第18話:悲恋美琴の秘密
「くっ、なんだそのヤバイ箱は……まるで……」
「〆:お待ち下さい! その箱に今はお触りになりませぬように」
「ッ!? 分かった。だが一体それは?」
〆の叱りつける声で一瞬おどろく。だがあのまま触っていたら、きっとよくないことが起きたと確信できるほどのヤバさがある。
「〆:その前に、古廻様がここへと『喚ばれたワケ』をお話します。まずはそこに置いてある鉾鈴……それが全ての原因です」
「これが? いや、今なら分かる。おまえを始めとしたこの異常な空間と、骨董品の数々。それらが俺に何かをしたとしても不思議じゃない」
「〆:はい。その骨董品は、この〝異怪骨董やさん〟でも特別な品。いうなれば、これを『守り伝えるため』に存在していると言ってもいいでしょう」
「そんな重要な骨董品がなぜ俺に?」
「〆:そうですね。ただ……選ばれた、としか言いようがありません。これは貴方様、つまり古廻一族に縁深きモノなのです。それが代を重ねてもこれまで無反応だった……しかし、貴方が条件を満たしたと判断したのでしょう。それで喚ばれた。と、そう認識しております」
「どう言うことだ? そもそもなぜ俺の名を知っている? 分からないことばかりだ」
流は右手で頭をかかえ、テーブルに置いてある鉾鈴を見つめる。その様子を見た〆は、諭すように優しく語り始めた。
「〆:信じてはもらえないとは思いますが、私たちは貴方様の来るのを、数百年お待ちしておりました。それもひとえに鉾鈴を再び使える方が、現れると言うことを願いながら……」
「コイツが俺を喚んだ? いや、〆が言う事が嘘とは思えない力を実感している。コイツは俺に力を与え、そして何をさせようと言うんだ?」
「〆:前後して申し訳ありませんが、その答えを話す前に、そちらの箱を御覧くださいまし」
〆に言われたもの、それは今ほどワシが運んできた長方形の桐箱だった。長さは一メートルほどであり、紫のふさが付いたヒモで結ばれている。
それを見る流は思わず生唾を飲みこみ、額に嫌な汗を浮かべた。
「そうだ、さっきから俺はこの箱を見ないようにしていた。だが、一度見てしまうと魅入られる。思わず手が出そうなほどにな」
「〆:やはり……」
〆はそう呟くと、覚悟を決めたように流へと話し始める。
「〆:古廻様。この箱の中身の骨董品も、貴方様に惹かれたのです。もし、本当に覚悟がおありなら、どうぞ箱を開封してくださいまし」
「……もしだ……もし、
「〆:死にます」
流はその言葉にショックを受ける。いや、正確に言うと「それだけなのか」と言う感覚だった。
この箱の中にある品は、「死」というものを当たり前にするモノ。例えるなら「死そのもの」であり、その延長線には言いようもない不安。つまり呪力のような力を感じたからだ。
しかし骨董狂いの男にとって、死よりも好奇心が勝ってしまう。本人もこの感覚に呆れつつも、先を見たい。だからこそ――。
「なら問題ない。それで済むなら安いものだ。この箱の中身はこの鉾鈴同様、俺が持っていなければならない気がする」
「〆:そうですか。ええ、そういう事なら是非もありません。どうぞ古廻様のお心ままに」
「わかった。では開けさせてもらうぞ」
そっと箱へ右手を伸ばし、紫のヒモへと触れる。その時、紫電がヒモからほとばしり、一瞬明るく視界をそめる。
流はその蝶結びのヒモを両手で引くと、そのまま勢いよく解く。そして箱のフタに手をかけ、「封呪」と書かれていた札をそっと剥がし開封した。
――瞬間、濃密で〝どろり〟とした血のような赤い空気の塊と共に、箱のすきまより人の顔が覗く。
流は驚き、思わず箱から手を放す。が、そこには何もいない。ただ黒く光りを放つ日本刀が納められていた。
その事に〆は驚きと共に、そのさきを静かに見つめている。そして流が固まっている表情から今後を予測するが。
(認められたと言うのですか、あの妖刀に。やはりこの方は……いえ、まだ
〆がそう思うのも無理はない。目の前の漢は息をするのも忘れているのは? と思えるほど体が硬直し、その目は念望がかなったかのように見開かれていた。
――古廻流はこの瞬間を一生忘れないだろう。そう言う出会いだった。陳腐な言い方をすれば『運命』と言うべき物との
それは新月の夜を纏ったような、会津塗りの
さらに目線をずらした瞬間、その芸術的な物に目を奪われる――。
柄は青葉を思わせるような艶やかな糸で織り込まれており、
流は突如現れた至高の一振りに、文字通り魂を鷲づかみにされる。
それが刀、つまり「無機質の塊」だと頭では理解しているのに、何故かそれが一人の儚げな娘に見えた。
その娘の、あまりの――芸術的と言うありきたりな表現が最初に思いつく。
が、それ以上考える事を放棄して
「こいつは……」
流はそう苦しそうに一言ひねり出すと、震える右手を引っ込めてしまう。そして〆へと問いただす。
「〆、正直に答えてくれ。この日本刀は『生きている』な? しかも普通じゃない、こいつは妖刀だ。しかもただの妖刀じゃない、俺もジジイの
「〆:ええそうです。この妖刀の銘は悲恋・名は美琴。妖刀・悲恋美琴と言います」
「銘と名がある? ……詳しく教えてくれ……因みに、この妖刀の由来を聞いても?」
流の問に〆は頷く。折り紙なのに器用なやつと思いながらも、流はその言葉の続きを待つ。
「〆:うふふ、それにしてもよく妖刀だとお分かりになりましたね。え~っと、江戸中期頃に高名な刀匠おりまして、その刀匠は
当時の刀匠の事を思うと、その行動も理解できた。だから流は一つ頷き黙って聞き入る。
「〆:ところが何を思ったか、その刀匠は女人の体の神秘にのみ刀を昇華し、至高の一振りに出来る事を突き止めたらしいのです。現在は失伝したため製法は不明ですが、その製法を、自分の娘に一子相伝した結果が功を成しました。そして出来たのがこの刀と言うわけです!!」
そう〆は淡々と説明を終えると短い両手を広げ、雨雲が晴れ光が差し込むような声で、朗々と宣言するのだった。
だが流は思う。確信の部分がまったく語られていないと。
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