22話
「終わった……のか」
「この階層の敵はこれだけで合っていますよ」
一気に体から力が抜けていくのが分かる。
そうか、本当にこれだけなんだな。ヘルムを被ったエルを見て終わりを確認した。しっかりとエルを守りながら……俺は剣で魔物を倒したんだ。回収能力だったりは使ったがチートみたいな性能の銃は使っていない。
「ははは……疲れたな」
「ゴブリンリーダー五体の討伐、お疲れ様です」
エルが近くまで来て膝をつく。
さっきまでのように表情が見えるわけではないが何となく分かる。今のエルが笑顔で俺に接してきているんだ。いつもと同じく笑顔で返してみたが上手く笑えたか分からない。何と言うか……すごく不思議な気分だ。
思えばここまでの達成感は初めてかもな。
今までも小さな達成感は得た事はあった。でも、思い返してみれば心の中では出来て当然だと思っていたのかもしれない。こうやって倒れそうになるくらいの脱力感も叫びたくなるような興奮も経験した事が無かった。
「さすがはシオン様ですね。まさか、敵の攻撃を一度も受けずに倒し切るとは思いませんでした」
「いや……それは運が良かっただけだよ。やりたいと思えた事が全て想像通りに上手くいっただけ。一つでも失敗していたら倒せなかった可能性もある」
「……見ていた感想としては例え失敗したとしても何とかなっていたと思いますけどね。それだけ動きがしっかりしていました」
動きがしっかりしていた……のか。
自分ではよく分からないや。だって、戦っている間はそんな事に脳のリソースを割く訳にはいかなかった。脳のリソースを全て成功した時と失敗した時の二つの策を考えるのに必死だったし。ただ褒められて嬉しくはある。
「今だから言える事ですが最初に気配を消した時点で、シオン様の勝利は無いと思っていたんですよ。人の能力の高さはある程度、見抜ける自信はあったのですが……」
「私も無視してエルを狙うとは思っていなかったよ。あの時は少しだけ焦ってしまった」
「ですが、最善策を選んで狙いを自分へと変えさせましたよね。それに私へ向いていた攻撃の矛先も利用して二体を倒し切った」
利用した……確かにそうかもしれない。
どうにかして解決策を考えた結果が一番、近くにいた敵を倒す事だった。遠距離攻撃が出来る武器を求めていたし、ナイフを奪う事も決めた上で戦っていたからな。どこかで今の最悪な状況を利用しようと考えていたのかもしれない。
「真っ向からの打ち合いが無かったから分からなかったかもしれませんが、今のシオン様とゴブリンリーダーの強さは同じですよ。だからこそ、ここで倒される兵士も多いのです」
「……一個下の魔物よりも強くて、それでいて五体も一気に現れるからか」
「はい、四階層の魔物は子供でも倒せるかもしれません。そこで余裕に感じて何も考えずに全滅してしまうんです。一月前の兵士募集の際にも一定数がここで死にました」
え……一定数がここで死んだ、だと……。
俺が今、立っている場所で何人も人が死んでいるのか。もしかして……俺も本当に死んでいた可能性もあったのかな。ここで負けるような男なら助ける必要も無いとか、もしくは自分の体を使って成長させようとしたとかさ……。
「その時に……助けたりしなかったのか」
「死ぬのも覚悟して戦ってもらわないといけませんからね。先に戦った人達を助けてしまえば後の人達に緊張感を持って頂けません。それにそこまでの覚悟を持てない人を雇う意味等ありませんよ」
「そうか……そこまでなのか……」
つまりエルはそれだけの覚悟を持っている。
死ぬのも覚悟して俺の指導をしているんだ。今まで俺が甘えて生きていたのも、エルに対して抱いていた感情も……何もかもがこの世界で生きていくには必要が無い。
そうだ、どこかで勘違いしていた。
この世界は日本とは丸っきり違う。強ければ生き残れ、弱ければ簡単に死ぬ。弱肉強食とかいう獣みたいな世界なんだ。その強さが分かりやすくなるようにステータスというものがある。
