21話

 最初は驚いて体を強ばらせてしまった。だが、また走り始める。兎にも角にも数を減らさないと意味が無いからな。……でも、俺のその行動は悪手だった。


 ゴブリン達が一斉に向かってきたのだ。

 気配は消している、兵士よりは目の前の魔物達は弱いはずだ。となると、コイツらはどこへ向かっているのか簡単に予想がつく。……あの目からしてエルの元へ走っているんだ。鎧だけを纏った武器を持たない美女を襲うために全速力で向かっている。


 すれ違いざまに一体の首めがけ剣を振った。

 ヒット……大きな傷をつける事が出来た。でも、一発で殺しきれはしなかったようだ。出血が酷くなるだけでまだまだ生き続けるだろう。殺しきれなかったのはまだいい。……今回の最大の失敗はゴブリンの習性を知らなかったことだ。


 まさか、そのまま気にせずに走るとはな。

 俺も全速力で走れば間に合いはするだろう。だけど、間に合ったからといって全員の足を止められる何かを俺は持ち合わせていない。エルは……迫っているのが分かっているのに何もする気配が無いな。


 本当に俺任せにするつもりだ。

 もしかしたら……いや、そうなると最悪だな。今は横をすり抜けて行ったゴブリン達を追わないといけない。……今の状況で気配遮断を使ったままでいるのは良くなさそうだ。少しでもゴブリンの気を俺に引き付けないといけない。


 思いっ切り走って背後からゴブリンを貫いた。

 何とか首に傷を負わせたゴブリンを仕留める事はできたが、全員の足を止めさせる事はできない。一瞬だけ俺の方を見たが関係が無いと言わんばかりに背を向けて走り始めてしまった。仲間が殺されたのに気にしないとか、本当に仲間意識が無いんだな。


 関係無いか、エルを守るために戦わないと。

 ゴブリンのナイフを奪って一番、遠いゴブリン目掛けて投げ付ける。当たったかは確認していられない。すぐに殺したゴブリンを近くにいるゴブリンへと投げて、その方向へ走る。安全策とは言えないけど少しの時間も惜しい。


 チラとナイフを投げた方向を確認して前を向く。

 全部が分かったわけではないがナイフが刺さったゴブリンが、こちらへ向かってきていた。エルの方から俺へ変わってきたという事は俺に対する脅威度が一気に上がったか。


 それなら俺が相手すべきは前にいる三体。

 このまま走り続けてゴブリン目掛けて剣の矛先を向ける。切る暇があるのなら刺し殺して目の前のゴブリンのナイフを奪い取る方が時間を無駄にしなくていいはずだ。一瞬の判断だから確実に、正しいと言える選択かは分からない。


 だが、今はできる事をするしかないんだ。

 何かに刺さった感触を覚えてから柄を思いっ切り回転させる。手へと暖かい液体がかかった。すごく嫌な感触だが気にしてもいられない。すぐに目の前にあるゴブリンの死体を回収しておく。


 目の前にもう一体のゴブリンが出た。

 つまるところ、今の感触は俺が投げたゴブリンを突き刺したものだったらしい。まぁ、幸運な事に投げ付けたゴブリンも胸を貫いて殺せていたから大きな問題は無し。もう一体からナイフを奪い取ってすぐに奥にいる方へと投げつけた。


 ようやくだ、これで三体全てが俺に気付いた。

 こうなるのなら元から気配遮断を使わないで戦いに行った方が楽だったな。……それもこれも含めて一つの試練みたいなものか。初めての戦いで分からないのは当然の事、それをこうやって超えたのだから寧ろ誇っていいはずだ。


 それにこれで少しだけ時間が取れた。

 後ろにいるだろうゴブリン以外は俺に気が付いただけで、もしかしたら方向を変えずにエルへと向かう必要がある。こんな時に思い付きで動くのはどうかと思うが……結構、自信があるからな。多少は時間を無駄にしても大丈夫なら試させてもらおう。


 ローブを使って分かった事が一つだけある。

 それは気配遮断を使うには体の中にある何かの上に、膜のようなものをかけるイメージが必要な事だ。使おうとする度に似たイメージが勝手に体の中に流れ込んでくるから感覚として覚えてしまった。


 となると、逆をすればいいんじゃないのか。

 体の中にある何かを隠さずに放出すれば敵の目を引く事が出来るかもしれない。そこに大声を組み合わせれば尚の事だ。体の中にある何か、そして膜の元となるものが魔力ならば声に魔力を通す事も出来るかもしれない。


 考えている暇が無い……なら、やってみよう。

 ダメで元々、リスクに比べてリターンがかなり大きいんだ。それに俺の想像通りに事が運ぶのなら俺のこれからにも関わるからな。やれる事が増えるって事は立ち回り方も増える事に繋がるし。


