第13話:鎮魂歌

 倒れたプを油断なく睨む流。もしかしたらまた首が生えてくるかも? と微動だにできない。

 だが、それも杞憂と思えるほど時間が過ぎた頃に、ようやく緊張の糸もゆるむ。

 だが先程までの一連の綱渡りのような出来事を思い出すと、背筋がいくらあっても足りないほどにゾっとする。


「ハア~……よく生きてたな俺……しかもあの不得意な奥義まで使えたか……ハハ。習うより慣れろ……か」


 流は思う。あれだけ体が疲弊し大ピンチだった。しかしよくプを観察眼で見れば何のことはない。プも大幅に疲弊していた。その原因はあの再生。

 それが騎士の娘を羽交はがめにしている時に、初めて分かった事だ。

 いくら大ピンチとは言え、まったく大チョンボである。


(昔の人はよく言ったものだな。ピンチは最大のチャンスってな。おかげで余計な力が抜けて奥義が使えたわけだが……で、あの娘。ナゼ睨む!?)


 流はそんな事を考えながら倒れるように座ると、その視線の先にいる娘。青いドレスアーマーの、娘騎士に睨まれていることに気がつく。

 そのまま流のそばまで歩いてくると、流を指差し大声で叫ぶように話す。


「あなたねえ! そんなに強いのにどうして、あんな手抜きしてたのよ!?」

「え~、助けたのにそれかよ~。それよりおまえは誰だい?」

「おまえって失礼ね! 私はセリア。クコロー伯爵家の次女で、クコロー・フォン・セリアって言うの! トエトリーの街の隣りにある領に住んでるわ」

「Oh……まさか本物のクッコロさんとは」


 セリアと名乗ったその娘は実に美しかった。

 さっきまでは緊迫していたので容姿を見るのが適当だったが、娘騎士を改めて見ると年齢は流とそう変わらないように見える。

 正に容姿端麗と言った感じで、太陽に照らされたまるで黄金のような綺麗な金髪だ。

 それをハーフアップにまとめ、その髪を引き立たせる様な青い瞳で、とても美しい白い肌の娘だった。

 

「クッコロさん? 私のこと? あ、いえ、それよりも……」


 セリアは死体となったプを見ると、自分は助かったのだとあらためて理解する。

 そして助けてくれた目の前の男に、酷いことを言ってしまったと申し訳無さそうに語りかける。


「あ、ありがとう。助けてくれたのに、酷いことを言ってごめんね? まさかあの姿勢からどうやったか分からないけど、ゴブリン酋長しゅうちょうを倒すなんて……」


 やっと実感が湧いたのか、女騎士は次第にテンションが上がって来る。もう両手を上下に振って大興奮だ。


「ううん、凄いなんてものじゃないわ!! 一人でこの集落を殲滅したんでしょ!? とんでもない偉業よ! ゴブリンくらいだったら、それなりの人数のパーティなら殲滅出来たでしょうけど、酋長よ! あの酋長がいたのよ!! 酋滅級しゅうめつきゅうは間違いないわ! いえ、一人で倒したんだから、酋滅級++は確実よ!!」


 言っている意味が良く分からないが、セリアは大興奮で流へ拳を強く握りアピールする。


「そ、そうか。良く分からんが良かったな?」

「何を言っているのよ! あなたの事よ! あのままなら大規模な拠点を作られてもおかしくなかったのよ? それにあなたは何処の町の冒険者なの? どう、ウチの家に雇われない? 絶対後悔させないわ!」

