7話

 少しして最初にシンが来た。

 驚いた顔をしたので聞いたら「前のシオンなら部屋で食事を取っていた」かららしい。何となく嫌な予感はしたけど適当に愛想を良く見せておいて残り二人が来るのを待った。


 程なくしてルフレが、最後にリールが来た。

 ルフレは驚きながらも嬉しそうに俺の横へ座り、リールは驚いた後すぐに嫌な顔を見せて対面に座る。対称的な二人だが一応、どちらも兄だ。挨拶と会釈だけはしておいた。もちろん、ルフレが相手の時だけ笑顔を見せておいたけど。


「揃った事だし食事としよう」


 シンはそう言い笑ってメイド達に命令を下した。

 その後、数分とかからずに目の前に食事が並んでいく。予想通りというべきか、個々で皿に盛り付けられて運ばれてきた。大きな皿から食す分だけ小皿に取るという文化はルール家にはないらしい。まぁ、上品では無いからと言えばそれまでの話か。


 それで指輪は……ふむ、反応は無しか。

 指輪を使えていないのか、もしくは本当に毒は入っていないからか。ただシンが食事に手をつけた以上、俺が手をつけないのも変な話だ。付けただけで分かるようになるらしいから大丈夫だろう。それに最悪は回復する道具を買えばいいだけ。マリアだって助けてくれるはずだ。


 スープにスプーンを入れて少し待ってから掬う。

 見て触った感じ食器は大概、銀製品だ。一応、銀は毒に反応するって話は聞いたことがあるけどヒ素とかに引っかかるだけって聞いたし、他の何も知らない毒であれば入っていても気が付けるわけがない。だから、ここで必要なのは食べるための勇気だけだ。


「……ん」

「どうかしたかい」

「いえ、何でもありません」


 口に含んだ量は微量、特に変化は無い。

 それこそ、毒のある野草を区別するために軽く舐めるみたいな感じだ。だけど、ピリピリしたりとか不自然な感覚は無いし飲んでも大丈夫だろう。口に含んだ分を飲み込んで次は少し多めに掬って口に含む。


 ……うん、毒はなさそうだけど不味いな。

 単純に味が濃すぎて喉と舌が拒否反応を起こす。表には出さないように、味わっているように口を動かしながら何とか唾液で薄めてから飲んだ。そりゃそうだよな、これだけ太っているんだから運動していなかったからって理由だけで身長と横幅が同じになるわけが無い。


「あまり進まないようだね」

「……目覚めたばかりのせいか、味が濃く感じて味わいづらいようです」

「ふむ、特別、シオン用に作らせていた味だったのだが……仕方あるまい。料理長を呼んで新しく作らせるとしよう」


 隠し事をするメリットがないから話したが……。

 なるほど、これはシオン専用の食事だったのか。となると、他の人達が食しているものは通常の味という事になるよな。単純にこの世界の普通の味が俺には合わない可能性もあるけど……お言葉に甘えようか。


「皆さんと同じものが余っていればそれでも大丈夫ですよ。それと量は今の半分で結構です」

「分かりました。料理長に伝えておきます」


 近くにいたメイドに頼んでスプーンを置く。

 まさか、この後に出されるものが毒入りってことは無いよな。ここまで計算しての濃い味とかだったら貴族の狡猾さに唖然とするのだが……まぁ、さすがにそこまででは無いか。わざわざメイドでは無い男の人が現れたあたり出来なさそうだ。


「料理長のジェフです。今回はお口に合わないものを提供してしまい誠に」

「あー、そういうのは結構ですよ。特に気にしていませんし、何より我儘を言ったのは私の方です」

「我儘なんてとんでもない! 料理長足るもの皆様の変化の違いにいち早く気付き! そしてお口に合う品々を出さなければいけません! それを怠った私の完全なる落ち度でございます」


 お、おう……何たるプロ精神だ。

 いや、チラチラとマリアやシンを見るあたり恐れているのか。もしかしてだけど俺が思っている以上に貴族に仕えるのはシビアなのかな。これで俺が許さなかったら目の前のジェフの首が飛んでしまうとかも有り得るのかもしれない。