「可哀想だと思いますか。受けた人達を助けない事に対して疑問を持ちますか」
「別に……疑問は持たないよ。ただ簡単に命を捨てられる人達がすごいなって思うんだ」
「……そういう事にします」
少なくとも俺は命を捨てられなかった。
死にたくても、辛くても……最後の最後で勇気を出せなかったんだ。あの時に出せた勇気もどこかで生き残れると信じていたから助けにいけた。結果的に死んだだけで、死ぬと分かっていながら動く事は出来なかったと思う。
……いや……それも違うのか。
死ぬ覚悟を持っている、いないは関係が無い。俺のようにどこかで生き残れると思っていたから簡単に死んだんだ。甘えていたから……少しの違いで命を落としてしまう。
「私は色々な事に疑問を持つシオン様が好きですよ。今の私では当たり前の事でシオン様は悩んでくれます。だから、一緒にいてすごく楽しいんです」
「……ありがとう」
「いえいえ」
そうやって思ってくれるのなら悪く無い。
だけど……これも一つの自分を変えるキッカケだ。これからも生きていくためには甘えを少しでも減らしていくしかない。逆に転生して大して時間が経っていないのに気付けて良かったと思おう。
「実はここだけの話ですがゴブリンリーダーではシオン様に傷を負わせられませんけどね。それだけ羽織っているローブの防御力が高いものですから」
「あ……ああ!?」
確かにその通りじゃん。
ってか、エルも顔を見せた以外は防具を着けたままだし。それを加味して許していたと考えると最悪はローブでの有利を活かして勝てていたのか。うっわ、そう考えるとエルへの目線が少し変わるわ。
もっと厳しい人ってイメージがあった。
だけど、こうやって俺の事を生かすのを考えた上で行動しているんだ。……あ、そう考えるとより良く思えてしまうな。仕事もしっかりとこなして、俺の依頼もしっかりこなす。素直にカッコイイと思うよ。
「……まぁ、いいよ。それに気が付かずに倒せたって事だからね」
「はい、カッコよくて見蕩れていました」
「エルの期待に応えられて何よりだよ」
エルの好感度が大きく上がった。
そんな気がする。……まぁ、長い間、女性との接点が無かったから合っているかは分からない。だけど、少しは良い方向へ変わったとは思う。マップに映るエルの青色がより強くなったからね。
「後さ……これも伝えたかったんだ」
エルは俺の顔を見ていてくれている。
俺も今、知った事なんだけど……。
「剣術スキルと見習い剣士を手に入れたよ」
「……だから言ったじゃないですか。三日もあればシオン様なら取れる、と」
「うん、エルの言った通りだった」
エルに最初に伝えたかったんだ。
俺も出来るか分からなかった事だったから本当に褒めてもらいたかった。頑張ったんだよって、成し遂げたんだよって……甘やかしてくれるエルだから言いたかったんだ。
「これは他にも御褒美を渡さなければいけませんね」
「それは追々、考えておくよ」
「変な事でなければ大丈夫です」
お決まりのような言葉を告げてヘルムを外す。
そのままギュッと抱き締めてきてから額を合わせてきた。目の前にエルの綺麗な顔があって……すごくドキドキする。口を近付ければ柔らかそうな感触を味わえるくらいに近い。
今なら誰もいない……そんな誘惑に襲われる。
それを首を振って振り払ってエルを遠ざけた。少し残念そうな顔をしていたけど「帰る準備をしないといけないでしょ」と言ったら納得したように笑ってくれる。もしかしたらエルも……そんな淡い期待が胸を覆った。
俺はエルの顔を見て心の中で決めた。
これからもずっとエルの傍にいられるように強くなり続けよう。先が見えない未来だとしても幸せな生活を送るために頑張るしかないんだ。他の甘える事しか出来ない人達にならないように。
そんな決意を元に職業を見習い剣士に変えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます