第24話:うさぎと約束をしよう

 流が極楽浄土に旅立つ少し前、因幡から美琴を受け取った〆は店の一角にある離れにいた。

 そこには鶴の形に折られた〆と、袈裟の下に紫の衣をまとった見た目は・・・・僧侶がいた。

 男は三十代程の粗暴な顔つきで、筋肉質な体格の良い男が正座をしながら美琴を持つ。

 悲恋美琴には必要が無いが、男は刀身が錆びぬように白紙を口に加え、じっくりと妖刀を検分する。


「〆:それで今回が古廻様の初戦闘でしたが、どこか不具合がありますか?」

「そうじゃな……りも伸び取らんし、刃こぼれの一つも無い。刀匠、美琴殿の恐ろしいまでの技と執念怨念が成せる業だのう」

「〆:そうですか、それは良かった」

「拙僧も美琴殿ほどの刀を打ってみたいものじゃな。しかし見事な刀身よの……試し斬りしたくなるわい」

「〆:それはおやめになった方が良いかと。斬った瞬間――死にますよ?」

「ハッハッハ、それは怖や怖や。拙僧もやっと美琴殿に触れる事を許されたばかり故、少々舞い上がってしまったようじゃ、許されよ美琴殿」


 そう言うと美琴は〝ふるり〟と揺れた。


「それはそうと〆殿、美琴殿を佩剣はいけんする事を許されたと言う御仁……やはり、ここの店主とえにしのお方か?」

「〆:さて……それはまだ分かりかねます、が。可能性はあるかと」

「ふむ、されば拙僧もこうしてはおられんな。また美琴殿に何かあれば何時でもお呼び下され」


 そう言うと「自壊坊じかいぼう」は豪快に立ち上がると、障子戸を開け放ったまま出ていく。

 口元は嬉しそうに歪み、ぶつぶつと独り言を言いながら立ち去る。


「〆:まったく、腕は良いのですが横着でいけませんね」


 そう言いながら〆がふすまを閉めようとした時にそれは来る。

 廊下を照らす行灯あんどんの火を少し揺らしながら、一陣のやわらかい風が吹く。すると障子戸が閉じ、一人の人影が部屋の中にあった。


「〆:あら! あらあら! これは随分とお久しぶりですね。お元気そうで何よりでした」

「…………」


 現れた人影はとてもか細い声で話す。


「〆:ええ、そうみたいですよ。しかしあなたがわざわざ出てくれるとは思いませんでしたよ。

「…………?」

「〆:そうですね、悲恋美琴も満足でしょうね。流様・・もあの方のえにしに深い方だと言うのは、ほぼ間違いないでしょうしね」

「……、…………。でも!」


 すると来客者は興奮気味に話している……ようだった。

 それと言うのも、声が恐ろしく低い。何かを話しているようだが、それが分かったのは一言だけ。


「……!! ……! ……!?」

「〆:命の危機にあわせてしまった。そこは反省しておりますよ。でも流様はよく状況を分析なさっておいでですね。流石はあの方のご親族、そして……いえ、これは今はまだ憶測ですからね、私達の願望を押し付けては無粋と言うものでしょうか」

「……、…………。…………?」

「〆:ええ、それは愚兄よりの報告で判明しました。流様は中伝とは言え、あの業を修められた方です。きっと悲恋美琴を使いこなしてくれるでしょう」


 自壊坊へは濁した言葉も、〆は新たな来訪者には素直に話す。そして新たな来訪者へ、とても親愛あふれる口調で、この後も話が弾んだのであった。



 ◇◇◇



 流はあの後「無事」に風呂から上がると、因幡が休憩所で椅子に座っていた。

 手には厚底ビンの何かを飲みながら、足をぷらぷらして待ってたので声をかけようとした。が、近くに行くと因幡は何か独り言を言っているようだ。


「ふふん、これでボクも大人の女だと言えるのです」


 見ると因幡の手にはコーヒー牛乳があり、それを両手に持ちクピクピと飲んでいた。のみ方が実に子供らしい。


「コーヒー牛乳では大人の女とは言えないぞ? せめてブラックでいこうぜ」


 と、背後から声をかけ耳を根本からしごき上げる。しかし、その大きな耳は飾りなんだろうか? と、疑問に思う。


「ひゃぁぁ!? 何をするのですかぁぁ! 人権侵害ですよの上にセクハラでポリコレものなのです!」

「人じゃないだろう、ウサギのくせに面倒な言葉を知っているんだな」

「もう、馬鹿にしちゃってさ! どうせボクは可愛いだけのうさぎなのですよ」


 自分は可愛いアピールをしっかりしつつも、因幡はさめざと泣く。赤い瞳からはキレイな薄紫色の涙がこぼれる。


「ごめんごめん。因幡があまりにも可愛い姿で美味しそうに飲んでいたから、つい悪戯してみたくなったんだよ」

「もう! お客人は酷い人なのです!」

「ほら、そう泣くもんじゃない。目が真っ赤じゃないか」

「それはボクが白ウサギだからなのです」

「ハッハッハ! 違いない」


 どの口が慰めているんだと、〆がいたら突っ込むだろう。

 だが流はふと思い出すように、一つの提案をする。それは異世界ならではのものだ。


「今度あっちの世界で美味しそうなニンジン見つけたら、お土産に持ってくるから許してくれよ。な?」


 そう言うと因幡の頭を優しく撫でた。すると因幡の顔がパッっと明るくなる。とても分かりやすいお子様だと、流はホッコリとしつつも因幡を撫でる。


「わ~本当ですかぁ? ボクあっちの世界のニンジンって一度食べて見たかったのですよ! 楽しみだな~! お客人、絶対だよ、絶対なのです!」


 その後、機嫌が直った因幡と卓球をして一緒にフルーツ牛乳を飲む。

 以外にも本物の果物が贅沢に使われており、この味はなかなか出せないと唸る。

 一通り遊んだあと因幡に案内されて、流が目覚めた和室へと戻って来た。

 

 メンテナンスに出した悲恋美琴はすでに枕元に置かれており、心なしか鞘の桜が色艶に磨きがかかったようだった。


「悲恋美琴……か。時間にして二日くらいか? 持って間もないが、美琴が手元に無いと妙に不安だ。なぁ美琴、お前も俺と離れるのが嫌だろう?」


(妖刀故か? 妖刀さんの力解放してんのか、追加効果:魅了ってか? こわーい)


 そんな事を思う流。するとどこからともなく、冷気がジットリと背中にまとわりつき、ブルリと流は全身を震るわす。

 寒さの原因は妖怪屋敷だからか、はたまた謎の怪奇現象か……? 流は考えるのをやめて寝る事にした。


「不思議なこともあるものだ……」


 そうつぶやくと、さらに冷気が強まる。流は思う。怪奇現象は「枕元の黒い棒」からやってくると。

 またそんな事を考えた瞬間、冷気が一段と強くなったので、何も考えず寝ることにしたのだった。

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