夢のようなひととき。Part-1 ~余韻~

 女をこの部屋に連れ込んだことは一度もない。だから女性物のグッズは何もない。

 僕のスウェット上下をパジャマ代わりに手渡す。少しダブダブだったスウェットは長身の梨子にはジャストフィットだった。

 ベッドも当然一つしかないし、シングルだ。独り暮らしを始める時、せめてセミダブルをと考えていたのだが、当初の思惑以上の寝室の広さを確保できなかった。パソコン用の机と、ベッドサイドの灯り用に小さな台を置くスペースを確保するため、やむなくベッドはダウンサイジングした。

 リラックスできる唯一の聖地は涙を呑んでおてんば娘に明け渡し、僕はリビングのソファで眠ると言った。すると、君は頬を膨らませて叫んだ。

「ダメーッ!ボク実クンと一緒にベッドで寝るーっ!」

「だってベッドはシングルだし、二人で寝たら窮屈だからさ」

 言い聞かせながらも、駄々をこねる仕草が僕の胸は高鳴らせる。

「ボク、寂しがり屋だから、誰かの肌がくっ付いてないと安心して眠れないの」

 お前は猫か!よくそれで家出少女をしていられるなあ。呆れる僕をよそに君は真っ先にベッドに飛び込む。

「うわあ、男臭~い」

 梨子は犬のようにクンクンと掛け物のにおいをしきりに嗅いでいた。タオルケットとその上の薄手のコットン毛布はしばらく洗濯していない。

「しょうがないだろ、俺しか寝てないんだから!」

「へえ、実クンも『俺』って言うんだ。なんかカッコイイね」

 君は平気ではぐらかす。

「でも、この匂い好き。なんか安心する」

 君は息を大きく吸い込み、目を閉じた。

 直後、寝息を立てているような呼吸を繰り返す。何も知らない子供のような寝顔に僕の意識は吸い込まれる。

 すごくキスしたくなった。

 急に目が開き、大きな瞳が近づく僕の顔を睨みつけた。

「ああっ!今エロいコト考えてたでしょ?」

「な、何も考えてないよ!」

 僕は慌ててベッドを離れた。

「いいよ、またシテも」

「いや、明日も仕事だし、もう寝ないと……」

 頭は休息を求めているが、身体は君の申し入れを受けてもいいと反応している。言葉は冗談かも知れないのに僕は真剣に悩んだ。

「ねえ、はやくキテキテ」

 君は嬉しそうに僕を誘う。

 梨子の左に張り付くように身体を横たえた。

「わあ、ギュウギュウだね。ベッドから落っこちそう」

 君は身体を揺らしてはしゃいでいる。

「当たり前だろ、シングルなんだから」

「じゃあさ、実クン、ボクを抱いて」

 君の言葉はいちいち刺激的だ。

「そうやって密着すればさ、落っこちないで済むでしょ?ボクもその方が安心するから」

「こんなよそのおっさんに抱かれて、安心するの?」

「実クンは『イイおっさん』だから早く」

 君は真顔で言う。それは褒めてるの?

 両手をまっすぐに下げて君は身体を横に向けた。言う通りに僕は懐の中に君を抱える。石鹸の匂いとは違う少女の甘い香りを吸い込み、脳内に安らぎが広がる。

「フフ、ボクたちラブラブ現在進行形の恋人同士みたいだね」

 君は上目遣いに僕を見て微笑む。

「年齢からしたら、絶対に親子だよ」

 僕はきっぱり否定した。君はフフッと微笑んだ。

「ギュッと抱き締めれば、もっと余裕ができるよ」

 僕はやけくそになって力いっぱい梨子を抱き締めた。苦しいよ、死んじゃうよと言いながら、君はキャッキャと笑っている。

 これでは、身体が興奮したまま眠れない。僕は妥協案を身体と相談した。その結果を梨子に告げる。

「寝る前に、キスしていいかな?もちろんディープじゃないやつ……」

 僕の胸の中で君はいつの間にか本物の寝息を立てている。いくらハチャメチャでも無垢な寝顔に悪さはできない。なぜかホッと胸を撫でおろした。

 君の長いまつ毛にそっと口付け、ベッドサイドの灯りを消した。

 この嵐のようなひとときが目覚めた時に全てなくなっていても、楽しい記憶が永遠に残るならそれでもいいと思った。

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