13話

 そこから一面に広がるのは本の山だった。

 幾つもある棚に入れられた本もあれば、乱雑に積み上げられただけの本すらある。一見してボロボロで価値なんて無さそうにも見えるが……まぁ、見てみないと分からないか。


 そもそも何を買いたいとかも無いしな。

 時間を潰したり、後はこの世界について知れるかもしれないから本を買いに来たわけだし。それによくライトノベルとかで聞く魔導書みたいなのとかがあるかもしれないからね。まぁ、例え売っていたとしても買う気なんて無いけど。


 うーん、店員らしき人が見当たらないな。

 奥に見えるカウンターらしき場所には人すらいないんだよね。ってか、俺以外の客すら見えない。それくらい繁盛していない場所なのか、評価点だけで言えば最高クラスなのに意味が分からない。


 とりあえず棚から一つの本を取ってみる。

 タイトルからして……俺が求めているものでは無さそうだ。軽く中身を読んでみたけど少女漫画みたいな内容だった。虐げられている貴族の女の子が王子様に見初められる的なストーリー。これで一万五千円もするようだから何とも言えない。


 すぐに戻して他の本を手に取ってみる。

 うーん、ラブコメのような作品ばっかりだったからこの棚には欲しいものが無いのかもしれない。他の棚も見て欲しい内容が書かれていそうな本を集めてみようか。……えーと、ここら辺は地理とかが書かれていそうな本っぽいな。


 地理だけで二冊、後は魔物や魔族の本を持った。

 俺が好きだった戦闘がメインの作品は少なかったから買うのはやめておく。ゼロでは無かったけど勇者の物語とか童話に近い話は別に興味が無いしな。そういうのは日本にいた時に読めるだけ読んだ。


 それで買いたくてカウンターまで来たが……。

 店員らしき人が来ないんだよなぁ。まさか、盗んでいけなんて言っているわけないよね。うーん、別段と呼び鈴があるとかでも無いし……どうしよう。大声で叫ぶのも個人的に心地悪いから少し待ってみるか。


 四冊の本を置いて近くの椅子に座ろうとする。

 その途端に奥から一人のお婆さんが現れた。しわくちゃで優しそうな欠片が見当たらない恐ろしい見た目の女性、目付きが鋭いのも相まって一瞬だけ背筋が凍った気がする。


「ふん、見慣れない客だね」

「すみません、本が好きで興味から来てしまいました」


 なんという言いざまだ。

 すっごく気分が悪い。帰ってやりたい気持ちもある。だけど、それ以上にやり返してやりたくなるな。ムカつくお婆さん、いや、ババアの顔を違う意味で歪ませてやりたい。……っと、悪い癖が出かけたな。今は我慢だ。


「気配さえ探らせないままで来られたって対応なんて出来ないよ」

「人の目が好きじゃないんです」

「アンタはそうかもしれないけど気味が悪くて仕方が無いね」


 なるほど、ローブの効き目があったのか。

 自分では分からないからな。外を歩いていても特に目立たなかったから効果はありそうだったけどさ。それでも絡まないようにしていたとか、忙しくて気にもしていなかったからとか、そういう可能性もあったからな。


「ええ、そうかもしれませんね。ですが、こうしなくてはいけない理由があるんですよ。この本を売って貰えれば帰りますので早く会計を済ませていただけませんか」


 一応、下から言ってみたが鼻を鳴らされた。

 本当にいけ好かない人だな。評価点が高い理由がよく分からない。やはり人目などを気にせずに他の本屋へ行くべきだったか。だが、今更、他の場所へ行くのも面倒だし仕方が無い。


「面倒だし、この四点で三万でいい」

「三万……いいんですか」

「どうせ、わざわざ本だけを買いに来る奴なんて少ないからね。それに本だって読まれなきゃ意味が無い」


 ここまで来て憎まれ口を叩いてくるのか。

 でも、本心で言うと有り難い。本来なら四冊で六万円はしていただろう。それを半額で売るとは正気とは思えないな。……いや、日本だったら一冊七千五百円でも十分に高いけど。どんな歴史書を買うんだよ、ってくらいには高いよな。


 ただ、この世界ではそうも言っていられない。

 適当に必要そうなものを漁っていた時に見た値段と老婆が提示してきた値段は変わりないし。それだけ転生した世界では紙や本の価値は高いって事だ。マスメディアとかが無いからこそ、情報を得る手段は本くらいだし。


 銀貨三枚を台の上に置いて本を取る。

 これで少しは暇潰しになるかな。寝る前とかに若干だけど暇な時間があるし。もしくは早く起きてしまった時とかにでも読めばいい。ワンチャン、他の人に頼むのもアリだったな。……いやいや、本当の家族でも無い人にこれ以上の頼み事はしたくない。


 それに行動しなければ何も変わらない。

 最悪な生活の中で強く理解させられたはずだ。遊び呆けて、生きる事を諦め……そんな未来は俺には必要ない。折角のチャンスなんだ。最後の最後まで楽しんで生き続けないとな。


「アンタ、名前は」


 身を翻そうとした時に老婆に聞かれた。

 何と返すのが正解か、そのままシオンと答えてしまっても問題は無いだろうが……やはり、少しは捻った方がいいよな。


「……リオン」

「ふん、気が向いたら覚えておくよ」


 そんな返答をするのなら聞くなよ。

 そう返したくなったがグッと堪えて軽くお辞儀だけして店から出た。形式上だけでも名前を聞いておくべきだったな。……まぁ、そんな事は次に来る機会があれば聞けばいい。


 外に出てすぐ、本をしまっておく。

 この後は……適当に歩き回るか。マップで見ただけで詳しい事は分からないし。となると……金ならあるから食べ歩きでもしようか。貴族の食事は屋敷で食べたし一般の食事も見ておきたい。ハンバーガーとかがあればすごく嬉しいんだけどな。


 噴水の周りに来てみたが……まぁ、無いか。

 時間も時間だからか、出店が増えてきているけど置いてあるのは肉類ばかり。焼きそばだとか粉物系だったりとか、そういう物すら一切、見かけない。ただ……小腹は空いているから幾つか買ってみようか。


 ふむ……買ってなんだけど買い過ぎたな。

 食べきれないわけでは無いけど、普通の人からすれば多過ぎる。それもこれも買った串焼きやケバブみたいな肉の塊が安いのが悪い。串焼きは一本で十円くらいだし、ケバブだって一つで百円程度だ。アイツら……商売上手じゃないか。


 まぁ、余ればしまって暇な時に食えばいい。

 異次元流通の中ならタッパーとかも売ってあるから、最悪はそこに入れてから回収すれば問題は無いだろう。って事で早速、食べようか。やっぱり……食べるなら噴水近くのベンチで、かな。子供達がいるけど……気にしなければ大丈夫だろう。

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