4 キャンバスの中

 小さめのテーブルの上にマグカップが二つ置かれている。二つのマグカップは形も大きさもちがう。ミーちゃんは小さいほうのマグカップをとって、両方の手のひらをあたためるようにマグカップを持ち、自分の口のほうに近づけていく。

 そして紅茶をひとくちすする。

「ねえ、そろそろ卒業なんだよね。どうするの」

「どうしよう」

 部屋の中が急に静かになる。CDが終わってしまったようだ。

 ミーちゃんはマグカップをテーブルの上に置いて立ち上がると、ラジカセのところまでいってふたを開けてCDを取り出した。そしてその辺に落ちているはずのケースをさがしている。

「どこいっちゃったかな。ねえ、そっちのほうにない」

 ミーちゃんはふりかえって僕にこう言う。

 僕のまわりにはそれらしいものはなさそうだ。

「オレゴンのウインターライト」

「何それ」

「タイトル。黒っぽいの」

 僕はテーブルの下にあったCDケースを見つけた。たしかに黒っぽい。オレンジ色の光が暗い部屋の中にさしこんでいる感じ。ちょうどこの部屋みたいに。

「冬の陽か」CDケースをながめながら、僕が小声でつぶやく。

「テーブルの下にあった」

 僕はCDケースをミーちゃんに渡す。ミーちゃんはCDをケースにしまって、それをテーブルの上に置く。

 僕は静かに紅茶をすすっている。

「サード・イヤー・バンド」ミーちゃんが何かを思い出したようにこうつぶやく。

 そして僕に「知ってる」ときく。

「知らない」

「聴こう」

「三年目のバンド」

「ちがうよ。イヤーは耳」

「第三の耳か」

 ミーちゃんはまた部屋の中をうろうろしはじめる。あたりが暗くなってきて、ミーちゃんがぼんやりとしか見えない。部屋の中にはミーちゃんの足音だけがひびく。こんなに暗くなってミーちゃんのさがしているCDは見つかるのだろうか。

  しばらくしてバイオリンの音がひびきはじめた。そしてタイコの音。さっきまでのタブラの音とは少しちがう。オーボエの奏でるメロディが部屋中にあふれだす。さっきよりもエスニックな感じがする。

 ミーちゃんは僕の少し先のほうでマッチをすってキャンドルに火をともした。キャンドルから発する不思議な香りが、絵の具や油のにおいとまじりあって部屋中をつつみこみはじめる。

 キャンドルの灯りに照らしだされたキャンバスの中の女性はまだ僕をじっと見ていた。

「ねえ、この人は誰」

 僕はキャンバスを指さしてミーちゃんにきく。

 ミーちゃんは答えない。

「ユリコって名前じゃないよね」ふと僕はユリコに見られてるような気がした。

「そうだよ。この絵はあたしなの。ユリコ。ミシマユリコ」

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サードイヤー 阿紋 @amon-1968

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