第四話 学校は退屈だしジムには行かない
【7月7日(火):現実世界】
楓と出会ってから一週間が経過し、二回ほど葉月とともに昼ごはんを一緒に食べた。その間にも葉月はぐいぐいと持ち前の明るさで楓に近づいて、二人はよく喋るようになった。だけど、私は楓とあまりまだ仲良くなってはいない。お昼ご飯を食べるときが、私が学校内で友人と喋る唯一の機会で、その時間が楓の出現のせいで、リラックスできない時間に変わってしまったのは残念だった。
無造作なミディアムカットの髪にさっと櫛を通し、洗顔だけして、セーラー服に着替え家を出る。
駅のホームで葉月と会って、一緒に電車に乗り込む。今日も電車はすごい混雑で、座ることは出来なかった。いつもと同じようにガタンゴトンと電車に揺られ、いつもと同じように学校に着く。
授業は退屈だ。過去形と過去完了形の使い方を理論的に理解していたとして、それを使えるかどうかなんて慣れによるものが大きいだろう。そもそも将来英語が使えなくても全然困らないと思う。日本語ですらうまく友人と話せない私が英語を覚えて国際コミュニケーションだなんてお笑い草だ。私に必要なのは愛想笑いとYesだけ、なんてことを考えていたとしても指名されたら答えないといけないわけで、授業の内容が追える程度には私は真面目な生徒だと思う。
鳥になりたいなぁなんて思いながら窓の外を見ると、大きな鳥が大きな翼をバッサバッサと羽ばたかせながら雲の上を飛んでいた。よく見るとしっぽがやたら長く、今まで見たこともないような鳥だった。もしかしたら、私と同じように鳥になりたいなんて願った高校生が変身した姿かもしれないと妄想し、その妄想に嫉妬してしまう。
昼休みになるとすぐに、お弁当を持って教室を出た。今日も雨が降らなくて良かったような良くなかったような。
中庭へと向かう途中、黒髪短髪の男子生徒とすれ違う。一瞬、雰囲気だけダリン・ルトストレームに似てるような気がして、私は彼の顔を盗み見るけど、髪型だけでその他パーツは全然違った。ダリンの切れ長でまつ毛の長い目と違ってなんだか眠たそうだし、少し猫背で身長は私よりも低いし、月とすっぽんという諺がぴったり当てはまるような。
そこまで考えて、夢の中の住人と現実世界の男子を比べるのはやばい思考だと思い当たる。私は全く異性を選べるような立場ではないのに、お高くとまってますよみたいな感じになるのは傍から見て滑稽なものだろう。
私は想像の中で、40歳の誕生日を迎えて尚ダリンの影を求めてひとり寂しく婚活をしている自分の姿を思い浮かべて、少しぞっとする。私はその想像を振り払うようにいそいそと廊下を渡る。
中庭のベンチには既に葉月がいて、楓と喋っていた。
葉月を取られたような気がして、少し嫌な気持ちになるけどできるだけ顔に出さないように努める。
楓は菓子パンを手に持っていて、もしかしたら前に中庭で出会ったときにも私達に混ざりたかったのかもしれないけど、それを弄るほどの仲ではない。
「あ、有朱」
葉月が私に気づいた。楓も私に向かって小さく会釈をした。
相変わらず楓の目つきは鋭い。私はその視線から逃れるように楓の斜向かい、かつ葉月の隣の席に座る。
「でも私は料理部に入っちゃったし、運動神経悪いしなぁ」
葉月が楓に喋りかけた。どうやらさっきまでの話の続きらしいけど、話の流れがつかめない。何かに勧誘されているのだろうか。こういうときに私からなんの話?と切り出せれば楽なんだろうけど、話の腰を折るのも申し訳なくて、私は聞き耳を立てながらおにぎりを頬張る。
「じゃあ仕方ないか」
楓は何かを諦めたようだ。なんだろう、ボクシング部とかかな。うちの学校って、ボクシング部あったっけ。
「有朱は?なにか部活に入る予定とかある?」
「今は帰宅部でいいかなぁ」
葉月が私に話を振ってきたので正直に答える。私は家に帰って早く寝なければいけないので、部活に入ってる暇なんかない。
「中学の頃はバドミントン部だったよね」
楓が顔を上げながら言った。楓は私のことを中学時代から認識していたのかと少し後ろめたい気分になる。私は楓のことをすっかり忘れていたのに。
「そうだよ。三年に上がる時に辞めちゃったけど」
「そうだったんだ。身長が高くてバドミントン部で目立ってたから。確か全中にも出場してたろ? ほら、一緒に壮行会で登壇したし。どうして辞めたの?」
「楽しかったんだけどね」
自分で言うのもどうかと思うけど、中学のころ所属していたバドミントン部の中で私は群を抜いて強かった。私もそこまで熱心だったわけではないけれど、手足の長さが生み出す広い守備範囲があまりスキルに差のない地方大会では有利に働いた。私の所属していた部活で県大会まで勝ち進める選手は1,2人くらいで強豪校ではなかったけど、全国大会にはみんなで応援に来てくれたりして仲の良いチームだった。全国大会では、私のもたついたフットワークじゃ全然通用しなくて、一回戦で負けちゃったけど。
