第十五話 ねぇ
【7月20日(月):オリミーティリ】
魔法は大まかに火、水、風、土の属性に分類される。妖精によって得意な系統の魔法が異なっていて、ヤドクガエルの妖精スイカが得意な魔法は水属性と火属性に含まれる電気系統の魔法だ。
スイカの以前の主人である乱暴な男はスイカのことを役立たずだと罵っていたが、彼は無理やり得意ではない魔法を覚えさせようとしていたのだろう。魔法のことを勉強し始めた今ならわかる。
サンナの相棒であるクロウタドリの妖精、ポリーが得意な属性は風や土でスイカとは真逆だったけど、それでも魔法の基礎的なことはこの一週間でみっちりと教わってきた。今の私なら新しい魔法を作ることくらいできるはず。
私は冒険者ギルドの建物の一階、ロビーの椅子に座って、机に羊皮紙を起き、ペン、エーテルの混ざったインクを用意する。現実世界で考えていた魔法を思い出す。
雷は雲の中の雪がこすり合わさって生じた静電気だ。だけどスイカは風属性の魔法が得意ではない。だから、上空に浮かんでいる雲はそのまま利用するような魔法を作ることにした。
まず、雲同士を電気的に接続するように新しい雲を形成する水属性の記号を描く。次にそうしてできた雲の塊から静電気を偏らせて一箇所に集中させるように記号を描く。様々な雲の形に対応しなければならないので、丸の中にひし形がある電気を示す記号が10個くらい連なった汚い魔法陣になってしまったけど気にしない。魔法陣として機能すればいい。最後にエーテルをその雲から地面まで垂直に配置するような記号を描く。エーテルが空気よりも抵抗が小さいことはこれまでの経験上分かっている。普通の雷よりも小規模でも落とすことができるはず。
細かい作業だ。少しでも間違えば発動しないし、最初から描き直さなければいけない。私は集中力を切らさないように休憩をはさみながら、一つ一つの記号を決して描きやすいとは言えないペンで丁寧に描き込んでいく。
魔法陣が完成したら、妖精に指示するための名前をつけなくてはならない。日本語だと雰囲気が出ないけど、叫んでもあまり恥ずかしくない名前にしたい。どうしよう。ライトニングでいいかな。
初めて自分一人で完成させた魔法だ。私はその魔法陣を見て満足気にうなずいた。しばらく眺めて間違いがないか確認した後、私はその魔法陣の上にスイカを置いて早速魔法を覚えさせる。エーテルの混ざったインクは発光しながら浮かび上がり、スイカに吸収された。成功だ。これで正しい効果が得られるかはともかく魔法の発動はできるようになった。何時間かかったかわからないけど、起きたときは白んでいた空がすっかり青色に染まっている。私はのびをして長時間椅子に座りっぱなしで凝り固まった肩をほぐした。
「まだ教えて一週間だというのに、随分と上達したね。キコに魔法を教えていたとき思い出すよ」
いつの間にかサンナが背後に立っていて、私が魔法陣を描く様子をじっと見ていたらしい。汚い魔法陣を見られるのは恥ずかしいけど、師匠に褒められるのは素直に嬉しい。キコとはどれくらいの差があるんだろう。私より努力家で頭が良かったから、サンナよりも強くなっていても私は驚かない。
「ところでこれからのことなんだが、アリスはどうする? 突然のことだったから昨日は面倒なことを押し付けてしまったが、アリスはサールロイに留まる理由も薄いだろう。ここにいるとまたドラゴンが襲ってくるやもしれん。私らはドラゴンを倒すためにここに来たんだからそれまで滞在するが、今のアリスなら一人で山を越えるくらい朝飯前だろう」
私は自分が必要とされていないのかと不安になる。オリミーティリでも必要とされなくなったら、なんのために生きているのかわからなくなる。そんな私の心中を察してか、
「いや、君とダリンは本当にこの一週間で強くなったし、アリスが居てくれたら心強いのも確かだ。現にトシュデンは君たちとドラゴンを討伐する気満々だったからな。ただ、ドラゴンは今までの魔獣とは違う。私だって無傷で帰ってこれるとは思っていない。そんな戦いに無理に付き合えとはいえないさ」
「私、昨日からもう覚悟はできていたんです。ここサールロイに住む人たちとこの一週間でだいぶ仲良くなって、それが一日で壊されて、せめて残っている人だけでも助けなきゃいけないって。さっきまで作っていた魔法、なんだか分かりますよね?」
