第17話:しろい和菓子と、怪しげな箱

「お、俺の体の中に入っちまった……。うおおおお!? どーなっているんだ! 大丈夫か俺、大丈夫か右手? つか、出てきてくれ! って、出た!?」


 流が心底そう思った瞬間、右手がまた光だし陽炎のように空間がゆらめいた後、鉾鈴が出現する。

 その冗談のような光景に唖然とし、右手に収まっている感覚を強く握ることで感じる。それが本物なのだと。


「〆:うふふ。驚きになられたようでなによりです」

「驚くわこんなん。それでここが妖怪屋敷なのは分かったが、一体この場所は何なんだよ?」


 〆は少しムっとした感じで、その問に答えを返す。


「〆:失礼な! ここは由緒ある〝異怪骨董やさん〟です。妖怪屋敷と一緒にしないでいただきたいですね!」

「へぇへぇ。『怪』は付くけど分かりましたよ」

「〆:失礼なかたですね、本当に。まぁいいでしょう、ここは異怪骨董やさんと言う場所になります。まぁまずは落ち着いて、そこにお座りくださいな。因幡いなば、古廻様へお茶をお出しして頂戴」

「は~い。分かったのです」


 〆が店内へよく通る声で、「因幡」と言う存在へお茶の準備をさせる。

 すると店の奥から若い娘の声がし、そのあとすぐに頭にお盆を載せた白いものが現れた。


「よ、妖怪だ! 妖怪白ウサギが現れたぞ!?」

「あ~! 酷いことを言うお客人なのです。ボクは因幡。ここのお手伝いをしているのです」

「う……ウサギが喋っている……」


 因幡と呼ばれた白いもふもふ。それは身長百五十センチほどで、赤い目が特徴の白いウサギさん。

 その因幡が頭の上に、輪島塗りの朱色の盆をのせていた。その盆には黒地に星がちりばめられた見た目に、ふちの金覆輪が実に見事な油滴天目ゆてきてんもく茶碗に抹茶が香り立つ。だが、これはどう見ても――。


「――オイ、マテ。この茶碗……まさか国宝じゃないのか?」

「さぁ? ボクは分からないのですよ。番頭さんこれ国宝なのです?」

「〆:え~っとたしか……。ああ、そうそう。これの対になるものが、大阪の東洋陶磁美術館が所蔵していたはずですね」

「ちょ~っとマテ。ウェイト。あれにもう一対存在してたのか!?」

「〆:ええ、豊臣秀次に渡ったのがコレと国宝指定のモノの二つ。こちらが出来が良いので、秀次から平和的に・・・・いただきました」

「何を言っているのか分からんが、とにかく酷いことを言っているのは理解した」


 〆は「失礼な」とお怒りのようだが、流へと茶をすすめる。そして思い出したように因幡へと茶菓子の用意をさせた。


「〆:そうそう。これから体力が必要になる・・・・・・・・でしょうし、因幡の和菓子をお出しなさい」

「う~ん、仕方ないのです。じゃあちょっと待っていてほしいのです」


 因幡はそう言うと、クルリと後ろを向き奥へと去っていく。その可愛らしい尻には、まあるいモコモコのしっぽが可愛らしく、流はホッコリとした気持ちになる。

 少しすると因幡が濡れたような青色のツヤが美しい、紀州塗りの皿の上に白い〝ふんわり〟とした和菓子を持ってくる。実にうまそうだ。


「はいどーぞなのです。この和菓子を食べるとね、すっごく元気になるのです」

「へぇ。和菓子なのにこのふんわりさは見事。まるで綿菓子のようだ。ではさっそく……ッ!? うんまああッ! なんだこれ、菓子とは思えない濃厚な旨味の塊。まるで最高級の黒毛和牛……いや、それ以上の満足感だ! 菓子なのになぜそう思うか不明だが、これは一体……」


 流は一口食べただけで、その旨味と上品な味わい。さらに最上級の和牛よりなお数十倍、濃密にして濃厚な、まるで肉を食べたような満足感におそわれた。

 それをあっという間にたいらげると、茶を一口のみ落ち着く。


「実にうまかった……こんな茶菓子を食べたのは初めてだ。おかわりは無いのか?」

「え~? 美味しかったのは嬉しいのです。でも、もう今日は無いから違うの持ってくるのです」


 それに寂しく「そうか」と言いながら、口に茶を一口ふくむ。因幡は嬉しそうに微笑むと、〝クルリ〟と背を見せて店の奥へと消え去る。だがその可愛らしい尻にあるはずの、「しっぽ」をどこかに落としたのか消え去っていた。


 流は思う。消えたしっぽ、そして肉のような味わい。さらに白い綿菓子のような見たことある・・・・・・物体のお菓子。そう、犯人はこの中にいるッ!!


