18話

「思ったよりも元気そうだね」

「ええ、ただ疲れが出ただけですから」


 笑顔で話しかけてきたシン。

 見た感じ怒っているようには見えないが……相手は貴族だ。見た目では分からないように隠している可能性もある。まぁ、息子相手にそういう事をする意味があるのかは分からないけどな。


「それにしても驚いたよ。まさか、シオンが人助けをするなんてね」

「……単純に後味が悪かっただけですよ。気分が乗らなければ恐らく助けていませんでした」

「本当かねぇ……まぁ、どちらでもいいさ」


 笑いながらも訝しんでいるみたいだ。

 疑っても構わないが別に事実である事に変わりない。もしも、また同じ状況になったら助けていたかと聞かれると、すぐにハイとは言えないからな。命をかけて戦うのもそうだが終わった後の心労とかも考えると割に合わなさ過ぎる。


「さてと、説明を頼めるかな。エルから簡単な説明はされたが詳しい事は何も知らないからね。まずもって何故に家から勝手に出たのか、とか」


 おおっと、この目だよ。

 人を見定めるような目、それをされてしまうと本当に恐ろしくなってしまう。……まぁ、そうされても仕方ない事をしているわけだしな。しっかりとした理由が無いと怒られるのは間違いないだろう。


「外を見たかったからです。本などの欲しかったものを買いたかった理由もありますし、本来であれば購入してすぐに家に戻るつもりでした」

「……それならば先に言えばいいものを」

「言ってしまうとマリア姉様が抜け出してしまう可能性があると考えたからです。マリア姉様は姉様で用事があるようでしたし迷惑を被る人が多いと考えたので無断で出ました」


 ついさっき思いついた言い訳だけどな。

 ただ、理には適っているはずだ。習い事のようにマナーの勉強などがある事はエルから聞いていたし、短時間であれどマリアの性質上、聞いてしまえば勝手に着いてきていただろう。だからこそ、シンもすぐには否定できてない。


「確かにそうしていそうだ。……まぁ、シオンが面倒事を作りに街へ出たわけではない事が分かって安心したよ」

「そんな事をする人なんていませんよ。あの馬鹿貴族と戦ったのも目に余る行動を取っており、尚且つ私への敵対意識だけに留まらず殺しに来たからです」

「バール子爵親子は元から目に余る行動が多かったからね。私に対して上納金はしっかりと払っていたから目は瞑っていたが……シオンにまで手を出すようならもう難しいだろう」


 つまり……前までは目を瞑っていた、と。

 貴族だからこそ、良い面でも悪い面でも繋がりがあるとは分かっていたが少しだけ残念だな。聡明なシンならば金ではなく人として動いていると思っていた。


「今度からはそのような輩は容赦せずに排除しましょう」

「……シオンらしくない言葉だな。この判断もシオンが使える金を増やすために、と容認していたはずなのだが」


 本当にシオンって存在はカス野郎だったんだな。

 そもそも、元のシオンが同じ事を許していなければ俺が苦しむ理由も無かった。はぁ、マジでシオンは死んで当然な存在だったみたいだ。シンやマリアが何と言おうと確実にそう言える。


「名家であるルール家の名をこれ以上、下げたくないからです。それに金なら稼ごうと思えばルール家の全員が自力で稼げますよね。恐らく前の私は戦う事すら出来なかったから甘えて許すように言ったのでしょう」

「元からルール家の名など落ちているさ。所詮は腕っ節ばかりの馬鹿しかおらぬ、とね」

「ははは、そんな事を言う人がいるのですね。だとすると、その人達は本当に見る目が無い。程度の差はあれどルール家の全員が戦闘面でも人としてもしっかりとしているというのに」


 ちょっとだけ驚いているみたいだ。

 十中八九、何を材料に短期間で判断しているのかが分からないからかな。もしくは俺の想像していない事で驚いているのか。……相手がシンだからこそ、余計によく分からない。


「リールに対しても同じ事が言えるのかい」

「少し腹が立つ存在ではありますが、あの人はあの人なりに考えて動いていますよ。何も知らずに人の悪口を言う馬鹿とは違います」


 何だ、その程度の事で驚いているのか。

 別に俺目線の話で言えば本気でリールを馬鹿だとは思ってはいない。家の事を考えて動く姿に関しては共感できるし追い出そうとする気持ちも分かる。問題なのは行動の後に起こるであろう結果の予想ができないところだ。それを踏まえたら馬鹿だとは言えない。