「うぅん、水や火系統の魔法は門外漢だしちらりと見ただけだからどのように動作するかまでは分からなかったけど、上空の雲の形状を変える魔法、それからエーテルの柱を作る魔法が組み合わさっている所までは理解できた。それがどうしたのか?」
「あれは稲妻を意図的に落とす魔法なんです。私も空を飛ぶドラゴンにどう攻撃できるか一晩考えて作ったんです。私も、みんなと一緒に戦います」
「そうか。ありがとうな」
サンナはとてもうれしそうに目を細める。
「そうだ。ドラゴン討伐の報酬は金貨5000枚だそうだ。その四分の一もあれば私の故郷、レナンの復興もだいぶ進むから一度帰ろうと思うんだが、一緒に来るかい?」
「そうですね。四人で行きましょう」
「ああ、四人でな」
それからサンナは朝の支度をしに部屋に戻ったので、私もロビーの長椅子から腰を上げて部屋に戻ろうとする。その時マシューが納品所の方を歩いているのを見てびっくりして振り返る。なぜなら、顔はニコニコしているのに白衣の上から着けたエプロンは血まみれになっていたのだ。
私はこっそり後をつける。マシューは解体所の方へと入っていった。私はその半屋外になっている部屋をこっそり覗き見ると、彼はメスを持ってヘラジカを解体していた。
「早速解体してるんですか?」
声をかけると相当驚いたのか、丸まっていた背中がびくっと一瞬で真っ直ぐになって、そして恐る恐る振り返った。
「あぁ、なんだ。君か」
マシューはほっとしたように胸をなでおろす。
「なにかやましいことでもしてるんですか?」
「いやいや、僕が依頼した獲物だからね。違法ではないだけど、ただ、こんな時分に医者が油を売っているところを見られたら、何を言われるか…」
「それを心配するなら、色々片付いてからにすればいいのに」
「ははは、好奇心が抑えきれなくてね」
見るとマシューの目の下のクマは昨日よりもひどくなっている。きっと一晩中看病をしていてろくに休む暇もなかったのだろう。このくらいの楽しみがなくてはやっていられないのかもしれない。
「それよりこれをみてくれよ」
そう言って血まみれの手で見せてきたのは謎の臓器のようなものだった。そのわりにはグロテスクでないのは、きっと青白く発光しているからだろう。クラゲやホタルイカのような器官がヘラジカにあるとは思えないから、きっとエーテルによる発光だ。魔法が使えたことと関係があるのだろうか。
「綺麗ですけど、どういう働きをする臓器なんですか?」
「僕もまだ確証はないんだけどね。これは人工的に作られた臓器だ。この鹿は魔法を使っていたらしいね。これの近くに、人間が描いたであろう魔法陣があって、その魔法陣から魔法を発動していたんだ。つまり、これはエーテルを溜め込んで魔法陣に供給する器官に違いない」
マシューは爛々と目を輝かせて語る。私にはその理由がわかる。
「ということは、息子さんの病気を…」
「そうだ。心臓を動かす魔法陣はできているんだ。これで息子の病気は治る可能性が高い。ああ、早く帰りたいよ。でもドラゴンがまた来るかもしれないし、そのときに私がいないと…」
「私たち、近々ドラゴンを討伐する予定なんです。それが終わったら、早くエルタ村に帰ってあげてください」
「そうなんだね。僕は戦力にはなれないけど、サールロイの病院から応援してるよ」
「はい。がんばります」
オリモ妖精店にはお世話になったし、あの子の病気が治りそうで心底良かったと思う。肩の荷が一つ降りたような気分になる。
部屋に戻るとダリンはもういなかった。私も朝の支度を済ませてギルドの入り口に行く。3人が私を待っていた。
「それでは、とりあえず魔法障壁の様子を見に行こう。魔獣が都市内部まで侵入したという報告は無かったが、誰が展開したかわからない魔法だ。いつ消えていてもおかしくないからな」
私たちはトシュデンを先頭にして歩く。街並みは相変わらずひどい有様だけど、瓦礫は昨日の朝と比べてだいぶ片付いていた。
門までたどり着いて、私達は魔法障壁がちゃんと機能していることを確認する。魔獣の大部分は侵攻をあきらめて住処へと帰っていったようで、障壁に張り付いて突破しようとしている魔獣は小型の鹿やカモシカなど小物が十匹前後いるだけだった。これくらいなら正面から戦っても片付けられそうだ。でも、魔法障壁があるせいで、こちらからも手出しすることができない。