「ブッボッ!? ゲッホゲッホ、し、〆ええええ! いま俺が食った茶菓子って、まさか因幡のしっぽか!?」

「〆:あらよくお分かりになりましたね。そうです、あれは因幡のしっぽちゃんですよ。どうです、最高の味わいと食感。そして――」


 〆はもったいつけるように、間をあかせてからこう告げる。


「――力が湧き上がってきましたでしょう?」

「っ!? ほ、本当だ……まるでガソリンをぶちこまれたエンジンのように、心臓が鼓動し四肢の先まで力が満ちあふれてきた!」

「〆:うふふ。これがあの子の力――ボクのを食べてごらんよです」

「それ何ぱんまん? つか因幡しっぽ取っちゃって痛くないのか?」

「〆:ええ、問題はありませんよ。そう言う生き物ですから」


 その答えに納得はできずとも、とりあえず頷く流。するとおかしそうに〆は笑うと、雛人形の形に折り紙が形を変える。

 

「器用なやつだねどうも。それで……目的は何だ? 俺をここに誘い込んだ・・・・・・・・ワケを話せ」

「〆:誘い込んだなんて人聞きの悪い。まずこの〝異怪骨董やさん〟は、通常人には見えません。だからほら」


 締めはどうやったのか、折り紙の小さな手で指を鳴らす。すると囲炉裏から入り口まで一気に視界がひらけ、その向こうの店の玄関が丸見えとなる。

 そこにいたのは女子高生が二人だった。その二人は何やら大声で話しているようだ。


「だから! 何度も言ってるやないの! ここに本当ぅにおったんよ!」

「そうは言ってもねぇ。その変態はどこにいるんよ? お隣のクリニックの先生も今言っとったやないの。そんな怪しげな建物なんか無いって」

「だけど見たの! 一瞬だったけど、あの変態が消えると同時に、古い家みたいなのが見えたんよ!」

「はぁ~。陽菜あんたねぇ、悪い夢でも見てたんよ。だからもう忘れよ? ほら、マクドおごってあげるから、行こな?」

「ちょ、ちょっとまってよ! もぅ!! マクドやなくて、マックやって!」


 陽菜と呼ばれた女子高生は、友人の後を追う。どうやら全く信じてもらえないらしく、涙目で店の中が見えるかのように睨み、「変態! おぼえとけ!」と捨て台詞を残して去っていった。


「変態か……。この店に来るようなヤツは、そんなヤツもいるのか。まぁ妖怪屋敷だしな、さもありなん」

「〆:こ、古廻様のことかと?」

「ナイス冗談。俺が変態だったら世界は変態ばかりだな。ハッハッハ」

「〆:そ、そうですか。はぁ~。それで今ので分かっていただけたかと思いますが、一般人には見えません。まれにあのような波長のあう人間が迷い込む事がありますが、それは本当にまれなのです」

「するとネットの情報もそいつらが?」

「〆:あれは私が趣味で書いたものです」

「お前かよ!? ったく、じゃあやっぱり俺は罠に落ちたと同じだな」

「〆:うふふ。でも本当にここに来れるには、そんな簡単な事じゃないんですよ?」

「そういうものかねぇ。それで、俺がここに来た理由は?」


 〆は「ええ」と器用に折り紙の頭で頷くと、どこから出したのか店の奥へと向けてハンドベルをならす。

 すると真鍮製のワシの置物が飛んできて、その足が掴んでいる長方形の木箱を囲炉裏のテーブルへと置き去っていく。

 

 それは明らかに異常な気配がし、木箱に触れることすら戸惑うような、恐ろしい殺気……いや、もっと悪いナニカ・・・が漏れ出していた。

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