第21話:漢は思い出す。ゾっとした一日だったと

 迫る緑色のカエルの置物は、「らぶり~」と叫び流の顔面に直撃! 衝撃と痛みで背後へひっくり返り、急いで上半身を起こす。

 そして店内を見て流は固まる。それは異様な光景だったのだから。

 〆を中心とし骨董品がずらりと並び、流へと語りかける。


「小僧。我らの加護、安くはないぞ?」

「然り然り。此度こたびは特別ぞ?」

「へぇ、やるじゃないの。ならコレも持っていきなさい」

「み、みんな。もっと素直に送り出してやろうよ?」

「フン。せいぜい俺たちを楽しませろ。いいなガキ?」


 この五つの声を皮切りに、骨董品たちは口々に流へと言葉をかける。その騒がしくも、祭りのような賑わいにただ見ている事しかできない。

 やがて〆が全員を黙らせると、敷居の手前まで来て折り紙の頭を下げた。


「〆:愚物ぐぶつどもが失礼いたしました。どうかご無事のお戻りをお待ちしています」

「ま、待て! 俺はまだ行くとは言ってないぞ!!」

「〆:ではよい旅を。必要なものはそのリュックへと入れてあります。それと手助けになる骨董品も入っておりますので、あとからご確認くださいまし」


 そう言うと〆は手を振り流を見送る。それに流も右手を出し、無駄に装飾が派手な引き戸へと手をかけようとした瞬間。


「きえ……た……」


 流は消えた引き戸を開くように、右手を宙にすべらせる。だがそこには何もなく、虚しく右手は空を切る。その時、右手の中へと鉾鈴が消え去った衝撃も合わせ、わなわなと震える右手を戻すことが精一杯だった。

 少しでも気を落ち着かせるように、右手に悲恋美琴。左手には薬局にあるようなカエルの置物。

 その二つを持ち、流は状況を整理するために、自分のパーソナルデータを思いだすのだった。




 ◇◇◇



 

 ――そして現在へと意識を戻す。

 今いる贅沢な客間を見渡し、ここは〝異怪骨董やさん〟だと認識。だからこそ、この思い出は事実だと再認識する。


 思い出せば思い出すほど、とても本当にあったことなのか? と、首をかしげたくなるような出来事の数々。

 ジジイ流と名付けた「必殺」の剣術で、敵を殺したことが事実なのかとすら思う。だが現在も感じる鈍い痛みが、あれは本当の出来事であったと思い知る。


「そうだったな、そこから俺は旅立ち――ひどい目に合った!! あんの女狐めぇ、許せんッ!!」

「〆:まぁまぁ。なんと言うことでしょう? そんなヒドイ女がいるとは、恐ろしいことです」


 まるで見計らったかのように、入り口から飛んでくる一羽のツルの折り紙。まるで恐ろしい存在がいるように、恐怖に震えた声で話すのが憎々しい。

 流はその声の主、〆をジト目で睨むと、呆れた声で話しかける。


「鏡の前に立ち、それを指差し『お前かああああ!!』と言えば、すぐに会えると思うぞ? それにしても随分じゃないか〆。おかげで楽しい異世界ライフも堪能しつくしたわ」

「〆:お褒めにあずかり光栄です」

「褒めてはいないがな? ったく、それで俺は家に帰れるのか? もう満足したし、ここへも帰ってこれた。これは十分に帰宅する事はできるだろう?」


 その言葉を聞き、〆は静かに話し出す。そう、流の本当の気持ちを。


「〆:古廻様、落ち着いてよくお考えくださいまし。貴方様は本当にあの世界で『やりのこした事』はありませんか? 例えば……その、枕元にあるペンダントの事とか」

「……〆よ。お前は本当に嫌な女だよ。ああそうだ。確かに俺はやり残したと言っていいだろう。だが、ただの約束だ。心は満足したのは間違いない」

「〆:なるほど。ではこういたしましょうか」


 そう言うと〆はどこから取り出したのか、小さなハンドベルを〝ちりん〟と鳴らす。

 瞬間ゆがみだす客間。そして現れたこの店の玄関そのものだった。

 相変わらず通りの向こうには人が往来し、この部屋は夜だというのに玄関の外は明るい。

 

