第23話:たぬきの信楽焼はいろいろデカイ
「こいつは驚いたな……まさか傷が完治するとは」
流はそう言いながら、傷口をさする。少し強めにつねっても、もとの肌に戻っているのが不思議だった。
それに感動し、別な風呂も沢山あるのを思い出す流は、毒の沼地から脱出する。
誰もいないのをいい事に、流は奇声をあげつつ風呂場を回る。
ふと目の前にいい香りがする風呂を発見。すぐにそこへと飛び込む。マナーがなんとかと最初に思っていた男は一体どこに消えたのか?
「やっぱり
しばらく堪能してからワイン、牛乳、電気でシビレて信楽焼の壺風呂に来てその出来に目を魅かれる。
「この火色が良い味出してるな、そして武骨ながらも滑らかな曲線が丁度湯舟に入ると遠くの山が雲海をまとっているかのようだ……狙ったかのような黄と緑の色が秋を感じさせる。本当に面白い作者だな」
などとブツブツ独り言を言っていると、突然隣から「おい、小僧」野太い声がした。
「……あぁ~、そろそろ露天風呂でも行こうかな」
「オイ! 小僧、聞こえているんだろ? こっちを向け!」
「えぇぇ? やっぱり動くのかよ、しかも喋ってるし……」
右隣を見るとそこには巨大な信楽焼の狸がいた。しかも二つ付いた巨大な金〇は湯舟になっており、なみなみと湯をたたえている。
「お前、ワシを見て見ぬふりしとったろう? なぜだ? 早ようワシの湯にも入らんか! ワシに入れば打身や怪我、疲労回復は無論、最大の効能は絶倫になれるぞ? ワッハッハッハ」
「なぜ焼き物が話をしている? ハァ~、まぁ妖怪屋敷だからなここは」
「小僧、ここは妖怪屋敷じゃないぞ。由緒ある骨董屋さんだ! さぁ、入って来い! ワシの玉袋の中へ!」
「すっごい響きが嫌なので嫌です、ええ、絶対嫌です。玉袋・ダメ・絶対」
「小僧! 入らず嫌いは一生の恥だぞ?」
「はいはい、そうでしたね。じゃあそう言うワケで露天へ行ってきますんで」
そう言うと流はそそくさと退散した、背後からは「待て! ちょっとでいいから入って行け!」と叫び声がした。
が、多分気のせいだと思う事にして、風呂の中央にあるコロコロ回る石の場所に来る。高さは二メートル程で、回転している石の隙間から酒が湧き出ていた。
流は背後から迫る存在に、振り返らず語りかける。
「フローティング・グラニットボールって言うんだったか? この妖怪風呂なら自然に湧き出てるんだろうな……」
「そうだぞ、小僧。この『楽酒玉』からはどんな酒でも湧いて来る。ワシも良く呑んでおるわい」
そう言うと狸風呂は豪快に笑う。見ると巨大な狸の〇玉風呂は歩けるサイズにまで縮まっていたが、それでもなみなみと湯は入ってた。
「焼き物が酒飲むのかよ」
「ワッハッハ、そう言うな。こいつはな、酒が流れとる所の横に丸い石が付いてるだろう? そこを触りながら欲しい飲み物を念じれば何にでもなる。海洋深層水でも富士の名水でも湧き出るし、濃縮ジュースは無論、どんな珍妙な酒でも望めば大抵の物は湧いて来おる」
「有名酒蔵も真っ青だなそれは。じゃあ折角の露天に入るし、冷酒がいいな」
流は適当にオススメの冷酒をと思いながら石を触る。すると一瞬勢いよく石が回り出した後で、目的の酒が湧いて来た。
湧き出た日本酒は、宮中晩餐会で振る舞われたという一品。その純米大吟醸の香りはとてもフルーティーで、味わいも深く一口飲めば笑顔があふれる。
「凄いな、本当に出たよ」
「そりゃぁ出るわい、数百年の間一度も枯れた事ないからのぅ」
楽酒玉からは
後ろから野太い声で、「ワシの所にもそのうち来いよ!」と豪快な笑い声が聞こえた。
風呂をおおう四阿を出ると、そこは違和感の塊だった。
すぐそこの浜辺では波の音に蛍が静かに踊り、不思議な光に照らされた桜が舞い散る。
さらに紅葉した広葉樹が見頃を迎え、遠くの山には雪が降り積もり、大文字焼がなされていた。
「なんでも詰め込めばいいってもんじゃねーだろうが……」