 大きく息を吸い込んでイメージ通りに吐き出す。


「こっちを向けッ!」


 目の前のゴブリン達の体が明らかに震えた。

 それと同時に恐れを抱くような表情を浮かべて間髪入れずに俺へと向かってくる。つまり、俺のしたかった事は成功したのだろう。前の二体はまだ距離が空いているからな。今のうちに背後を確認する。


 怯えていたが目が会った瞬間に向かってきた。

 都合がいい、このままだと背後を突かれて挟撃されてしまうからな。残り十数秒のうちに前の敵を倒すか、もしくは……ああ、絶対に後者の方がいい。十数秒のうちに倒せるだけの力があるなら前者でいいが無いなら……。


 背後にいたゴブリンの方へと走り出す。

 無理に戦う必要は無い。倒すというよりは敵がしてきそうな事を先に予測して躱すだけ。大丈夫、動きの遅さからして見た後での回避は難しくないはず。走ったままでゴブリンの挙動を見るんだ。


 ゆっくりと……とはいかないが見れる。

 命がかかっているからこそ、得られる研ぎ澄まされていく感覚。今ならもしかしたらエルの攻撃も何とか出来るかもしれない。そんな圧倒的な自信を心の底から受け入れるんだ。


 ナイフの先が向かってくるのが分かる。

 漫画のようにゆっくりでは無いが少し体を傾ければ何とかはなるな。剣で斬る事ももしかしたら出来るかもしれない。だけど、そこまで求めたりはしないさ。確実にやれる事をしていくだけ、緊張感を持たないといけないんだ。


 一つの失敗が俺を殺す。

 エルからも嫌われてしまうかもしれない。……自分に負けて失うなんて絶対に味わいたくないからな。日本にいた時のような最悪な人生を味わわないためにも何も失敗しない。


 敵の後頭部を肘打ちをしてから距離を取る。

 剣を構え直して迫るゴブリン三体に向かう。使えるものは……アレくらいか。でも、確実に敵の隙を作れるような道具だろう。最初に倒したゴブリンを取り出して目の前の敵に投げ付ける。


 一瞬だけ見えたが三体全てが突撃してきていた。

 ナイフを構えて走ってくるだけで他に何かしらの策があるようには見えない。仮に刺すためだけに構えて走ってきているのなら……目の前に壁のようなものが出てきたらどうする。


 やっぱり……ゴブリン達の足が止まった。

 見た感じ前にいた二体のゴブリンのナイフが死体に刺さってしまったらしい。これは絶好の好機としか言えないよな。だって、三体中二体の得物がなくなったんだ。アイツらの素手での一撃なら即死はしないだろう。


 やるのなら今……走れ、抜き切る前に詰めろ。

 詰めた……この時にどういう剣の振り方をすればいい。縦で確実に一体を殺すか、もしくはより距離を詰めて二体を殺しに行くか……エルならどうするかって考えたら、これも後者か。どちらにせよ、殺しきれなければ地獄になるだけだ。


 ああ……そうか、ここでも使えるのか。

 体の中にある何かを剣に纏わせるイメージ、仮にこれがエルのしていた戦い方なら……自信は七割ほどあるんだ。距離を詰めきらずにギリギリで横に振るだけ。


 重い、首を切断し切れないのか。

 いや……こんな時こそ、シオンの体の最大のネックとなっていた物を使え。多少はバランスを崩したとしても問題は無い。無駄に多い体重をかけて二体とも殺しきれ。


 吐き気がする……のを飲み込む。

 何とか地面に当たるまで剣を振り切れた。殺し切れたかどうかは分からない……が、それを確認する暇は無い。左手にかける力を強めて一気に右上へと戻す。もしも、未だにゴブリン達が生きていて近付いているのなら体に当たって勢いが止まってしまうだろう。


 その感触は……無い。しっかり構え直せた。

 なら、最後の一体に集中するだけ。距離は詰めてきているが変わらずに突撃してきている。しっかりとした構えを知らないらしい。……俺からしたら有難い限りだけどな。


「じゃあな」

「ギッ!?」


 気配遮断を使って近くのゴブリンを投げる。

 本当に回収能力があって助かったよ。きっと、これが無かったらもっと苦戦していた。ここまで楽に五体を倒せたのは俺が持っているチート能力のおかげだ。


 そのゴブリンに剣を突き刺して突撃する。

 知っているんだ、アイツらのナイフでは貫通して俺へ一撃を与えられない。何かが刺さった後、嫌な声が聞こえた。それと同時に剣を引き抜いて構え直す。


 次の敵が現れても大丈夫なように。






 だけど、それは無意味に終わった。




 アッサリと次の階層へと続く扉が重々しい音を奏でて開き始めた。

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