「ちょっと、色々あって」
そう、色々あったのだ。私はあまり過去の部活のことを掘り起こされたくなかった。楓も事情を察した様子で、普段の睨みつけるような目つきが今はしょんぼりとしている。見かねた葉月が重たい空気を吹き飛ばすように明るく、
「さっき私も楓に誘われたんだけど、楓のお父さんがボクシングジムを経営してるらしくて、有朱はどう? 運動しないと太るよ?」
「ボクシングジムって言っても半分フィットネスクラブだし会員の8割はボクシングしないし。私、いっつも学校終わったら家に帰るだけで寂しくってさ」
楓が補足すると、葉月が驚いた顔をして、
「え? 聞いてないよ! 私てっきり殴られるかと思って遠慮したんだけど、それなら行ってもいいかなぁ」
「会費安くしとくからさ」
葉月が乗り気になっているのを見ても、私のモチベーションは一切上がらなかった。私はそんな葉月みたいに社交的にふるまえるようなタイプじゃないから、どうしても人と関わるのが面倒くさいと思ってしまう。ジムに通ったら、他の同年代の楓の友人がいるかもしれなにし、結局なじめなくて惨めな思いをするだけかもしれない。行ってみないと分からないことなんだけど、多分、そうなる。
「私も気が向いたら行ってみようかな」
だから、私は曖昧な返事しか出来なかった。
お弁当を食べ終わった後、楓は先に席を立って、私と葉月がベンチに取り残された。
「ジム、行ってみる気ない? 私も行くからさぁ」
葉月が提案してくる。私に行くつもりがないと分かっているのだろう。私は笑ってごまかす。
「楓、有朱のバドミントンの練習風景とか見たことあるらしくて、随分と有朱の運動神経を買っていたよ。私を誘ったのはあくまでおまけだと思うけどな」
「じゃあ、私がジムに通うようになったらボクシングやらされるってこと? それはちょっと、片手間でやるには…」
私がはっきりと断る意思を見せると、この世話焼きな幼馴染はしまったという顔をした。
【7月7日(火):オリミーティリ】
ダリンとパーティーを組んでから一週間ほど経過した。その間毎日のように依頼をこなして、私とダリンのパーティーは結構連携が取れるようになっていた。背中を預けられる仲間がいるというのはいいことだ。一人で戦っていたときよりも倍以上の報酬の依頼にも挑めるようになったし、何より楽しい。
ダリンと一週間共に過ごして分かったことがある。ダリンは見た目の高貴さや恰好よさのわりに、意外とモテない。
聞いたところによると、この世界の人たちにはなんとなく持っているエーテルの相性があって、それもパートナーを選ぶ基準の一つになっているそうだ。現代人の私には理解できない感覚ことだけど、例えば足が小さい方がかわいいとか、禿げていたほうがかっこいいとかそういうことだろう。こっちの世界では、エーテルの相性という観点では、ダリンの魅力は全くないといえる。
私はダリンとパーティーを組んだ時に第一に懸念したことは、他の女性冒険者の不興を買ってしまうんじゃないかということだったけど、それに関してはまったく心配いらなかった。
オリミーティリの夏は日差しが強いけれど、日本のように湿度は高くなくて肌がべたつかないのでかなり快適だ。私が目を覚ますとダリンはまだ寝ていた。私は起こさないようにそっとドアを開けて廊下に出て、お手洗いへと向かう。
ここはいつもの冒険者ギルドの運営する宿。隣の部屋にダリンが宿泊していることが分かって、そのまま高い料金を払わせ続けるのももったいないので一つの部屋を二人で使うようにしたのだ。と言ってもダリンは布団を敷いて床に寝ているし、何かの間違いが起こったことはない。彼の振る舞いは、元貴族故の常識のなさや多少の強引さはあれど、とても紳士的でパーティーを組まなきゃよかったと思ったことはなかった。私はこの一週間一緒に過ごして、ダリンのことをとても信頼していた。それこそ、一緒の部屋で暮らせるくらいには。
私は用をたしながら今日は何をしようか考える。そろそろ、魔法が使えるようになりたいな。お金もあれから十分に稼ぐことができたし、頃合いだろう。ダリンが前衛を張って私が後ろから援護するという戦闘スタイルの方が戦いやすい気がするし。
今のところ戦闘ではダリンの方が役に立っているから、ここらで私もいいところを見せないと逆に私が見放されるかもしれない。まあ、ダリンに限ってそんなことはないだろうけど。
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