「私は別に気にしていないと伝えている。だというのに長々と謝る必要は無い。今回の件は知らなかった私にある」

「で、ですが」

「誰にもジェフを処罰させはしない。それに」


 新しく出されたスープを掬って口に含む。

 もちろん、毒の反応は無かったから少しカッコつけるように飲んでおいた。味わうような素振りだけ見せてジェフに微笑む。


「これだけのモノを作れる才能を持つジェフを簡単に消したりしないさ。だから、安心して明日からも美味しい食事を作ってくれ」


 それを俺が言っていいのか分からないけどな。

 でも、シオン専用以外の食事が美味しい事には違いない。同じようなものを作れる人がどこにでもいるとは思えないし、カチカチに緊張しながら接せられるのも好ましくないからな。美味しそうに食している姿を見せればジェフに手を出す事もないだろう。


「シオンがそう言うんだ。ジェフも下がって他の仕事に着手しなさい」

「分かりました! 失礼します!」


 うーん……本当に貴族の子息って難しいんだな。

 ルフレの食べ方を真似しながら適当に食事を進めたけど、見た感じマナーもあるみたいだし下手な事をすればメイドとかが処罰されてしまう。これって他の貴族の家でも同じなのだろうか。たかだか食事が口に合わないだけで不敬として首が飛んでしまうのかな。


 うぇー、美味しい食事なのに気が抜けねぇ。

 スプーンとフォークを入れ替える時だって決められた場所に置かないといけないし、他の人の食べ方からして音を立てるのも良くないのだろう。細心の注意を払いながら食べる食事って気を休められなくて嫌だなぁ。何とか食事を終えたけど次からは部屋で一人で食べよう。


「……本当に別人みたいだね」

「そうですか?」

「うん、前のシオンならジェフは既に職を失っていただろうし、こんなに綺麗に食事を出来てもいなかっただろうからね。個人的には嬉しいけどリール兄様が疑う気持ちも分かる気がするよ」


 自分でも分かるくらい思いっきり心臓が跳ねた。

 ここに来てルフレに疑われるのか。元のシオンを知らないから失敗しないようにって思ったけど、それが逆に失敗だったとはね。……話を聞く限り元のシオンはマナーも、性格もすごく悪かったのかな。


「食事のマナーは分からないままですよ。出来ていると感じるのであればそれはルフレ兄様を真似したからです。ジェフに関しては……アレだけの逸材を再度、育成するのは至難だと感じたからですね」

「うーん、実に合理的な考えだね。一周回ってお父様に似てしまったのかな」


 クスクスと口元を隠しながら笑われた。

 合理的ねぇ……単純に事実を伝えたまでなんだけどな。もっと言えば自分の行動一つでジェフの人生が狂っても困るだけだし、最終的な着地点は俺が面倒くさくならない選択はどれかってだけの話だ。自分勝手な事この上ないと思うけど。


 はぁ、さすがに精神を使ってしまうな。


「食事も終えたのでお先に失礼させていただきます。未だに取れぬ疲れがありますので申し訳ありませんが休ませていただきます」

「まだ話したかったんだけど……仕方が無いか」


 そう言ってルフレは笑って見せた。

 本当に嫌味の欠片も無いんだろうけど俺からしたら疲れるだけだから真っ平御免だ。少し前までは目上の人とかを気にせずに、ましてや家の中ならばずっと寝転がっている生活だったのにさ。今となっては家であっても休める気がしない。


 軽く部屋を出る前に礼をしておく。

 シンは特に気にした様子も無くメイドに皿を片付けるように指示していたから戻っても大丈夫だろう。ただマリアも急いで部屋を出る準備を整えていたあたりついてきそうだ。……来られたら休めそうにないな。鍵でも閉めて締め出そうか。


 いやいや、そんな事を出来るわけも無い。

 俺とは違って純正なルール家の子女だ。それに俺の味方にもなり得る存在でもある。面倒だと思っても適当に流すか、相手をして良い面を見せておいた方が得だろう。最悪は眠いから寝るとか、風呂に入るからとか言えば部屋を出てくれるだろうしな。

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