「〆:向こうまでお連れするのも、そのお怪我では酷というもの。こちらへ玄関を喚びましたので、ご自由におためしくださいまし」


 流はそれを見ると、おもむろに美琴を片手に立ち上がる。その際すこし痛みで顔をゆがめるが、特には問題はないようだ。


「美琴は俺が持っていても?」

「〆:ええ、そのままお帰りくださいまし」

「そうか……世話になったな」

「〆:はい、またすぐにお会い出来ることを、心より楽しみに・・・・・・・しています」


 とても嬉しそうに言う〆に、流は違和感を感じつつも、目の前の「自由」に心がおどる。

 これでやっとこの異常な世界から脱出できるのだと。そして引き戸を勢いよく開き、その向こうを見て――。


「おぉ。日常が目の前に……」


 自分が素足なのも忘れ、そのまま外へと一歩足を踏み出す、が。


「〆:お帰りなさいまし古廻様♪ 多分こうなる気はしていました」

「あ、ありのまま起きたことを話すぜ。なにがおきたのか分らないが、クソったれな店を出たと思ったら、またその部屋の中にいた……」

「〆:ス○ンドでも使われたんですかね? 恐ろしいことです」

「おまえ、こうなる事を知っていたな?」

「〆:まぁ、当然それはそうでございますよ。なにせ向こうでやり残した事があるのは、間違いないでしょうからね」


 そう言われて流は、枕元にある金色のペンダントを見る。赤い宝石が照明の光を吸いこみ光り輝く。それはあの娘の笑顔を思い出す、十分に魅力あふれる輝きだった。


「ふぅ……そうだな。自分の心に嘘を付くほどマヌケな事はない。そうだ、俺は異世界に未練がある」

「〆:はい。ではあちらへと向かう前に、そのお体を完治させてしまいましょう。因幡いなば、古廻様を浴室へとご案内してちょうだい」

「は~いなのです。お客人、無事でよかったのですよ」

「お前は……妖怪・白うさちゃん!」


 因幡は温泉マークの付いた半被はっぴを羽織り、不満そうに右足を高速で三回、畳へ〝スタタタン〟と打ち付ける。そして両手を広げ、不満を身振りで表しながら流へと文句を言う。


「ぼくは因幡なのです! おいしい缶詰じゃないですよ? これでも神様の一柱なのです! 馬鹿にしちゃってさぁ~」

「〆:そうですよ古廻様。この子は因幡の白うさぎ。伝承のアレです」

「やっぱりアレなのか。どこからどう見ても『アレ』だな」

「あのぅ~ぼくをアレ呼ばわりするのやめてくれます? ヒドイのです。それにぼくは、キレイ系のおねぇさんなのです!」


 何かおかしな主張をする白兎を、流は舐めるように見つめる。恥ずかしいのかなぜか胸の部分を両手で隠し、モコモコのくせに頬を染める。もふもふのくせにッ。


「妄想が激しいのは理解したが、それより因幡。尻のモフモフが食べたい。クレ」

「え~。まだちゃんと生えていないからダメなのです。それにお腹がへったから、食べるものでもないのです」

「面倒なヤツ。まぁ生えてないのは仕方ない。分かった、楽しみだなぁ 因幡のお菓子は。生えたらくれ、特盛で!」

「ぼくのしっぽは牛丼じゃないのです」


 そう言うと因幡はさめざめと涙をながす。本当にヒドイ漢である。


「〆:もう何をしてるんですか古廻様は。この子が泣いてるじゃないですか、ほら可哀そうに目が真っ赤ですよ」

「いや、白ウサギだから元々だろ?」

「〆:それもそうでしたね!」


「「あーはっはっはっは」」


「もう! 二人して酷いのです! もう知らないのです!」

「〆:ごめんなさいね、ついつい面し、いえ仲がよろしいのでついね」

「ついが何度あるのですか! 番頭さん、ひどいのです」

「〆:ふふ、ごめんなさいね。それにしても古廻様が、幼女の尻をむさぼる趣味がおありと存じませんでしたが、あちらの世界では程々にして下さいませよ? 流石に幼女趣味はあちらの世界でも、異常と思うので」


 幼女? 流はよく知る単語と、目の前のモコモコを見て数瞬考えたのち、何かが違うと叫ぶ。


「ちょっとマテ! 幼女? 因幡が?」

「失礼な、ぼくは幼女じゃないですよ。本当の姿は一度見たら夢に確実に出るほどキレイ系なおねぃさんなのですよ!」

「〆:でも今は幼女なんでしょ? 今後の成長に期待ですね」

「あ~ぅ~」


 因幡はしょんぼりとした顔になり、長いお耳がシュンと垂れてしまった。


「そ、それはすまなかったな。でも美味かったのは事実だから元気出せよ」

「それは慰めになっていないのです」

「〆:古廻様、幼女であろうがなかろうが、女の尻をむさぼる行為は如何なものかと思いますよ? しかも無許可で」

「ちょっとマテ、人が聞けば誤解されるような言い方はよせ」


 因幡はお尻を両手で隠し、なぜか恥ずかしそうにしている。モフモフのくせにッ。

 そんな因幡を流と〆は可愛い動物をみるような、優しげな瞳で見つめるのだった。

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