第29話:商業ギルドマスター

 少しするとメリサがお茶を用意して戻る。仕事が早く卒がないのが有能だと分かる、とても見事な振る舞いだった。

 が、やはりあの態度の悪さはどうなんだろうと、流は退出する彼女の背中を見送る。

 紅茶のような香りと味がするお茶を一口飲み、その後でまずは新潟の燕三条でも有名な包丁セットを取り出す。


「これは……なんと言う美しいナイフだ……」


 ファンも横で「すげぇ」と絶句してる。


「そちらは普段使いの使用に適した物ですね。堅い物じゃなければかなり切れますよ」

「そうだろう、これは凄い出来だ。芸術品としても通用しそうだ。それを普段使いとはな」

「それにこれは柄も金属と言うか、全て一つの金属から削って出来ているのか? 刃に浮かぶ切り株のような模様も凄いの一言だ」

「さらに言うと錆びませんよ、それ」

「なんだと!? そんな事が出来るのか……最早飾っておくのが正しい使い方としか思えないぞ」


 それを聞いた流は、「いや大げさな~流石にそこまでは」と思うが、この世界の技術水準を知らない事を思い出し黙っている事にする。


「次は伊万里焼の器と皿になりますね。この艶やかな色使いと模様が特徴で、このタイプなら魚料理等を盛るのがオススメですね。この伊万里の特徴は――」


 伊万里焼の特徴を得意げに語る機会にウキウキしつつも、今は商談の最中なので自重した……と思っているのは本人だけだったが、ここにはそう言うのが「好きな者ばかり」なので問題なかった。

 説明を聞き終わったバーツは、早速皿を手に取って観察し始める。その瞳は実に真剣であり、獲物を狙う猛禽類もうきんるいのようだ。


「これは陶器か? 絵具でも塗ってある……違う! 皿自体に絵が焼き付いてるのか!! 器にこれほど精工な模様が書けるなんて驚きだ。今ウチと言うか、この国で扱っている殆どの陶器は灰色っぽいのが普通でな、それが白い程高級品として扱われる。それがこれはどうだ……絵が書いてあるぞ」

「俺もナガレと会った時は行商の帰りだったんだけどよ、その俺もあちこち行商して回ってるが、これほどの品は見た事がねーぜ」


(お! 意外と反応がいいぞ。この手の技術はまだ無いのか? あまり最初から色々出すのも考え物だしな。なら次ので今回は終わりにするか)


「因みにガラスと言うのを知っていますか?」

「うむ、知っとるぞ。あれだろ?」

 

 ギルドマスターが指した方向を見ると確かにソレはあった、窓にはめたガラス。つまり窓ガラスが。しかしそのガラスは外の景色は良く見えるものの、濁っていて気泡まであり、透明さとはかけ離れていた。

 それを見た流は勝利を確信する。心の中では小躍りしつつ、このチートクラスの商品を出す自分に酔いしれる。


(よっし! あれが基準だな、ふははははは!! 驚けよ~元世界の力みるがよいッ!!)


「ではギルドマスター、これを見て下さい」


 流は一つの箱を取り出すと中からクリスタルガラス製品を取り出す。


「なっ!? なんだこれは!! おい、こ、これは……まさかッ!!!!!!」

「嘘だろ……なんつー透明さだよ……」


 二人とも狼狽しているようで、その後固まってしまう。

 箱を開け中から出て来たのは、全体的に細めのワイングラスだった。その薔薇バラの蕾がすりガラス状に加工された、熟練の職人技が光る一品だった。


「これはクリスタルガラスと言ってですね、特殊な方法で加工した物なんですよ。それで作ったのがこのワイングラスですね。どうです、特にステムとボウルの間の部分の……ココ、薔薇の蕾が開く寸前のような形がまたいい出来でしょう?」

「いい出来か、だと? 冗談ではないぞ! こんな物は王宮でも持ってないはずだ! 凄まじい、凄まじすぎる透明さと意匠だ!! 国宝選定に選ばれても不思議じゃあない!!」


(いやいやいや、そこまで大げさな~ハハハ……え……マジで?)


「ナガレ……お前はマジでスゲー奴だったんだな……」


(ファン、お前もかよ!)


