8話

 部屋に入ってすぐに寝間着へ着替えた。

 例え家族の前とはいえ、動きにくい服装は気持ちが悪くて嫌だな。この解放される感じは好きだけど、また着たいとは口が裂けても言えない。特に今の体は太いから軽く締めたつもりでも座った時に死にそうなくらいの痛みを覚えてしまう。


 とりあえずベッドに座ってステータスを開く。

 数値に変化は無い。多少、体を動かしただけでは上がってはくれないみたいだ。まぁ、地球でも少し走ったからと言って足が速くなるわけでもないからな。当たり前と言えば当たり前の話か。


 って、そんな事はどうでも良くて……。

 おし、異次元流通の画面を開けたからインターネットショッピングと洒落こもうか。マリアの前では恐らく弄る事は出来ないだろうし。今のうちに使えそうなものだけ見ておこう。買うかどうかは商品の必要性次第ってところかな。


 ……ふむ、眺めてみたけどこんなものかな。

 何と言うか、欲しいものは多くあっても必要なものって考え方をすると一気に買いたいものが減ってしまう。もちろん、このお金だって出世したら返すつもりだから無駄遣いが出来ないっていうのもある。ただ、それ以上に今すぐに必要かって考えさせられるものばかりなんだよなぁ。


 まぁ、いいか。別に急ぐ意味も無い。

 そもそもの話、異次元流通の中に倉庫がある時点で物の持ち運びとかは気にしなくていいし、武器関連もシンに言えば買わずとも貰えるだろう。そこら辺を加味すると下手に道具を買えば無駄になる可能性すらある。シンが与えられない物を買うのなら話は別だけどな。


 例えば今、悩んでいるので言えば拳銃。

 単純な火力だけなら俺が剣を振り回すよりも高いし、わざわざ危険な近距離に拘る必要性すらも無くしてくれるからな。剣を振らないのかと聞かれれば答えはノーだが選択肢が一つから二つに増えるだけでもいざという時に楽になるだろう。


 ただどうして持っているのかって突っつかれたら面倒な事だけが問題かな。そう聞かれたとしても適当な事を言って流せはするだろうけど。……今はまだ他の人に利用される事とかを考えたくはないからね。


 とりあえずアクセサリーと使えそうなもの数点だけお気に入りマークを付けておいた。ブックマーク機能みたいにタッチ一つで購入画面にいけるから欲しくなったら買えばいい。……って事で、これを購入したら終わりだ。


 百三十万もするみたいだけど……いや、いいか。

 この際、あって損が無いものは買っておこう。予算より三十万ちょっとオーバーするけど能力からして、それでも余りあるだけのメリットがあるはずだ。欲しいからって言うのはあるけど間違いなく今の俺に必要なものだから買わないって手は無い。


 買えた……よな。実感があまり無い。

 高い物を買うとこんな気持ちになるんだな。買った事に対する心地良さが半分、他の物を買えば良かったっていう後悔の気持ちが半分だ。少なくとも無駄遣いでは無いはずだから活用していけば気分も変わってくるだろう。


 そんな事で悩むよりも使ってみる方が先か。

 商品画像にあった物をイメージしながら倉庫から取り出す。大きな水晶のような玉だけど、これで百三十万もする。これだけを見ると百発百中の占い師にでもなるのかって勘違いされそうだ。だけど、使い方が全然、違う。


 商品説明に書いてあったからね。

 水晶玉を持って中に取り込むイメージを持ちながら両手で押し潰していく。不思議な感覚だけど柔らかいとか硬いとか、そういう感触は無い。あるのは水が押して凹ましていくような変な感触だけがする。ちょくちょく破片が飛び散るけど、それすらも刺さるとかじゃなくて俺の中へと消えていくし。


 ヒビが入る……よりも前に一気に割れた。

 割れて大きな欠片に分かれるとかも無い。本当に小さな欠片へと変化して押し潰そうとした俺の手の中へと光となって消えていく。ポカーンとそれを眺めるしか無かったけど……少しだけ不安になってきた。


 これで本当に合っているのかって。

 もしも間違っていたら百三十万が一瞬でパァだ。恐る恐るステータスを開いてみて……見た瞬間にホッとした。大丈夫、しっかりとスキルとして俺が獲得している。


 日本では有り得ない光景だから慣れないな。

 一応、スキル玉っていう割った人が中に入っているスキルを手に入れられる道具なのは分かっていたけどさ。何と言うか、心臓に悪過ぎる。初めてのデートみたいな感覚だ。これでいいのか、あれでいいのかって悩むような変な気持ち。


