1章 認められるために

1話

「……てよ……」


 遠くから声が聞こえる気がする。

 この声のようなものは天国か地獄のどちらかから使わされた声だろうか。でも、眠いんだ。声に反応してあげようと思いはするけど今はこの不思議な感覚に溺れていたい。それに人の命を救って死んだのだから死後くらいは少し自由な事をしてもいいじゃないか。


 でも……痛いな。

 締め付けられているような……。


「起きてよ! シオン!」

「だあッ!?」


 瞼を無理に開けられた。

 痛いというよりも先に反射で飛び跳ねてしまった。別に目へのダメージとかは無いけど一気に風が入ってきてしまったせいで乾きが酷い。瞼の奥から乾きを潤すために溜まっていた涙が一斉に流れてきた。


 何とか回復して目を開いたけど……。

 えっと……誰だ。青い目に長い金の髪、それだけで俺が日本にいない事は分かる。だからこそ、色々な事が分からない。周りの景色からして病院って感じでも無いよな。……何もかもが分からない。


「ここは……」

「シオン! 起きたのね!」

「ぐっ……」


 さっきの女に抱き締められてしまった。

 ぶっちゃけ、すごく痛い。電車に轢かれた傷が未だに残っているのか。いやいや、仮に電車に轢かれた傷が残っているとすると俺の体はどれだけ硬いんだって話になる。それなら……俺はシオンって奴にでも生まれ変わったのか。


 ああ、まだ納得出来そうな話だな。

 もちろん、電車に轢かれて五体満足のままで死ななかったのと同じくらい絵空事に思えてしまうけど。ただ、そうでも無い限りは目の前の綺麗な女性に抱き締められる理由が無い。この感覚からして赤ん坊からでは無くて元いた人への転生か。


「おはよう……ございます……?」

「おはよう……シオン」


 泣きそうな顔をされてしまったが……。

 すごく胸が痛いな。俺は彼女の思うシオンとは違う存在だ。この涙が俺へと向けられていたものだったらどれだけ嬉しかっただろうか。とはいえ、今はそんな事を考えている場合じゃない。


「すいません……ここはどこですか」


 泣きながら驚いた顔をしている。

 美人な顔が変に歪んでいて少しだけ滑稽だ。喉元から笑みが溢れてしまいそうになるのをグッと堪える。この場合は何て言えば俺の知りたい事を教えて貰えるのだろうか。……シオンとやらの記憶が薄らと残ってはいるけど細かい事は覚えていないからなぁ。


 日本にいた時にもっと人と接していれば。

 今更になってそんな後悔が浮かんでくる。まぁ、今は転生したとしても、仮に電車に轢かれて生き残っていたとしても……こうやって呼吸をしていられる事に感謝しよう。とりあえず客にしていたような笑みを見せておくか。


「記憶が……無いの……?」

「そうですね……自分がシオン・ルールだという事は分かっていますが……それ以外はサッパリです」


 簡単に思い出せそうに無いからね。

 それならば事情を理解していそうな人に教えて貰うべきだろう。まずはここがどこで、そして彼女が泣いている理由を全て教えて貰いたい。それに下手に嘘をついてボロを出すわけにもいかないからな。


「仕方ありませんよ。今日に至るまで反応の一つもしていませんでしたから。強い衝撃を受けて記憶が欠けていたとしてもおかしくはありません」

「そう……そうよね、今はシオンが生きていた事を喜ばないと」


 部屋の片隅にいた甲冑の人が返してくれた。

 顔は見えないけど……声からして女性か。一応、取り乱している女性を正してくれたお礼に会釈だけしておいた。すぐに返してくれた当たり感謝は受け取ってくれたみたいだ。


「それじゃあ、教えるね。まずはーー」


 ふむふむ……纏めるとこうかな。

 未だに興奮しているからか、ところどころ辿々しい部分はあったけど聞き取れはした。ここはシオンの家族の家の寝室で、そして一週間前に俺は死体として会釈を返してくれた騎士に運ばれてきたらしい。少し前から寝返りとかを打つようになったからそれで目の前の女性、姉のマリアが連れてこられて今に至るわけだが……。


 ちょっとだけ姉じゃなかったらって思ったよ。

 その他、色々と話はしていたけど今はこれだけ理解していれば大丈夫そうかな。とりあえずルール家の人と話す分には何とかなりそうな気はする。まぁ、公爵家って言われたからマナーとかに関しては何ともならなさそうだけど。


「ありがとう、マリア」

「ううん! シオンのためだからね!」


 大きな胸を張っている姿がとても可愛らしい。

 まぁ、マリアの年齢は十五らしいからな。元の俺からしたらまだまだ子供だ。マリアの年齢の頃は色んな事が楽しかったっけか。……と、感慨に耽けっている暇は無いな。今は現状把握をしないといけない。なら……。


「マリア、一つだけお願いがあるんだけどいいかな」

「うん、何でも言って」


 すごく可愛らしい……だが、姉だ。

 俺からしたら姉では無いけどシオンの姉である事には変わりない。……って、また脱線しかけてしまった。軽く咳払いだけしてからマリアの目を見詰めて笑いかける。目をキラキラさせているけど期待される程の頼みでは無いんだよなぁ。


「お父様達と話をする場所を設けて欲しいんだ。準備が整うまでには着替えも済ませておきたいからね」

「えっと……その程度でいいの」

「マリアにしか頼めないんだ。記憶が無い事を知っていて家中を歩き回れるのは姉様だけだから」


 仮にマリアがシオンを好きなら喜ぶはずだ。

 話をする機会を与えて貰えればルール家に残れるか、もしくは邪魔者として弾かれるか。どちらを選ばれるか次第で俺の今後も大きく変わってくるし。記憶が無いと言っておけば元のシオンと違っていても言い訳は出来るからな。


「お願い、マリア姉」

「シオンがお願いをするなんて……ええ、任せなさい。記憶が無くなって心細いものよね。今は全部、私に任せなさい」


 おっしゃ、こうかはばつぐんだ!

 中身が違うからシオンらしい事をしていないだけなんだけどね。でも、思っていたよりもシオンの媚びは効き目が強いみたいだ。他の人がどうなのかは分からないけどマリアに対してはこれからも使っていこう。


「行くわよ、エルも手伝いなさい」

「分かりました、お嬢様」


 バタバタとはしたなく部屋を出ていった。

 後は……言った通り着替えておいて今のうちに出来る事をしておくか。話を聞く限り転生した世界は曰本、もとい地球では無さそうだからな。もしかしたらステータスとかだって有るかもーー。




 ____________________

 名前 シオン・ルール

 職業 貴族LV1

 年齢 11歳

 レベル 1

 HP 20/20

 MP 10/10

 物攻 25

 物防 25

 魔攻 10

 魔防 15

 速度 5

 幸運 100

 固有スキル

 ・異次元流通LV1

 スキル

 魔法

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