10話

「……なるほど、彼女の能力を測った上での発言か。それなら納得だな」


 おっと、そこで何も聞き返してこないのか。

 となると、俺が知らないだけでエルは本当に強いのかもしれない。確かに一人で俺を運んできたとか、起きるまで俺の近くにいたりとか、察せられる要素は幾らでもあった。別に驚く程では無いだろう。


「シオン、お前のその人を見る目は衰えさせずに養っておきなさい。半日程度でそこまで人を見抜ける奴は間違いなく公爵家の人間だ。ますます残しておいて正解だったと思えてきたよ」

「お褒めに預かり光栄です」


 ……とは言ったが、おいおい、そこまでか。

 さすがに強い人なんだろうとは思ったよ。ただシンが絶賛する程だとは思っても見なかった。エル次第ではあるけど……今のうちに自分の騎士に出来ないか画策してみようか。暗殺者の話もあるから手は打っても良さそうだな。


「それなら分かった。リリーには私から伝えておくからエルと共に玄関で待っていなさい。そのうちリリーも来るはずだ」


 そう言ってシンは部屋を後にした。

 俺も最後に会釈だけして部屋に戻る。慌ただしく廊下を歩くメイド達が忙しいだろうに、一々と止まって頭を下げてくるのを見るともうしわけなさすらかんじてしまう。例え仕事とは言え、俺なら精神が持たずに辞めていただろうからな。


 運良くと言うべきか、俺の部屋にエルがいた。

 今朝と変わらずに甲冑を着たままで本を読んでいたらしい。扉を開けた時には既に立ち上がって頭を下げていたけどテーブルには栞の挟まった本があった。


 ただ……本当にエルって得体がしれないな。

 マリアよりも早く起きたのに既にエルは起きていた。まぁ、これは別にいい。ただ話をした感じ俺が寝て一時間くらいはシオンの寝顔を眺めるマリアを見ていたらしいからな。寝る時間も少ないだろうし食事だって取っているのかも分からないから不思議だ。


 まぁ、気にしたら負けか。

 さっきの話をエルにしたら渋々といった感じで了承は得られたし、俺としても良かったって気持ちが強くなった。これで断られたらあの時のトラウマが甦ってしまうからな。いつも一緒に行動していた女の子と遊ぼうって誘って断られたら高校の時の思い出……ああ、すごく嫌な気分だ。


 とりあえず、エルへ先に行くよう指示を出す。

 不安げな顔を見せたけど動きやすい服を着るだけだし特に時間はかからない。出ていったのを見計らってさっさと重たいだけの服を投げ捨てた。皺になるとかは俺からすれば関係ない。こんな豪勢なだけの邪魔な物は大嫌いだ。


 革製品のような服装を着て鏡を見る。

 元の姿よりは若い分だけ可愛らしさはあるが、言ったら悪いけど醜いな。豚だと言われても何も言い返せない。それに……日本にいた時とは違って太っている今の姿が嫌だ。他の家族の姿を見たせいかもしれないけど明らかな美形なのに何もしていないのが……ちょっとね。


 まぁ、いい。要は意識の問題だ。

 日本にいた時は努力しても報われないから自堕落に生きていただけ。転生した後のシオンなら金もあるしチート能力もある。何をしても見えない未来に怯える必要性はないからな。最後に剣を取り出してベルトを腰に巻く。これで剣は何時でも使えるだろう。


 そのまま部屋から出て入口まで向かった。

 場所は昨日、エルと一緒に歩いて教えて貰ったから分かる。軽く歩いてみた感じ流石にジャージほど動きやすくは無いか。ただ、割と丈夫そうだから転んだりしても破けるとかは無さそうだ。


 でも、余裕が出来れば服を買うのは絶対だな。

 それだけ俺の身の回りにある服は動きづらいわ、着るのが大変だわで必要性を感じない。少しでも良い点を話すとすればボロボロの身なりではない事くらいか。後、こんな体に合う服の方が少ないだろうからそこも利点かな。


「済まない、着替えるのに時間がかかった」

「いえ、待ってなどいませんよ」


 優しい声、表情は読めないが笑っているのかな。

 ただ、そう言って貰えるとすごくありがたい。立場上とはいえ、エルが俺にそう言うという事は従者としての身分を弁えているからだ。俺をルール家の子息だと考えているから畏まっている。


