第7話

 2002年 3月27日

 今日から日記をつける。嫌なことも良かったことも、思い出として記録に残そうと思う。日記の始まりが暗いとどうしようもないけれど、それは仕方ないと思う。

 今日、高校に上がる前に一人でおばあちゃんの家へ向かった。ここ2年ほど、お母さんは私と碌に口も聞いてくれない。食事も洗濯も自分の分は自分でする。理由を聞いても教えてくれないし、いつも怯えた目で私を見てくる。その理由は何故なのか、おばあちゃんなら知っていると思ったので、話を聞きに行った。

 私は、強姦されて孕まされた子だったみたい。初めはそれでも自分の子供だからと世話をしてくれていたけれど、年を追うにつれて髪や目の色だけじゃなく、目や鼻の形が強姦魔にそっくりになってきたみたいで、私を見ると当時の出来事を鮮明に思い出してしまうみたい。

 お母さんにとって、私は悪魔の子なんだろうな。


 2002年 4月1日

 小学校も中学校も馴染めなかった。友達は一人もいないし、まともに話を聞いてくれる人もいない。先生だって見てくれは優しいのに、裏では嫌悪感を抱いて私の話を聞いている。どこに行っても爪弾きにされて、私の居場所はなかった。

 だから、私は同じ学校の生徒がまず来ないであろう遠い高校へ受験し、無事に合格した。その高校の名前は「神薙かんなぎ高校」。今日がその初登校で、少し緊張した。簡単に纏めると、やっぱり悪目立ちしてしまった。髪の毛も、目の色も、周りの人とは全然違う。お父さんの顔を見たことはないけれど、きっと私と似てるんだろうな。


 2002年 4月10日

 私に友達ができた。高校に入って初めての友達で、名前は「佐伯 望」。黒髪に引目で小さな口に小さな鼻は本当に日本人らしい顔立ちだった。何より、望は私に対して偏見なく話してくれる。それが何より嬉しくて私は彼女なら信頼できると確信した。でも、望以外の人たちは私のことをできる限り避けるような素振りだった。やっぱり私は馴染めない。


 2002年 4月20日

 最近は望と買い物に出かけたり、遊んだりして楽しい事ばかりだった。望といるときは周りの事なんて気にならないくらい楽しくて、嬉しかった。学校でも望は私と話をしてくれるから、一人にならなかった。そんな経験を今までしたことがないから、私はこれが本当に現実なのか疑って、頬を抓ってみたらしっかり痛かった。

 こんな日がずっと続いてくれたらいいのにな。


 2002年 4月24日

 今日は初めての芸術科目の授業があった。私は選択したい芸術科目もなかったので無難な習字の科目を選んだ。習字は昔からお母さんに教えてもらってたから割ときれいに書ける自信があって、成績も良いだろうという打算があった。それで、授業内容は初回ということもあり、自己紹介も兼ねて自分の名前を書いてみようというものだった。私にとっては簡単なことなのでささっと書き上げて提出しようとしたら、望から絶賛を受けた。望は私が習字を書くのが好きだと思ってるみたい。

 私は嬉しかったけど、複雑な気持ちになった。私がお母さんに教えてもらった習字、一生懸命頑張っていたけど、別に好きなわけではなかったし、お母さんも私の字を褒めてくれることはなかった。今思えば、あの頃からお母さんは私のことをあまり好きじゃなかったのかもしれないな。


 2002年 5月2日

 お母さんと少し話をした。お母さんが、私が自分の生まれた経緯を知ったと理解したとき、いつにも増して怒られた。あなたの顔なんて見たくない、あなたなんて生まなければよかった。当時の自分を殴ってでも止めておけば、と私に本心を打ち明けた。習字を教えてくれたのも、自分の子だという実感を得たいがためのエゴイスティックな理由だった。褒めてくれないのにも合点がいった。

 私は生まれたときからいらない子だった。


 2002年 5月8日

 今日は習字の授業があった。東野先生が出した課題の文字を私が書いて提出すると、クラスのみんなが褒めてくれた。すごい、綺麗、上手、そんな言葉が飛び交った。でも、そのどれもが私にとってはどうでもよかった。彼らは私を見てくれていないし、私を認めてはいない。彼らが認めたのはあくまでも「峯岸 妙の作品」だった。私の字なんて、お母さんの真似事なのにな。


 2002年 5月15日

 習字の授業は嫌いになった。自分の書いた作品が称えられる環境も、その作品自体も嫌いになった。自分は絶対に褒められない、でもエゴイスティックな字の作品は気味が悪いほどに称賛される。私は認められないのに、自分が嫌いな人は認められる。それが、嫌いだ。


 2002年 6月26日

 習字の授業、みんな慣れてきたのか私の作品に対する反応が少なくなってきた。どちらかと言えば望の作品のほうが称賛された。それもそうだと思う。彼女の字は自分らしくて彼女らしい、魅力的な字体だったから。

 自分らしい字を書けるって、羨ましい。


 2002年 7月3日

 今日気付いた。みんなは怖がってた。しかも、怖いのは私みたい。習字の作品を出しても、みんな怖がってた。エゴイスティックな作品を怖がるのじゃなくて、私の事を怖がってた。変なの、作品は褒めて、私は恐怖の対象。なんでなんだろう、怖がらないのは望だけ。


 2002年 8月19日

 望と一緒に洋服を買いに行った。すごく楽しかった。家に居ないだけで、既に開放的だった。学校に居ないだけで奇異の目が幾分少なく感じた。そして何より、望と一緒に遊べるというのが嬉しかった。今までの人生で一番の夏休みだった。


 2002年 9月11日

 2学期始まって初の芸術の授業、望が私のことを見てくれていないのに気付いた。望は私じゃなくて、私の作品ばかり見てる。彼女は私の作品が本当に好きみたい。だから私のことを、「自分の好きな作品を作ってくれる印刷機」か何かだと思ってるみたい。


 2002年 10月10日

 東野先生から注意を受けた。授業をさぼって遊んでいることを指摘されて、酷くなれば成績を下げると脅された。私だって好きで受けているわけじゃないのに、なんでこんなこと言われなきゃならないんだろう。


 2002年 11月20日

 久しぶりに習字の授業を受けた。いつも通り望から字の綺麗さを褒められた。だけど何も嬉しくない、やっぱり望は私を見てくれない。そう感じて私は少し冷たい態度をとってしまった。ごめんね、望。


 2002年 11月21日

 望が一切話をしてくれなくなった。わざとらしく私を無視した。私は久しぶりに独りぼっちで学校を送った。寂しくて、悲しくて、苦しくて、泣きそうになった。

 実際泣いてしまった。柊くんが話を聞いてくれたけれど、今の今まで助けてくれなかった。ずっと見ている人だった、だからそれ以上は、話を聞く以上のことはしてくれなかった。結局、私は独りぼっちだった。


 2002年 11月21日

 今日も独りぼっちだった。


 2002年 11月22日

 今日も独りぼっちだった。


 2002年 11月25日

 土日で考えて、私の態度が悪かったと思ったので望に謝ろうとした。でも、望は話を聞いてすらくれず、ずっとずっと私を無視し続けた。

 私は、誰からも必要とされないんだろうな。


 2002年 11月26日

 今日も無視された。私は誰にも必要とされてないんだとわかった。

 明日は習字の授業がある。また、化け物のように扱われるんだ。

 バイバイ、望。ごめんね。


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