「はっはっは、よく分かっているじゃないか。私も同じ事を考えているよ。あの子は少しばかりルフレよりも知能では劣るが馬鹿では無い。少なくとも人を下げる事しか脳の無い馬鹿共に比べればな」


 若干、怒っているような顔をしているな。

 まぁ、シンからしたらリールも俺も同等に大切な息子の一人なんだろう。親の気持ちというのは俺には分からないな。……だが、息子として親が馬鹿にされる気持ちはよく分かる。親に限らずとも兄の事を馬鹿にされたら本気で殴りたくなるだろうな。


「っと、今は関係の無い話か。他に話したい事は多くあるんだ。時間のある時に同じ話をしようじゃないか」

「そうですね、私としても聞きたい事がありますから今度、その話をしましょう」

「ああ、その時を楽しみにさせてもらうよ」


 フッと笑みを浮かべて髪を軽く掻いた。

 個人的に貴族としての話は興味があるから聞いておいて損は無いだろう。ま、聞いたところで俺自身が貴族として動く気は無いけど。今の話を聞いて余計に胃にダメージを負う仕事だと分かったからな。好んでするわけが無い。


「それで何を聞きたいのかな」

「まずは子爵の処遇についてです」

「ああ、バール子爵についてか」


 ふーん、あの馬鹿貴族はバール子爵というのか。

 興味が無かったから「私が誰だか」とか言っている時に聞かなかったけど、名前だけ聞けば犯罪とかでよく使われる工具みたいな名前だな。子爵という立場だから、それなりには名家なんだろうけど。


「バール家に対しては王家の血を引くシオンへの敵対として領地を没収、加えてバール家の長男であり主犯者であるオットは斬首とする予定ではいるな」

「斬首、なるほど」

「不服かな」


 不服か、と聞かれれば特には。

 だって、被害を受けたのはどちらかと言うと俺よりもアンナだし。俺からすれば降り掛かる火の粉を消し去ったに過ぎない。だからといって無罪放免となれば俺としても文句は言っていただろう。


 だから、首を横に振っておいた。

 シンも少し悩んだ素振りを見せたけど裏が無いと分かったからか、笑顔を浮かべてみせる。とりあえずバール子爵、もとい馬鹿貴族への処遇は決まったからこれはどうでもいいか。となると、次に話す事が本題かな。


「後もう一つ、質問があります。被害者である親子二人に関してなのですが私の召使いとして雇いたいと考えているんです。それでルール家として養っていただく事は可能ですか」

「おっと……それは急なお願いだね」


 少し驚いた顔をして見せた。

 だけど、すぐに笑顔へ表情を変えて見せる。


「結論から言うと別に構わないよ。何か理由があって雇いたいのだろうからね。それにシオンも扱いやすい召使いがいて困る事は無いだろう」

「……了承、感謝します。それに伴って二人へ教育と戦闘指導を施して貰いたいのですが、そこに関しても可能ですか」

「構わないよ。戦闘指導は……シオンと一緒の時間にリリーを派遣させれば大丈夫かな。教育はメイド長に頼んで半月で全てを覚えてもらおうか」


 半月で覚えろとか……さすがは貴族の家だ。

 俺なら確実にできないな。ただ、あそこまで覚悟を持って仕えると言ったんだ。アンジェリカなら何とか覚えきってくれるだろう。それに一緒に戦闘指導を受けるという点でも悪くは無い。最悪は俺の力でドーピングしてあげればいいから身近にいれると都合が良いからな。


「ワガママを聞いて頂き、ありがとうございます」

「いや、どちらにせよ、学園に行く時には付き添いとなる召使いは必要だったからね。探さなくて良くなった分だけ都合が良かったんだ」

「それでも、です」


 して貰えたなら感謝をするのは当然の事だ。

 昔のシオンが最悪な人だった分だけ、せめて最悪ではなくクズ程度で済む人間にならないとな。そういう当たり前の事をするのも最悪な人にならないための手段の一つ、自己満足でしかない。


 シンに軽く頭を下げて部屋を出た。

 その後はアンジェリカとアンナの事が書かれた紙を貰って、簡単な説明だけした。そのまま一緒に食事を取ってマリアに誘われるように部屋に戻って眠りについた。

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