「俺たちも閉じ込められてしまったが、どうするんだ?」
ダリンが尋ねると、サンナは魔法障壁に近づいて、コンコンと指で叩く。
「これは私が開発した魔法が元になってるからね。この規模の魔法障壁をどうやって張ったかは見当もつかないが、魔法を書き換えるくらいならできる」
そう言ってサンナは荷物から羊皮紙とペンを取り出して、サラサラと魔法陣を描き始めた。ほとんど手を手を止めることなく描き続けて数分後、きれいで論理的な魔法陣が完成した。やっぱり私はサンナと比べるとまだまだ全然魔法を作成するスキルが足らない。サンナはその魔法陣を妖精を介さずに直接魔法障壁にかざす。壁が真四角に切り取られ、まるで自動ドアのように空間が空いた。
「私に行かせてください。今朝作った魔法を試しうちしてみたいんです」
私は名乗りを上げる。いいよと軽いノリで承諾される。このパーティー内で私の力も認められてきて、あまり心配されなくなってきた。ドアからこっそりと壁の外に出る。残った魔獣はあまり頭が良くないようで、私に気づいても壁を挟んで距離的に近いトシュデンの方を攻撃しようとしている。
「ライトニング」
私は小声でスイカに合図を送り、魔法を展開させた。エーテルが大量に失われるこの感覚、久しぶりだ。最近は魔法を使い込んだおかげで大分耐性が上がっていたけど、この規模の魔法になると結構意識を持っていかれる。私は貧血になったような感覚に抗いながら空を見上げる。地上ではなにも起こらなかったけど、上空では雲が姿を変える。さっきまで出ていた太陽を薄く広がった雲が隠した。しばらくして雲の一部、静電気が集まっているであろう部分が分離する。最後にエーテルの柱がスポットライトのように地上に降り注いだ瞬間、閃光が走り、一瞬遅れて轟音が鳴り響く。雷が魔獣の集団に直撃した。
後ろでみていたみんなが歓声を上げた。一応新しい魔法の開発には成功したものの、魔法を発動してから実際に雷が落ちるまでに30秒ほどを要した。エーテルの柱の形状を工夫すればある程度はどこに落とすか制御可能だから、タイムラグのわりに実用性はあるけれど、それにしても時間がかかりすぎる。それにエーテルを使い果たしてしまって、二発目なんてとても撃てそうにない。まだまだ改良が必要だけど、とりあえずは完成でいいか。
座り込んで動かなくなった私を心配して、ダリンが扉を通って駆け寄ってくる。私はいいよと拒否したんだけど、立ち上がることができなくて、仕方なくダリンに抱えてもらって壁の中に戻ってくる。顔から火が出そうなほど火照っている。
「すごいな、アリス。俺も負けていられない」
ダリンが私を素直に褒めるのは珍しいことだ。私は嬉しくなって小さくガッツポーズをする。
残る2つの門に群がっていた魔獣はダリンとトシュデンが蹴散らした。それにしても、ダリンもこの一週間で大分強くなった。いや、元からとても強かったんだけど、魔獣との多勢を相手取る戦いに慣れたといったほうが正しいか。冒険者となってまだ日が浅いのだから経験は少ないけど、持ち前の瞬発力と勘の鋭さでまるで後ろにも目がついてるんじゃないかと疑うほど隙がない。
サールロイの周囲を囲っていた魔獣を掃討した私達は意気揚々とギルドへ引き上げる。
その時だった。空から咆哮が聞こえた。耳馴染みがある声だった。今日の昼、現実世界で聞いた音だ。
空を見上げると、やはりドラゴンが襲来していた。ガンガンと非常事態を知らせる鐘の音が辺りに鳴り響き、騒がしくなる。一度ドラゴンの襲来を経験している人たちはなんとかして逃げ延びようと私たちとは反対方向へほうぼうの体で走ってゆく。私も命の危険を感じて足が震える。だけど今朝ドラゴンを倒すと豪語したので私まで逃げるわけにはいかない。予定が早まっただけのことだ。みんないるし大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
しかし、現実世界で見たそれとは随分様子が違った。黒くて大きい翼を目一杯広げて、滑空するように降りてくる。一切翼を動かさず、まるで大切なものを運んでいるかのような姿は不気味な迫力を纏っている。
「あれは… 誰か乗っている?」
