19話

「悪いね、こんなに早い時間から連れ出してしまって」

「いえ、これも仕事の一つですから」


 エルに素っ気ない返事をされてしまった。

 言わなくてもいいかもしれないが俺のワガママで連れてきてしまった事には変わりない。一人で勝手に来るのも考えたけど昨日の今日で問題行動を起こすわけにはいかないからな。


「だが、本来ならリリーと一緒に私やアンジェリカ達に戦闘訓練をしなければいけなかっただろ。それに反してしまう願いをしたんだ。せめて、気持ちは受け取ってくれ」

「本来ならば、ですよ。ですが、今のシオン様はアンジェリカ達と同じ戦闘訓練では割に合わないでしょう。私からすれば今回の依頼は願ったり叶ったりです」


 そう言って笑い声を聞かせてくれた。

 未だに人の目があるからか、鎧などは外してはくれない。昨日の夜とかは普通に鎧を脱いでいたから着る必要が無くなれば、またあの綺麗な顔を見せてくれるだろう。とはいえ、マリアはあまり良い顔はしなかったけどな。


「ああ、今回に関しては主に私が実践を積みたくて頼んだからね。剣の打ち合いよりも得るものは多いと思うよ」

「自分よりも格上に挑んだシオン様です。ダンジョンにいる魔物程度であれば億さずに、簡単に倒せると思いますよ」

「最悪はエルに助けて貰うから臆する心配はしなくていい。どうせ、失敗するのなら当たって砕けて見せるさ」


 半殺し程度で済むのなら許容できるかな。

 エルの強さは別格と言ってもいい。だから、俺は安心して本気で魔物にぶつかりに行くだけだ。メインで使うのはシンから渡された片手剣だが、もしも決め手にかけるのならシールドを出して撃ち抜けばいい。


「まずは慣らすために一階層から戦っていく。少し時間はかかるけど問題は無いかな」

「はい、今のシオン様なら前程ゆっくりと進まなくても良いですからね。それに前回より取れる時間も多いですので、気にしなくても大丈夫ですよ」


 ぶっちゃけ、剣は素振りした程度だ。

 ゴブリンでさえも倒しきれるか分からないが何とかはなるだろう。それにゴブリンも一匹で五百円の収益になるからな。たかが五百円、されど五百円だ。シンに見捨てられた時にアンジェリカとアンナを雇えるよう金だけは稼いでおかないと。


「では、行こう。着いてきてくれ」

「お任せ下さい」


 最短距離兼魔物を多く狩れる道を通ろう。

 それに関してはマップがあるから難しくない。索敵も人並外れた気配遮断能力がある存在でも無ければ何とかはなるはずだ。まぁ、昨日もマップを見ていたのにエルの尾行に気が付かなかったからな。百パーセントの信頼は置けない。


 とはいえ、エルの能力が人並外れているだけだ。

 普通はマップに映らずにいられる存在の方が間違いなく少ないだろう。それにマップを欺ける事ができるエルは既に俺の仲間だ。後ろから襲われる心配とかもしなくていい。


 一階層に入ってすぐに決めていた道へ進む。

 ルート取りは移動時間で決めたからな。マップを使えば線で進む道を記せるし自分から逸れなければ迷わないだろう。近くにゴブリンが二体いるから歩いたまま剣を抜いておく。


「ギギィーー」

「じゃあな」


 出て早々で申し訳ないが距離を詰めて剣を振る。

 下からの振りだし力任せで問題点が山ほどな一撃ではあったが首は飛ばせた。間髪入れずに右足で踏ん張って勢いのまま残り一体へ、剣を振り下ろす。大丈夫、地面にぶつかる前に剣を止める事ができた。


 ……やはり魔物に対しては何の抵抗も無いな。

 明らかに人間では無い、獣のような存在だから俺も後悔しないのかもしれない。ふむ、エルには悪いが殺しに慣れるためにはできる限り多くの魔物を狩る必要があるな。


「お早いですね」

「エルやリリーに比べれば一手分、遅い。次は二体ごと斬り裂いてみせるさ」

「ふふ、楽しみにさせていただきます」


 さながら気分はダンジョンデートだ。

 エルの顔がものすごく可愛いと分かった時点で小さな憂いも無くなった。こういう馬鹿みたいな考えをして楽しまないと辛い事も楽しめない。デブの俺からすれば運動なんて強くなったり、痩せるためであっても面倒で嫌いだからな。


 すぐに近くにいたゴブリンの元へ向かい倒す。

 三体だったせいでまた二手かかってしまった。三体全てが近ければ一発で倒しきれたんだけどな。やはり、離れていても一振だけで倒し切れるエルやリリーに近づくには死ぬほど時間がかかるだろう。


 最短距離上の近くにはもう魔物はいない。

 そのまま下へと降りて先に決めていた道へ進む。ここからはゴブリンとウルフが出るようになるからな。ウルフはゴブリンよりも俊敏で強いからより気が抜けなくなる。とはいえ、エルがいるから死ぬ事はないはずだ。


 丁度、通路上に魔物がいるから戦うか。

 ゴブリンの生体反応が消えたあたりウルフが倒し切ったんだろう。……それなりに傷を負っていれば簡単に倒せるな。後、ウルフが倒したゴブリンの素材も手に入るから楽でいい。


 ゴブリンの肉を頬ばろうとしているな。

 足音とかを出さなければバレずに済むかもしれない。一応、ローブの力を使って気配を消して近づいてみる。マップ上ではエルの反応も消えているから察してくれたんだろう。心の中で感謝してから一気に詰めて一体の首を狩る。


 残り四体、でも、俺の位置はバレていない。

 すぐに近くにいたウルフ二体の首を一気に持っていって気配遮断を解く。こう見えて考えて三体を倒したからな。残り二体は若干ではあるけど傷を負った個体だ。威嚇こそすれど逃げようとする素振りを見せている。


 まぁ、逃がす気なんてサラサラ無いが。

 二体で三千円分、今日の収益は未だに七千円だからな。俺の懐事情も兼ねてサッサと倒してしまおう。出来るか……ふん、良くも悪くもウルフは俺が殺した兵士よりは圧倒的に弱い。


 距離を詰めてきたが一体ずつだ。

 各個撃破ができる状況だし、魔物だからか連携もしてこないだろう。前にいるウルフの爪を剣で受け止めてから思いっ切り顔面をぶん殴る。倒れたのを確認してからすぐにウルフを持ち上げて、もう一体の一撃をガードした。


 毛皮が汚れてしまうが仕方ないだろう。

 それとこれではもしかしたら倒した際の経験値が残り一体のウルフに回るかもな。殺した奴に経験値が回る仕様なら致し方ないだろう。多分だがウルフのレベルが上がれば同じ行動を取るだろうからね。使えるものは今のうち使ってみないと。


 それに本番で上手く動けなければ意味が無い。

 本当に死ぬかもしれない時に考えた通りの動きができれば助かるんだ。今のうちに試せることは幾らでも試すさ。千五百円、高い出費ではあるが勉強量だと思えば一気に安く感じられる。


 その勢いのままで五階層まで想定通りに進めた。

 四階層ともなれば少しだけウルフが手強く感じられたが、気配遮断を使えば問題は無い。ゴブリンに関しては階層が変わっても強くなった実感が得られなかった。だが、とりあえず予定通り五階層までは自分の力だけで進められると分かったな。


 問題は、この先の敵を倒せるか、だ。

 ヒントは何も貰っていない。あるとすればボスがいるって程度だ。強さによっては未だに封印したままのシールドを解禁するかもな。……と、その前に……。


「エル、少し話をしてもいいかな」

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