第22話:チート温泉
「〆:うふふ。それと古廻様、因幡はあちこち食べさせてくれますが、背中から食べるのは止めてあげてくださいね。昔この子が神様に悪戯されて、怪我した背中を塩水漬けにされて酷い目にあってからトラウマなんですよ」
パン人間よりサービス精神旺盛な神様。そんな白いモフモフの体の神秘を考えつつも、やっぱり「神話の話ってあるんですね」と、流は遠い目で庭を見る。
そんな流の視線に気がついたように、楓の下にある青竹の
「ともあれ、因幡ありがとう助かったよ。あの時因幡から力をもらったから戦えた。もしあれが無ければ、俺は死んでいただろうな……そういう戦いだった」
「そう言ってもらえて良かったのです。ぼくも大事なしっぽを、美味しいと言ってくれて嬉しいのです」
そう言うと因幡は〝ぴょん〟と一度飛び跳ねると、
そんな因幡だったが、大事なことを思い出すように両手をポムと合わせると、流の右手を握る。
「そうだったのです。お客人をお風呂に連れて行って、傷を直さないといけないのです」
「あぁ~そう言えばそんな事を言っていたな」
「〆:お風呂の準備が整っております。案内は因幡が致しますので、不明な点は彼女に聞いてください」
「そうか、じゃあ因幡頼むよ」
「はーい。お客人こちらなのです」
すると何も無かった壁だった所が入口になり、その奥に廊下が続いていた。
「本当に何でもありなんだな……」
「当店自慢のどこでも回廊なのです! 便利ですよ?」
「便利すぎて普通の生活に戻るのが怖いわ。時に、俺は何時間寝てたんだ? 時計もスマホも荷物袋に入れっぱなしで見てないんだわ」
「そうですね~。一日ちょっとなのです。着ていたものは洗濯して枕元にあるですよ」
「そんなに寝てたのか……。それより、因幡は仕事が早いうさぎさんですね」
「えへへ~なのです」
因幡は照れながら風呂場の前まで案内する。暖簾をくぐると、正に大浴場がそこにあった。
正面には
薬湯・打たせ湯・電気風呂・炭酸風呂・滝湯・足湯・寝湯・ゆず湯。さらにはワイン風呂や牛乳風呂まであり、サウナと水風呂まである。
この風呂は、
さらに奥には日本庭園のような露天風呂があり、あそこに入ると大きな池に入っているんじゃないのか? と思うような作りだった。
「これはまた凄いな! 一人で入るのはもったいない感じがするな、因幡も一緒に入るか?」
「だ、ダメですょ! 年頃の娘を風呂に誘うなんて、いけないのです!」
「そうは言ってもモフモフウサギだからなぁ。つい忘れていたよ」
「もぅ! これは本当の姿ですけど、仮の姿でもあるんですからね。本当のボクは綺麗系なお姉さんなのです」
「なにが本当で、どれが本当なのか俺は分からないのです」
(お子様は背伸びしたがるって言うし……でも神話のウサギなんだよなぁ? う~む)
などと因幡を見ながら流は考える。どう見てもただのウサギが、大きくなっているようにしか見えない。
ふと右手の重みを感じ、その手に悲恋美琴を握っていることに気がつく。
「そう言えば美琴はどうしたらいい? まさか風呂にまで持って行く事は無理だろう?」
「えっとですね、美琴さんは妖刀なので、水でもお湯でも塩水でも全部浸かっても問題ないのです。だから血糊が付いても浄化しちゃうのです。あ、そうでした。先日の戦闘がとても激しかったと聞いているのです。なので少しお手入れをしたいと番頭さんが言っていたので、少し美琴さんをお借りするのです」
聞いた? 誰に? と思いながらも、流は悲恋美琴を因幡へと手渡す。不思議な事に、悲恋美琴は何も抵抗も呪力を発すること無く、因幡の手に収まる。やはりこの店の住人は何か違うようだ。
「それは構わないが、因幡は美琴を持てるのか?」
「うん、持てるのですよ。美琴さんが触れる事を許してくれる者なら誰でも触れるのです」
「そうか、じゃあ良く見てやってくれ。本当に今回は美琴に命を救われたからな」
そう言うと流は美琴を一撫でしてから因幡へと渡す。どこか名残惜しそうに、美琴は少し震えるが、そのまま静かに因幡が抱きしめるように持つ。
「お任せあれなのです。では『
「至れり尽くせりだな……」
「それとまず最初は薬湯に入ってほしいのです。あれは、ぼくが調合した傷に効くお薬が入っていますので、最低五分は入ってほしいのです」
そう言うと因幡は美琴を両手に持つと、廊下をトテトテと戻っていった。
「どこから入ろうか迷うな。っと、薬湯からだったな」
流は掛け湯で体を清めてから浴槽へ向かう。これをしない人がたまにいるが、他人が同じような事をしているのを見たら嫌にならないのだろうか? と流は何時も思っていた。
「え~っと……毒の沼地?」
浴室に数ある風呂の中で、一つだけ風呂というより、沼地みたいな場所があった。
そこは風呂の回りに雑草が生いしげり、ポコポコと水面が泡立つ。紫色でだ。
匂いもまた独特で、嗅いだだけで「体に悪そうな臭気と刺激」に襲われる。だれがどう見てもこれは毒の沼地そのもの。
「これ、入ったら即死しない? でもなぁ」
そう流がいうのも無理はない。なにせ何もかも、全てが毒の沼地なのだから。
あの可愛らしい白うさの因幡が、そんな悪戯をするとは思えず、流は覚悟を決めて入ることにする。
「よし……入ってやる。俺は入るんだああああああ!!」
そう叫ぶと、脇腹の痛みをこらえつつジャンプして毒の沼地へとダイブ! 紫の沼地が、水分とは思えない〝どろっ〟とした、言いようのない気持ち悪さに体が沈む。
一瞬パニックになりかけた流だった。が、次の瞬間――。
「ふぉぇぇぇぁ~。なんて気持ちいいんだぁ……」
毒の沼地が流の体を最高の状態でホールドする。それはお湯(?)なのに、まるで空中に浮いているかのように、毒の沼地の中で適度な圧縮で体が締め付けられる。気分は漬物。しかもきゅうりの浅漬だ。
「ぎも゛ぢい゛い゛~なんだこれ……臭いのに、最高の気分だ……」
思わずそんな声が漏れるほど、体の隅々に行き渡る究極の癒やし。見た目は最悪だが、本当に心身ともに回復していくのが実感できるのが凄い。
まず疲弊した心が、なんとも言えない満ちた安らぎに包まれる。そして打ち身や打撲。さらに蹴られた時の内蔵が損傷した不快さまで消え失せる。
そして一番の損傷箇所である、えぐられた脇腹の傷だが――。
「うっそだろ……痛くなくなった。しかも……」
流はゆっくりと傷跡へと指を這わせる。するとあれほど裂けていた傷跡が、綺麗サッパリと消え失せ、元の健康な肌になっていたのだった。
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