露天に入るとじんわりと温かく、何時までも入っていられる適温だった。体温よりやや暖かくなっており、ネットリとまとわりつくような感覚。
さらに花と柑橘系の果実のような、甘く安らぐ香りがあたりに広がっている。
「あ~ナニコレ最高すぎる~。これってあれだな、まさに『ここは極楽』ってやつだなぁ」
と、流は何気ない一言をつぶやいた瞬間、周りの景色が一変した。そう、極楽浄土に。
(オレ、死んだのかな……湯あたりして……)
辺りには天女が舞い踊り、甘い香りと不思議で心地よい音色が響き、とても魅力的な果物を
その表情は男女とわず、見るものを魅了し視線を外す事ができない。
(あ……ぁ……なんか、もう……なんでもいいや……)
全てがどうでもいい感じに思えて来た頃、どこかで聞いた声が聞こえた。その様子は随分と焦っているようで、まるで警報アラームのように叫ぶ。
「〆:……様 ……古 ……古廻様!! 気をしっかりとお持ちになってください! そこはあの世の入り口ですよ! さあ、早く『元に戻れ』と言ってください!!」
「は……へ? あの世……ハ!? 体が透けている!! も、も、元に戻れ!!」
すると薄絹をまとった天女や極楽浄土は消え失せ、元の四季の風流が詰め込まれた露天になった。
ふと見れば、そこには金色の狐の折り紙が浮かんでいる。
「何だったんだ今のは……自分の存在が消えていくのを思いっきり感じたぞ……」
「〆:ふぅ~、ご無事で何よりでした。今まさに古廻様はあの世へ旅立つ寸前だったのです。あのままもう少しあの場所でお湯に浸かっていたら肉体は消滅し、魂の旅へと行かれたでしょうね」
「おいおい、なんだこの風呂は……」
「〆:ここは願いの露天と言いまして、言葉が現実になる場所なのです。例えば古廻様『花火を上げてくれ』と言ってみてください」
「ふむ、じゃあ花火よ打ち上がれ! デカイのを景気よくな!」
すると夜空に大輪の花火が連続して上がり始める、しまいにはナイヤガラまで始まった。
「これは凄い……な。でもお前が花火を見たいと言っても大丈夫だったろ?」
「〆:でございましょ? 私が言っても何もならないのは、
一瞬、そのことを口に出しかけた流は、右手で口を塞ぎコクリと頷く。
「〆:やはり……先ほども言いましたがここは言葉が異常に力を持つ場所なので、物騒な事は言わないでくださいましね」
「分かった。危く死にそうになった。あ、これもまずい?」
「〆:いえ、断定的な物言いに近い感じじゃない限りは大丈夫ですが、判定は曖昧なので実際は良く分かりません」
「おいおい、そんな場所を風呂にすんなよ……」
「〆:ふふふ、でもご無事で良かった。しかし異世界二日目で命の危機に何度も遭われながらも生還するとは、運がお強いですね」
運が強い? その言葉で流は異世界での出来事、「幸運値:あらすごい」を思いだす。
「そう言えば、俺が魔物を倒したのを知っているな?」
「〆:はい、存じております」
「その時に巻物が出たんだよ、異世界言語理解と同じ奴がさ。その時に壱ってお前みたいなのがいたんだが、〆の知り合いか?」
「〆:えぇ、私の兄ですね。おかしな関西弁を趣味で話す困った愚兄です」
「やっぱりか、血の繋がりを感じたからな」
「〆:失礼な! 私の方が遥かに高尚ですよ」
(ふふふ、コイツも自分の事は分かっていないんだよなぁ)
流は他人が聞いたら「お前が言うな!」と、突っ込まれるような事を内心思いながら話を続ける。
「それでその壱がさ、ステータスを見せてくれたんだが、どれも抽象的すぎて意味が分からないんだわ。特に幸運値? が『あらすごい』だぜ? 意味不明すぎだろ?」
「〆:えっと……? ま、まあ多分それのお陰ですね、何度も命が助かっているのは」
「そう言うものか。まぁいいや」
そう言うと流は升酒を呑み干す。するとお盆に乗ったおかわりの升がスーっとながれて来るのだった。
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