9話
「はぁ?」
おっと、つい本音が出てしまった。
いやいや、でも、普通の事だよな。一緒に寝るだとか抱きついていいだとか最こ……家族だとしても軽率にしていい行いではないだろう。転生する前は兄貴がいただけだったから姉貴がいる家庭の話はよく知らないけど、それでも小学生の高学年にもなって一緒に寝るとは思えない。
「い、嫌だった……?」
「あ、いえいえ、嬉しいよ。でも、立場上、一緒に寝る事に抵抗があるだけ」
そんな可愛い顔と声で泣きそうにされても……。
だってさ、俺ですら俺がシオンなのかどうかも分からないのに一緒に寝ると言われても困るのは当然だろう。さっきも似たような話をしたのだけれど簡単に治ってはくれないかぁ。
「今の私は居候だと思って欲しい。そんな何処の馬の骨かも分からない居候と、大切なお嬢様を共に寝かせるわけにはいかないと考えるのが普通だよ」
「私は偽物のシオンだったとしても別に構わないよ。それに」
ちょっとだけ話すのを躊躇っているのか。
何度か俺の方を見て他を見てを繰り返してから俺の顔をジッと見つめてきた。その目は弟を見るものというよりはシンと同じような人を評価する時に近い。
「私が本物だと思っているシオンに余所余所しい態度を取りたくない。記憶が無いから分からないかもしれないけど私ってすごく自分勝手なのよ。大好きなシオンと距離を取って元の関係に戻れないくらいなら困らせてでも同じ事をして一緒にいるだけ」
「そっ、か」
……若干、葛藤があったんだろうな。
きっと本物のシオンかどうかで悩んだんだ。偽物であったとしても本心として俺を信じられるのかが分からない。だから、あの目を見せてきた。俺が信用に値する人間かを見極めるために何度も俺の目を見つめてきたんだ。
「別に姉だと思えないのならいつも近くにいてくれる存在でもいいよ。私はシオンを弟として、男の子として扱うから」
「男の子としてして扱うのなら余計に一緒にいるべきじゃないと思うけどね。……でも、マリア姉がそうしたいなら否定はしないよ」
どうせ、拒否しても意味は無いんだ。
それなら、どこまでついてこれるのか見てやればいい。元のシオンとのギャップを感じる中で俺をどこまで大切に思えるか。それを隣かは別として見守るだけだ。これで無理って言われたら……その時はその時か。
「それって結婚してくれるって事?」
「今は何も言わないでおくよ」
「……意地悪ね」
悪戯っぽく言われたから同じように返してみた。
結婚するかどうかは別として初日のコンタクトでマリアに悪印象は受けなかったし、こんなに可愛い子を自分のものに出来る可能性があるんだ。俺からしたら全否定する理由もないだろう。だって俺はシオンであってシオンじゃないからね。
「でも、嬉しかったわ。前のシオンは私と結婚したくないって言っていたから少しでも可能性があるって分かっただけで気持ちも和らいだから」
まぁ、本物のシオンからしたらマリアは姉だ。
結婚したくないって言って拒否しても何も変な事は無い。逆に俺が否定しなかった事の方がマリアにとっては驚きだっただろうし。マリアの好意を利用するようで良い気持ちはしないけど……きっと正しい選択だったはずだ。
「という事で、今日はもう寝たいかな。一緒に寝るのはちょっとやめておきたいけど、同じ部屋で寝る分には幾らでもいいよ」
「……それは我慢するわ」
「うん、マリア姉は可愛いからさ。やっぱり、男の子として変な気持ちになっちゃうんだ」
この話に関しては本心だからな。
それにこう言っておけばマリアだって嬉しいだろうし、一緒に寝れないって事だけで悲しそうにされる事も無いだろう。今だって頬を赤くしながら抱き着いてきたし、これで嬉しくないって感じる方が少ないはずだ。
「それじゃあ、歯磨きをしてあげるからちょっと待っていてね」
「いや、いいよ。それくらい出来るから」
危うく膝枕されそうになった。
何というか、抱きつく力を弱めてすぐ軽く頭に触れて体を倒させようとしたあたり慣れているな。こうやって本物のシオンも甘やかしていたんだろうか。やってもらうのも悪くは無いけど……中身は成人した男だ。さすがに恥ずかしくてエルの前ではしたくない。
マリアの拘束から外れてエルの近くに行く。
新しい布団と毛布を持ってくるようにお願いをしてから部屋に備え付けられた洗面所で歯を磨いた。ナイロン製の歯ブラシじゃなくて竹串のようなもので作られていたから驚いたけど、日本にあった歯ブラシと使い勝手は同じだったから特に困りはしない。