「リリーは……さすがにまだか」

「はい、食事を終えてそこまで時間は経っていません。なので、未だにシン様の命も彼女に伝わっていない可能性もあります」

「ふむ、それならエルは優秀だな。既に食事も済ませて私よりも先にここに来たのだから」


 明らかにフッと笑った音が聞こえた。

 嘲笑が混ざったような笑いだ。それが俺に対してなのか、はたまた未だに来ていないリリーに対してなのかは分からない。すぐに誤魔化すように俺を見て少し距離を近付けてきた。多分、反応を伺っているんだろうな。


「遅れて申し訳ありません」


 エルを見つめていたら、そんな声が聞こえた。

 エルよりも低い声だ。チラリと声のする方を見ると一人の女性がいた。赤いポニーテールの髪と垂れた大きな目……声とは少しだけ合わないが見た感じマリアに負けないくらい綺麗だな。


「そんなに待っていないから気にしなくても良い」

「ですが、ルール家に仕える騎士として主の子息よりも後に来るなど許されるものではありません」

「シオン様は待っていないと仰いましたよ。言葉にして許しを乞うのは些か身勝手ではありませんか」


 片膝をついて頭を下げるリリー。

 そこに対して毅然とした態度で返したのは俺ではなくエルだった。少しだけリリーは表情を歪ませて見せたが俺の方を見て和らげる。きっと俺の反応次第でどう返すか変えるつもりなんだ。なるほど、確かにエルが渋った理由が分かったよ。


「済まないがエルの言った通りだ。『気にしなくても良い』という言葉の中に許しの意味も入っている。その後に同じく謝罪を受け入れるのは二度手間にしかならない」

「……そうでしたか。意図に気付けず、申し訳ありません」


 おー、すごく美しい笑顔だな。

 でも、言っては悪いがバイトにいた女子高生みたいで好きになれないな。形式上、笑って見せているだけにしか見えない。俺が見たいのはもっと幼い頃に見た友人達の笑顔だ。例えるのなら……マリアの笑顔から若干の禍々しさを抜いた感じかな。


「気にしなくて良い。それでリリー、私は記憶を無くしていてこれからする事も君の事も知らないんだ。簡単で良いから教えて貰えるかな」

「はい、分かりました」


 軽く会釈をして俺の目を見てくる。

 こんな顔をしていても内心では俺の事を小馬鹿にしているのだろうか。どうしても今のリリーは作り物にしか見えなくて嫌な事だけ考えてしまう。仕方なく付き合ってあげているだけ、本当はこんな豚と話すらしたくもない……そんな事を思っているのだろうか。


 目を合わせる事が出来なくて、つい逸らした。

 本当にエルがいてくれて良かったよ。予想通りマップで見たリリーのマップでの色は白い点、つまり俺に対して関心が無いんだ。話せて嬉しいですって言いそうな笑顔でこれだからな。……まだエルが青い点でいてくれている事だけが救いか。


「アルヴァス家の長女、リリー・アルヴァスと申します。ルール家が所有する白百合騎士団の団長をしており、シオン様のレベルを上げる手伝いをするべく参りました」

「ふむ、よろしく頼む。して、レベル上げとは具体的にはどのようにするつもりかな」

「シン様から頂いた命はダンジョンにてシオン様が戦えるようにレベルを上げる、といった旨でした。詳しくは馬車に乗りながら説明させて頂きます」


 急いでいる様子のリリーに連られ外へ出る。

 豪勢な扉の先には既に命令が行き届いているからなのか、家に見合うような馬車が一つだけあった。その横にいる従者の指示に従って先に馬車の中へと乗り込む。


 座ってみて思ったがすごく柔らかい。

 まぁ、アレだけの家を持っているんだ。こういうところで手を抜くわけが無い。馬車と言いながら引いている馬ではなくて二メートル程の恐竜のような何か……何と言うか、本当に場違い感が酷くなるな。


「気分はどうでしょうか」

「悪くは無い」

「それなら良かったです」


 ニッコリと笑って見せてきた。

 だが、内心では笑顔とは違う考えがある事は分かっている。だから、リリーから目を逸らしてエルを隣に座らせた。若干、リリーが笑顔を引き攣らせていたけど気にした事か。


 リリーの号令で馬車が走り出した。

 窓の外側が流れていく姿を見てからリリーの方を見た。目が合ったからか、笑顔を見せてきた。少し気分が悪くなったが小さく深呼吸をして声を出す。


「それでは説明を頼む」

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