 それじゃあ、使ってみようか。

 何となくだけど使い方は分かるからな。スキルを持っているかどうかは分からずとも、使おうと思えば簡易的なイメージだけ湧いてくるし。後、商品説明でどういうスキルかも教えて貰っているから特に困りはしない。


「うおっと」


 俺の視界の片側が地図みたいなもので埋まった。

 タッチしてみたらサイズ変更が出来たから良いけどビックリするな。とりあえずダンジョンを探索するゲームみたいな感じで視界の端にマップ画面を作ってみた。左下が見づらいけど……気にしたら負けか。


 それで……おう、説明通りだな。

 マップっていうスキル通り周囲の状況が分かる優れものだ。マップ内に書かれている点の色で相手が自分にどういう感情を抱いているのかが分かるし、スキルとしての能力も他より高い。


 それで色分けは……この四つだな。

 まず赤い点、これは敵を示す色だ。屋敷内にもチラホラと見えるから赤の人には気を付けないといけないな。対して青い点、味方を示すマーク。当たり前だけど赤よりも青の方が屋敷内には多い。そして緑は自分の位置を表していて、白い点は無関心を示している。


 恐らく俺の部屋へと向かってきている青い点。

 これがマリアだろうな、隣に白い点もいるからこっちがエルか。指南しているのに白って考えると少しだけ悲しいね。まぁ、話し始めて日も経っていないから当たり前か。これが青い点に変わった時は喜んでいいかもね。初めてシオンでは無い俺として認められたって事だろうし。


 後、一分もあれば入ってくるかな。

 その間にマップを大きくして屋敷内の赤い点にピンだけ指しておいて……おし、これで一旦はマップを見なくてもいいだろう。机上に置かれている本を手に取って読んでいるフリをしながら意識だけ扉に向けておく。


「どうぞ」


 小さなノック音に対して返事だけ返しておく。

 適当な場所に栞を挟んで閉じておけば、さも先程まで本を読んでいたように見えるだろう。本を読む事自体は好きだが今は他にやりたい事が多くあるから後回しだな。仕入れておきたい情報も幾らかあるけど先に環境整備だ。


「ごめんなさい、邪魔をしたわね」

「ううん、読んでみようかなって開き始めたところだから気にしなくていいよ」


 適当に読んでいないアピールだけしておく。

 これで中身について聞かれることは無いはず。聞かれたとしても軽く開いて今から読もうとしていたとか言えば何とかなるだろう。それにマリアの場合、笑顔でも見せておけばそっちに気が取られるはずだし。


「ふふ、読みたい本があったら言ってね。幾らでも仕入れてくるから」

「ありがとうございます。でも、今はいいかな」


 当たり前のように隣に座って引っ付いてきた。

 シオンは毎日、こんな経験をしていたのか。何というか、羨ましい野郎だ。綺麗で優しくて胸もそれなりに大きくなってきている……そんな姉がいる奴なんてエロ漫画だけの話だと思っていた。


「それでマリアとエルは何か用があって来たの」

「え、無いよ」


 変な思考を消すために話題を出してみた。

 だというのに、返ってきた言葉は余計に話題を作り出しづらい中身だったのだが……さてさて、なんて言えば話題に繋がるだろうか。それこそ、俺がまだ女の子と仲良く出来ていた中学の頃とかは何の話をしていたっけ。そうだなぁ……。


「ただ会いたかっただけなの?」

「そうよ」


 冗談だろって思ったが本当っぽいな。

 視界の端に残ったままのマップの青い点が一瞬だけ強く光ったし。出来たらでいいんだけど味方って色の他に好意を抱いているとかを表す点もあって欲しいんだけどな。それがあればマリアが男としてシオンが好きなのか、弟としてシオンが好きなのかが分かるし。


「私はシオン様の世話役を頼まれた以上、寝食を含めて行動を共にしなければいけませんから」

「なるほど……って、寝る時も一緒なのか?」

「同じ部屋で、という意味ですよ。さすがに同じベッドの上で寝てしまっては守らなければいけない瞬間に動けなくなる可能性があります」


 つまり一緒に寝ろと言えば寝ると。

 まぁ、建前での話だろうけどな。遠回しに拒否する意味合いで言っていると捉えた方が俺としても傷つかずに済むだろうし。未だに白い点である時点で何となく察しはつく。


「エルの代わりに私が一緒に寝るから安心しなさい。寂しく感じたらいつでも抱きついていいのよ」

「……はぁ?」

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