パーティーの中で一番目がいいダリンが、ドラゴンの背に乗る人物を見つけたらしい。ドラゴンは魔法障壁をすり抜け、航空機の着陸のように静かにサールロイの瓦礫の上に降り立った。私たちからの距離は1キロメートル強だろう。その背にはもう人物は乗っていなかった。
「ねえ、久しぶりじゃん」
後ろから声が聞こえた。懐かしい声だ。中学の時、部活で毎日聞いていた声。その声を聞くだけで懐かしさから涙が出そうになる。振り返ると、希子が立っていた。
目尻が少し垂れ下がったまつげの長い目に、勝ち気な内面が表れたつり上がった鋭い眉。中学時代は常に真一文字に結ばれていた口元は今は口角が不敵に上がっている。服装は当然ながら中学時代の制服とは全然違って、えんじ色の裾の長い軍服のような服を着ているし、おしゃれなど興味がないかのように短かった髪の毛は長くなって頭の上で一つにまとまっていたけど、たしかに目の前の人物は希子その人だった。
私は大量のはてなマークに脳内を専有されて言葉が出てこなくなる。一方でサンナとトシュデンの顔には困惑の中に怒りの感情が浮かび上がっていた。
「キコ… お前が…」
「どういうことだか、説明してもらおうか」
ふたりが希子ににじりよる。しかし、希子が左手をかざすと、二人の時間だけが停止したかのようにピタッと動きを止めた。何事もなかったかのように、希子は口を開く。
「有朱、ここに来てたんだ」
そう言って、希子は握手を求めるように右手を差し出してくる。私はわけもわからないまま、その右手を握った。
瞬間、景色が上下にぶれはじめ、気づいたときには別の場所に移動していた。感覚としてはダリンの魔道具で移動したときに近いが、それよりももっと強烈にエーテルが流れ込む感覚を受けた。だけど景色はそれほど変わっていない。瓦礫の多いサールロイの中だ。そして大きな影が地面に落ちていて、隣からは獰猛な吐息が私の正気を削り取ってくる。隣を見ることはできなかった。ドラゴンがいることが分かっているから。混乱と恐怖で震えている私をよそに希子は話を始める。
「ねぇ、私のこと覚えてる? 西中のバドミントン部でダブルスを組んでたんだよ。私いっつも思うんだけど、どうしてあの頃の私はあんなものに必死になっていたのかなぁって。どれだけ頑張っても骨格から違う。有朱には勝てないって一年の頃から分かってたのにね。有朱が二年の夏に全国に行って、そしてダブルスでは県大会にすら行けないって、その事実を突きつけられるまでわからないなんてね。馬鹿みたいでしょう、私」
「もちろん、覚えてるよ」
私は震える声で返事をする。
「ねぇ、私が死んだとき悲しかった? 私の葬式でちゃんと泣いてくれた?」
私は葬式でのことを何も覚えていなかった。嘘をついても今の希子には全て見通される気がして口をつぐんでしまう。その様子を見て、自嘲するような笑みを浮かべて質問を重ねてくる。
「ねぇ、今私と会えて嬉しい?」
「うん、嬉しいよ。色々謝らないとと思って、もしかしたら、一緒に行動できるかもって思って、楽しみにしてた」
本当だよ。私は心のなかで言う。色々言いたいことが山積みで、どうやって、どんな口調で喋ろうかとか考えていたんだよ。ほとんど無駄になっちゃったけど。
「色々って?」
「私たち、ダブルスを組んでからしばらくは一緒に遊んだりもしたよね。デパートにお買い物に行ったりして。そういう関係が続いていたら、もっと自分のことだけじゃなくて、希子の様子に注意を払っていたら…」
希子の嘲笑するような笑い声で私の言葉は中断させられる。
「私は死んでなかったのにって? あはは、そんなこと謝らないでよ。私も覚えてるよ。デパートに行ったこと。鮮明に。だって、あんなにつまらなかったんだから。断言できる。私はあのとき、退屈で仕方なかったんだ。あれなら家で畳の目でも数えてたほうがマシってくらい。だから、私の方から有朱を振ったんだ。私が死んだのはそんな理由じゃない。自惚れないで」
希子の言葉はだんだんと鋭さを増していく。私を傷つけるために、ナイフが振り下ろされる。
「私は有朱が嫌いだった。昔っから、私は有朱が大嫌いだ! いつもいつも碌に努力しないくせに! お前がいたから私は! 私は!!」
希子はハァハァと肩で息をする。私はそれを黙って見守るしか無かった。感情を押し殺してないと、心が爆発して散り散りになってしまいそうだった。