 あまりの食いつきに、流石の流も引き気味だ。まさかここまで食いつくは思ってもおらず、先程までの内心勝ち誇っていた感情が霧散する。


「ど、どうでしょうかね。こんな感じのを売りたいと思うんですが?」

「売れるも何も是非売ってくれ!! これは凄い事になるぞ!!」


 飄々ひょうひょうとした印象だったが、どうやら熱い人だったらしいギルドマスターであった。


「三点共に精工な作りと形は圧巻だな、ナガレの国ではこんな物が普通に使われているのか?」

「ええ、少し値が張りますが結構流通はしている感じですね」

「むぅ……恐ろしい技術力の国だな。戦になったら勝てる気がせんわ」

「いやいや、海の向こうのとても遠い国ですから、それは絶対に無いので安心してください。むしろ戦を嫌う国ですから、戦より交易による経済的な繋がりを大事にする感じですね」

「平和が文化を育てる……か。まあ戦ばかりしているこの国や、周辺国とは大違いだな」


 戦が多いと聞き、立ち回り次第では巻き込まれてしまう。そんな危険性を考えていると、バーツが不意打ちを放つ。


「ところでナガレの国は何と言うんだ? それに海外から来たと言っていたがこの近くならオルドラの港か?」


 適当に異世界において自分の設定を考えていた流は、その問いに内心冷や汗をながす。そしてこれまた適当に、虚実を混ぜて話すのだった。


「国の名前は日本と言います。海洋国家で島国なんですよ。場所は多分見つける事は困難ですね。特殊な方法でしか場所が分からないので、私は道具があるので行けますが、それが無いと海で迷子になりますね。そんな俺の故郷は、色々な品を他国と取引しています。それでこちらの国とも交易出来たらと思い、海を渡って来たんですよ。俺が着いた港は多分そのオルドラと言う場所だと思うのですが、ちょっとしたトラブルがありましてね。急遽その町を出たから良く分かっていないんですよ」


 流の話を聞き唸るバーツとファン。流は「やっちまったか!? 嘘だとバレた!!」と額に冷や汗を浮かべる、が。


「なるほど、ドーレ伯か……あそこで商売をしようと思ったら何を要求されるか分かったものでは無いからな。こちらへ来て正解だったぞ? ウチとしてもナガレのような商人と繋がりが出来て本当に良かったと思っておる」


(よく分からんが、ドーレ伯ナイスアシスト! でもそんな所へ行かなくて良かったな)


「それはありがとうございます。ではお近づきの印として、クリスタルガラスのこのワイングラスをセットでギルドマスターへプレゼントしますよ」


 その言葉を聞いたバーツは、目を見開き飛び上がる勢いで立ち上がる。あまりの勢いの良さに、流は思わずのけぞるほどだ。


「それは本当か!! こんな凄い物をしかも二つもだと!? うおおお生きていて良かった!!」

「やったなバーツのオヤジ! 羨ましいぜ~」


 バーツはウットリとワイングラスを見つめたまま「素晴らしい、美しい」とブツブツ言いながら動かなくなった。知らない人が見れば通報待ったなしの、怪しいオヤジがそこにいた。憲兵さんアイツです!


「ファンにはそのうち面白い物が手に入ったら何かやるよ」

「マジかよ! 楽しみにしてるからな!」


「さて、ギルドマスター。そろそろ戻って来てくださいよ」

「お? おお、悪い悪い。あまりの出来事に我を忘れてしまったようだ……」

「それで今回のこの品なんですが、どの位で売れますかね?」

「うーむ。売れるのは確実なんだが、このような出来の品は初めてだから少し待ってくれないか? 担保金としてセット物を含め、三点で金貨十枚を出そう」


(確か金貨一枚で十万円相当だったか? って事は百万円!? うそーん)


「何を驚く? それでも買い手は恐らく山のように出るはずだ。それでも全く少ない程だぞ? 一応形にしただけだからな。それとこれを持っていてくれ」

「オヤジ、それはまた思い切った物を……」


 ファンが絶句するモノ。それはバーツが出した物は黒い革製で、縦・横十センチ、厚さ三センチほどの小さなバッグだった。

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