ただ一つ困った事があったのはマリアか。
一応、中から鍵をかけれたから事なきを得たが途中で何度も開けようとされたからな。洗面所の内装自体はホテルの一室に近いから仮にトイレをしている時に開けられたら……おおう、想像しただけで怖くなる。
鍵を開けたら抱き着いてきたから確信犯だろう。
少しだけ「大丈夫だった」とか「ちゃんと出来た」とか聞いてきて怖かったけど……まぁ、こういう事も気にしたら負けだ。抱き締め返して既に敷かれた布団に寝そべってサッサと寝る。最後まで俺の横で何かをしていたのが本当に怖かった。
◇◇◇
「今日からシオンにはレベル上げをしてもらう」
シンは微笑みながらそう言ってきた。
食事を終えてすぐに自分以外を外に出したかと思って構えていたが……あまり意味は無かったらしい。だが、ある意味でその配慮に感謝した。二人だからこそ、過保護気味なマリアを気にしなくて済む。
「レベル上げ、ですか」
「ああ、何事もレベルを上げなくては上手く事を進ませられないからな。昨日から素振りを始めているらしいがステータスが上がれば振れる回数も同様に増やせる」
つまり、この先のために今のうちにする、と。
この世界の事は未だに詳しくないからこれといって何も返せないが、個人的には悪くない提案だ。少なくとも一人で生きられる程には強くなろうとしている手前、手伝って貰える事なら幾らでもお願いしたい。
「それに恐れることも無い。リリーに護衛を頼むのに加えて、幾つかの装備も渡すからな。戦わずともレベルは上げられるだろうし、仮に攻撃を受けても並大抵の一撃なら死ぬ事も無い」
サラッととんでもない事を言ってくるな。
リリーの護衛はよく分からないが、幾つかの装備と説明からして普通ではない事は間違いない。というか、戦わなくてもいいと言っている時点で俺が想像している事は起こらないだろう。……言うなればレベリングという名の姫プレイをしてくれるって所か。
「心配はしていませんよ。ただ一つだけ条件をつけても宜していでしょうか」
「ふむ、構わないぞ。聞くまでも無い」
うん、そう返されても困るね。
信用してくれるのは有難いけど何も言わずに二つ返事は気分的にもよろしくない。しっかりと説明をした上で許可を貰えた方がコチラとしても気兼ねなく動けるし。
「それでも、です」
「……私としては聞かなくとも許可を出せる内容だと思ったから返したのだけどな」
「記憶の無い私に信頼感を抱くのは嬉しい限りですが、シン父様の価値観と私の価値観は違う可能性があるのです。だからこそ、例え聞くまでもなくとも判断はして欲しいです」
機嫌が悪くなった……とかは無さそうだ。
逆に嬉しそうにしている当たりシンの求めている回答に近かったのか。よく分からないな、俺が二度手間を求める事がシンからすれば嬉しい事なのか。それとも貴族として配慮を求める事が気品云々と繋がる……とかは有りそうだ。
「リリーと呼ばれる人の強さが分からない手前、エルも共に連れて行かせて頂けると助かります」
「……なるほど、記憶が無い故にか。確かにリリーと呼ばれても分からぬよな。だが、なぜにそこでエルの名前が出てくる」
遠回しだがエルじゃなくてもいいよなって事か。
うーん、転生したのが昨日だから知っている人で強い人ってエルしかいないんだよな。まさか、信用してくれているかも分からないリールやルフレに助けは求められないし、マリアだって強いかも分からない。シンは当主だから言わずもがなだ。
そこら辺を加味するとエルしかいない。
ただ、馬鹿正直に言える程、俺の心臓も強くは無いからね。課題な評価になるかもしれないけど適当に付け加えておいた方がいい。そういうアドリブ力は就職活動で嫌という程に付いた。
「エルがそれだけ強いからですよ。今はどうかは分かりませんが、将来、間違い無く王国一の騎士と呼ばれる程の才能を持ち合わせています」
沈黙が痛い、だが、何かを繋げようとはしない。
これが今出せる俺の本音だ。そこに対してシンはどう返してくるのか、知りたいのはそこに関しての話だからな。蛇足を付ける気は無い。ただシンの目を見詰め続けた。
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