「ねぇ、私の前からいなくなってよ。昔は私のほうが弱かったけど、今は違う。私が手を上げれば有朱の首をちょん切ることくらいわけないんだ」
そう言って希子が手をあげようとしたとき、声が聞こえた。
「アリス!!」
ダリンの声だった。隣にドラゴンがいるのに、危険も顧みず駆けつけてくれたのだ。私の体から一気に緊張感が抜けて、倒れそうになるのを必死に堪える。
「誰?」
希子はダリンを一瞥して、興味がなさそうに言う。ダリンは槍を構えて、
「アリスから離れてもらおうか」
「ああ、有朱の仲間? 良かったね。来てくれて」
遅れてサンナとトシュデンもやってくる。
「キコ… やっぱりお前がドラゴンを…」
サンナが希子を睨む。
「師匠、お金が足りないって言ってたもんね。羨ましいのね」
希子は煽るように言ったあと、傍らのドラゴンにジェスチャーで指示を出して頭を地面まで下げさせる。あの恐ろしかったドラゴンも形無しで、犬のように従順だ。
「そんなことはどうでもいい! サールロイをめちゃくちゃにして!」
「それはドラゴンが勝手にやったことだから私は知らないよ」
「そんな言い訳が通ると思うな!」
サンナが詰め寄っても、希子はどこ吹く風だ。
「話が通じないなぁ。要するに、師匠はこのドラゴンを倒したいんでしょう。だったら、その機会を用意してあげるよ。昔世話になったよしみだし。明日でいいかな」
「はぁ? どういうことだ」
「だから、このドラゴンを討伐したいんでしょう。私も師匠よりも弱かったらこのドラゴンは別にいらないし、どれだけ強いか試してみる機会として丁度いいや。明日の午前中… 詳細は後で魔法で送るね。じゃあ」
それだけ告げて、希子はドラゴンの首に乗ってどこかへ帰っていった。私たちはその様子を呆気に取られて見守る事しか出来なかった。希子の姿か山脈の向こう側に消えたころ、ようやくサンナは我に返って、喋りはじめる。
「明日… と言っていたか。戦う準備は碌にできていないし、そもそも真面目な話かどうかも怪しいが、どうする?」
「まあ、誘いに乗るしかないだろうな。キコはもはや我々の手に負える存在ではなくなってしまったみたいだ。あれだけの力を前にしてできることは、せいぜい流れに身を任せることくらいだろう。それに、もし約束が本当ならドラゴンを倒すまたとないチャンスだ」
「俺も問題ない。今すぐにでも、戦う準備は整っている」
トシュデンとダリンはのりのりだったけど、私の頭の中はそれどころじゃなくて、かろうじて頷いて肯定の意思を見せる。
「そうね。分かった。どうやって連絡が来るか分からないけど、来たらすぐに伝えるよ。今日は早めに寝よう」
その日の晩、私たちは冒険者ギルドの部屋に戻る。サンナとトシュデンは団長と話しに行ったので、この部屋には今はダリンと二人きりだ。気分は希子と喋ってからずっと暗いままで、ベッドの端に座って顔を俯かせていると、ダリンはそんな私の様子を見かねたのか、私の真横に腰を下ろして、
「何か、あったのか?」と尋ねる。
私は涙をこらえることができなくって、ダリンの胸に縋りついて涙を流した。ダリンはそれ以上何も聞かずに、自分の高価な服が濡れるのも厭わずに私の頭を優しくなでた。
【7月21日(火):現実世界】
目が覚めるとベッドの上で、枕は涙で濡れていて、私は毛布を抱きしめていた。とにかく悲しくて嫌で嫌で、頭はギドギドの油がこびりついたように重い。
夢の中の希子の言葉なんて、気にせずに消化してしまえたらよかったんだけど、あの希子は性格から喋りかたまで希子そのもので、その言葉は紛れもなく希子の本心で、忘れてしまうことなんて到底できなかった。
私は私がどうにか頑張れば、希子に寄り添ってあげていれば希子は死ななかったと思っていた。だから、希子がオリミーティリで生きていることを知ったとき、やり直せるチャンスをくれたんだと思ってすごい嬉しかった。
でも、私の存在自体が希子の重しになっていただなんて考えもしなかった。全国大会に行かなければよかった? ダブルスを組まなければよかった? そもそもバドミントン部に入らなければよかった? いくら考えても、結論は出てこない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます