行形でテントが立ちそうになっているからだ。


「どうかしましたか」

「うん、頭の居心地が悪くなったんだ」

「言って頂ければ調整しましたのに」


 少し残念そうにエルは笑った。

 だが、その表情すらシオンは見ていられない。顔を背け、横を見た事で何とかシオンのテントは隠せるようにはなったが、少しでも体を動かせば変な方向へ傾きかねないのだ。若干、焦りながら太ももと太ももの間に挟まれたせいで濃くなった香りに対抗するために瞳を閉じた。


「おやすみになられますか」

「ううん、寝てしまったらエルの膝枕を当分は楽しめなくなっちゃうからね。ちょっとだけ我慢して起きているよ」

「お気に召したようで嬉しい限りです」


 そう言ってエルはシオンの頭を撫でた。

 それが余計にシオンの眠気を強める。寝るとなるとベッドで眠らなければいけない。ましてや、マリアとの約束のせいで膝枕のままで寝たいなどシオンには言えなかった。


「……こっちの方が枕よりも良いな」

「お肉が付きすぎちゃいましたかね」

「違うよ。力を抜いてくれているおかげで柔らかく感じられるだけ。エルが動こうとしたら固くなるから太ったって事は無いと思う。それに」


 顔だけをエルの方へ向け、シオンは続ける。


「太ったエルは私みたいに醜くはないだろうからね。それはそれで見てみたいって気持ちもある」

「……シオン様は醜くなんてありませんよ。とても可愛らしい顔をなさっております。醜いと思っていたら私もこんな事はしていません」


 そう言い返してエルは褒めた。

 少しだけ頬を赤らめるのを見たからこそ、シオンも反論はしない。元の体が違うとはいえ、今の体ではあるから素直に喜ぼうと考えたのだ。だけど、唐突に起こる胸の痛みがシオンを傷付ける。


 チクリチクリと少しずつ体を痛み付けていく。


「エル……あのさ……」

「何でしょうか」


 何かを決心したようにシオンは口を開いた。

 それに対してエルは表情をピクリとも変えない。未だに目を背けたままのシオンの横顔を見詰めて続きを待つ。数秒の無言、シオンはそれがすごく辛く感じられた。対してエルは促すように頭を撫で続ける。




 ーーそんな中だった。


「ねぇ……何をやっているの」


 深く地の底へと落ちていきそうな声が響いた。

 咄嗟に声のする方へ視線を向けた二人、その先にいたのはシオンの姉であるマリアだった。シオンの背中に嫌な汗が流れる。その声に恐怖を覚えたのもそうだが今の自分の置かれている状況を理解したからだ。


 言い訳をするために体を起こそうとする。

 だが、それをエルは許さない。無理やり顔を上へと向けさせたのだ。驚きと共にエルの顔を見たシオンは察する。マリアと同じくエルはエルで自分に対して思う事があるのだろう、と。


「ちょっとエル……確かにシオンの騎士になる事は認めたわよ。だけど、こんなイチャイチャしていいとは認めていない」

「お言葉ですがマリア様、今の状況はシオン様が命をかけて私を守った事に対する御褒美でございます。イチャイチャと表現をなされましたが私としてはシオン様のお楽しみの時間を奪いたくないだけです」

「だったら、場所を私と入れ替わりなさい。代わりに私がシオンに膝枕をするわ」

「シオン様は私、エルに膝枕を頼まれたのですよ。マリア様を否定する気はありませんが、変わったとしても私の代わりにはならないと思います」


 そんな言い合いがシオンの目の前で起こった。

 エルはニコニコとしたままだが明らかに譲る気は無いとマリアを睨んでいる。マリアも敵視を向けてエルを睨んでいた。……そして、未だにエルの拘束から抜けられないシオン。


「シオンはどうなのよ。私とエルのどちらに膝枕をしてもらいたいの」

「え、エルだよ」


 何も考えずにシオンはそう言った。

 そして、言った後に後悔する。マリアが体をプルプルと震わせて今にも爆発しそうになっていたのだ。対して下から見たエルの顔はどこか勝ち誇ったように笑っている。


 だが、後悔はすれど本心はエルにして貰いたい。

 だから、目線で訴え続けるマリアから顔を背けてエルの方を見続けた。恐ろしさはある、だが、それ以上にシオンからすれば自分の事を考えてくれるエルの方を大事にしたかった。とはいえ、何もしないというわけにもいかない。


 加えてシオンからすれば……。


「マリア姉はさ、私が他の女に甘えていたら嫌なのかい」

「嫌よ、例え私の騎士として働いていたエルであってもシオンを奪われたくない」

「そっか、なら、これが命をかけて戦った私への御褒美だとしてもマリア姉は否定をするの」


 目を背けたままで淡々と話すシオン。

 それを見てマリアも少しだけ考え始めた。息を吹き返してからのシオンは前とは違う。前のように誰彼構わず女ならば襲い、自分より弱い立場の人へは罵詈雑言を浴びせる……そんなシオンとは似ても似つかないのだ。


 だからこそ、シオンが怒っているのが分かった。

 淡々と話すのも荒らげてしまいそうになるのを抑えているがために、そうなっているだけ。本来ならば口を悪く言ってもおかしくない程に今のシオンは怒っているのだ、と。


「別にマリア姉の事は大好きだし一緒にいたいとは思うよ。だから、一緒に寝ているわけだしね。でもさ、マリア姉が好きだと言っても今は女の子として見ているわけじゃない」

「それは……」

「エルの事を愛しているとかは自分でも分からないから言えないけど、少なくとも他の女性達よりは好きなのは事実だ。こうやっていられる事に幸福感も覚えている。それを知っていて引き離そうとするのかな」


 ゆっくりと口調も変えずに話すシオン。

 マリアは何も言い返せなかった。少なくともシオンが好きでいてくれたのは分かったのに、素直に喜べやしない。そんな時にシオンが目を合わせた。


「エルを取り上げるのならマリア姉を嫌いになるかもしれないって事だよ。それにもう少しで寝ようと思っていたからさ。その時に一緒に寝れるんだから今は我慢していてよ」

「……分かったわ」


 笑顔で話しかけるシオンにマリアは頷いた。

 その後すぐにシオンも体を起こして寝る準備を整え始める。マリアもシオンに催促されて寝る準備を始めた。だが、変わらずに鏡を眺めながらボーっとするマリア。時折、「シオンに嫌われた」と呟く姿を見てシオンは溜め息を吐いた。


 そして、すぐに……。


「マリア、今日は甘えてもいいかな」


 そんな囁き声を耳元でして洗面所を出る。

 中では何か変な声が聞こえたのを無視しながらシオンはソファに座った。対面にはエルがおり、その手には手帳のようなものがある。日記を書いていたのだろうがシオンが出るのと同時に止めてしまったのだ。


「何を書いていたの」

「一日の感想ですよ」

「へぇ……ちょっと見せて」


 興味から手を出そうとするシオン。

 その手を軽く叩いてエルは笑った。


「この中には私の体に関する話も書いているんです。それを見ようとするなんてシオン様は変態ですね」


 そう言って、からかってみせた。

 その言葉を聞き、少し想像してしまったのだろう。シオンはその後は何かをするわけでもなく「おやすみ」と言い、灯りを弱めてからベットへと潜り込む。少ししてマリアも中へと入り、シオンはマリアを後ろから抱き締めながら眠りについた。

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