2話
いきなり出てきたせいで少し驚いてしまった。
先にマリア達を出しておいて正解だったな。今の姿を見られていたら確実に訝しんでいただろう。マリアは誤魔化せるとしてもエルと呼ばれた騎士はそのままの事を他の人達に話すだろうからな。
それでこれは……恐らくだがステータスか。
まぁ、マリアの話とシオンの微かな記憶から魔法やスキルがあるのは知っていたけど……ここまで低いとは思ってもいなかった。確か同じ年頃の女の子でさえ、全ステータスは五十を超えていたはずだ。なのに俺は……いやいや、違うか。
それこそ、俺には固有スキルがある。
詳しい事は本とか、マリアから聞くとして固有スキル自体は一万人に一人くらいが持つ稀有な能力だったはずだ。スキルの中にも弱いものがあるのと一緒で固有スキルが弱い可能性もゼロではないが……名前からしてそれも無いだろうな。
何となく……感覚からしてだけど……。
うん、正解だ。スキル名を数秒間、長押ししてみたら説明欄が現れた。あまり時間をかけていられないから軽く流して読むか。こう見えて速読には自信があるからな。高校の時なら一冊五時間程度で読んでいたし。
ああ、なるほどな。これは強いわ。
というか、俺だからこそ、この固有スキルは強いって言えそうだ。俺はデューア王国の公爵であるルール家出身だからな。公爵ともなれば資金も潤沢にあるはず。それを活用することで輝くのがこのスキルだろう。
まずこのスキルが出来ることは三点。
一つ目に日本とこの世界にあるものを売買することが出来るって点だ。これは言うまでもないかな。名前に流通とつくだけあって何でも売れて何でも買える。この世界にあるか分からない醤油だとか味噌だとかも安価で買えるって感じだな。
二つ目に物を入れられる倉庫としての役割がある。これは例えば現実にあるものをスキル内に取り込んで、出してを行えるって感じだ。スキルで買ったものもこの中に入るらしいから取り出しを忘れてしまいそうだな。まぁ、ものすごく有用な能力ではあると思う。
そして最後、これがよく分からない。
このスキル、何故か銀行としての役割を持っているらしい。かなり低い利子でお金を借りられて、逆に高い利息でお金を預けることが出来るっていう能力も持ち合わせているようだ。それに期日さえ指定しなければ何時でもお金を出すことは可能だからな。使い勝手が良くお金も増やせるっていう頭のおかしい能力だと思うよ。
最もルール家として迎えいれられたらだけど。
でも、今はいい。これで少しだけ憂いも和らいでくれた。危なくなったら金に物を言わせて逃げればいいし、仮に無一文で投げ出されても金を稼ぐ手段なら幾らでもある。金さえあれば強化する手段はあるからな。心配する程では無さそうだ。
さてさて、スーツのようなものを着てみた。
何度も着た日本のスーツよりは質が高そうだけど気分は悪くなってくるな。思い出すのはインターンで失敗して、会社との連絡で失敗して、試験で失敗した挙句に来る不合格の通知だけだ。出来れば他の服にしたいけど最悪な事に派手な物しかないからな。
最後にネクタイを巻いて終わりっと。
鏡で自分の姿を確認して……アレ、思っていたよりも綺麗な顔だな。確かにマリアに似て青い目に肩まで伸びた金髪が特徴的な……ああ、四白眼に近いのも一つか。素はすごく良いのに……縦と横が同じなせいで全てが台無しだ。
確かに太いとは思っていたけど……ここまでか。
いや、元が同じくらい太っていた俺が言えた事じゃないな。それでも……ああ、心に決めたよ。絶対に俺は痩せる。誰がなんと言おうとスリムな体を手に入れて元の美形を生かした生活をしよう。
そうと決まれば……って、そこら辺は後回しか。
適当に会釈をしあった仲ということでエルとかいう騎士にでも頼んでおこう。そういうところを考えればルール家を出されるにしても一週間は欲しいところだな。……だからと言って元のシオンを知らない以上は演技のしようも無いけど。
「シオン! 準備が出来たわよ!」
いきなり入ってきたマリアに抱き締められた。
何というか、本当に犬みたいな女の子だ。シオンではない俺からしたら利用しているだけなのに健気に喜んでいる。こういう時に頭でも撫でてあげられる人がモテるんだろうな。……本物のシオンじゃない俺が出来る事ではないか。
「ありがとう、マリア姉。こっちも準備が終わったから皆のいる場所に連れて行ってくれないか」
「分かったわ。記憶だって曖昧だろうからね。幾らでもお姉様を頼りなさい」
善は急げなのか、マリアに強く引っ張られた。
そのまま部屋から出されて屋内からでも分かる豪邸の廊下を歩く。すごく長い廊下の間に幾つかのドアがある。間隔からして一つ一つの部屋の大きさも俺の想像以上なんだろう。もっと眺めていたいけどマリアに引かれているせいで無理そうだ。
「会議室、かな」
「ええ、ここに皆で集まるって話をしていたから間違っていないわ。ほら、突っ立っていないで中に入るわよ」
すごく豪勢な扉を開いて中に引き込まれた。
もう少しだけ覚悟を決めてから中に入りたかったけど出来ないよな。マリアに聞こえないように小さく深呼吸をして心を落ち着けておく。相手が誰であろうと俺が出来る事をするだけだ。
「起きたのか、シオン」
「おはようございます……シンお父様」
目の前の大きなソファに座り込む一人の男。
この人がマリアから聞いた父親で間違いないだろう。顔だけを見ればソファに座る三人の男の全員が若くて誰が誰かは分からない。だけど、この人だけは確実に存在感が違い過ぎる。相手を見抜こうとするような視線、そして丁寧な言葉遣い、所作の全てが普通の人とは思えない。
礼だけしてマリアの手を解く。
その後に他の三人に向けて笑顔を見せておく。家族だけの話だと思っていたが室内にはエルも含め数人の騎士や執事がいる。だから、必要かは分からないけど敵対意志が無い事だけは先に示しておかないと。
「……とりあえず座りなさい。病み上がりで立つのも辛いだろう」
「心遣い感謝します」
言い切ってから軽く会釈をして対面の席に座る。
フカフカ具合だけで明らかに金を多くかけているのが分かる代物だ。これは一つの面接みたいなものだと思おう。大丈夫、何度も失敗はしたがインターンで対策方法は教えて貰った。
「体は大丈夫かい」
「体は見た通り怪我一つありません」
「そうか、それは良かった。ただ……記憶はあまり残っていないんだったか。マリアから聞いてはいたが俺も話をして強く思うよ」
一瞬だけ優しい笑みを見せてからシンは俯いた。
でも、すぐにその目を鋭くさせて俺を睨むように見てくる。例えるなら獲物を狩る肉食獣か。冷たい何かが背中を通ったような感覚に襲われた。それでも目線は逸らさないようにして笑い返しておく。
「一つ聞かせてくれ。君は本当にシオンなのかい」
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