「いや、冒険者? 冒険者! あるのか冒険者制度!?」

「そ、そりゃあるわよ。すごい食いつきね」


 流はニヤけながら「そっか~冒険者あるのか~うふふ」と、独り言を言う。それを引き気味に見ているセリアだったが、話をすすめる。


「それであなたの等級は?」

「ん? ないぞ、そんなの。俺はこの国に来たばかりで、何も知らないんだ。まぁ来たばかりだけど、一応は商人ってことでよろしく。えっと……クコローちゃん?」

「酋長を倒す商人がいてたまるものですか! まったくもぅ。そして私はセリア。クコローは家名よ」

「クッコロセリア……異世界テンプレもここまで来ると驚かねーぞ。って言うか、クコローが名前じゃないのか? 俺が知っている貴族の常識では、クコローが『名』で、セリアが『姓』なんだが?」

「え、そうなの? この国や周辺国では苗字が先になって、名前は後になるのが普通ね」

「異界言語理解の悪意を感じるぞ……」


 疲労困憊の流は今のが精一杯のツッコミだったが、セリアはどこ吹く風だった。


「俺は古廻流って言うんだ、古廻が性で流が名前な。流って呼んでくれ」

「コマワリ・ナガレ? 性があるって事は貴族か、町や村の長かしら?」

「いや、俺は異世界から……と言うか、違う国から来た骨董品をこよなく愛でるただの庶民さ」

「イセカイ? 聞いた事が無い国ね。それに庶民はこんな事出来ないわよ、まあいいわ。これからよろしくね、ナガレ!」


 セリアはそう言うと、大輪の白い花が咲いたかのような笑顔で微笑んでいた。

 普通の男なら目を奪われ、そして一目惚れするのは確実な程に、可憐で品のある笑顔だったが……。

 しかし流は骨董しか興味が無く、その魅力が分からない心底残念な漢であった。


「それより何でお前はこんな所にいたんだ? 俺がここに来たのもお前が連れ去られてるのを見たからなんだが」

「お前じゃなくてセ・リ・ア」

「あ、ああ。すまないセリア。それで?」


 するとセリアの表情が夜に萎む花のように消沈する。


「私を見つけてくれて……そうだったのね、重ねてお礼を言うわ。もしあなたが来てくれなかったら、私はあの獣どもの苗床として、壊れるまで奴らの子供を産んでいたでしょうね。そして最後は……」


 セリアは焚火の方に落ちている、人の一部だった物を一瞥する。


「なるほどな、そこもテンプレってわけか。異世界やばすぎだろう。でもセリアは一人でこんな場所で何をしてたんだ?」

「一人じゃなかったわ。護衛の騎士五名と一緒に、ここの付近まで探索に来たのよ。この辺りで最近若い女ばかり連れ去られ、男は惨殺されているって聞いてね。その犯人はすぐに検討が付いたわ。でもゴブリンの集落が見つからず、仕方なく一時撤退しようとしたら、ゴブリンドッグ三匹とリーダー含むゴブリンが二十三匹。さらに酋長にまでに襲われたの。ドッグは二匹倒したけど、あっという間に護衛達が倒されてね……私一人が生き残ったの」

 流はその話を聞いて驚く。まさか緑の小人がゴブリンだったとは思わず、しかも犬はゴブリンドックと言うらしい。

 そう言えばあの犬の顔は、どちらかと言えば人に近い人面犬のようだったと思い出し、気持ち悪さがこみあげて来る。


「それは災難だったな……まぁ、俺としてはセリア一人でも助ける事が出来て良かったよ」

「ありがとう、本当に感謝しているわ。まさかこんな浅い場所に酋長がいるなんて思ってもみなかったから」


 プとの闘いの後を見回しながら、辺りを見るうちに流は思い出す。


「そう言えば小屋の中にいる人の気配はまだあるようだが、中の人達は無事なのか?」

「ええ、一応は無事ね。奇跡的にあなたが来てくれたから、まだ犯された感じはしないし、多分連れてこられたばかりじゃないかしら? 前の苗床だった人は……食べられた直後みたいだしね」

「なんとも胸糞が悪い話だな。緑の小人……いや、ゴブリンは見つけ次第、殲滅確定だな」

「ええ、そうして貰えると助かるわ。アイツ等は――女の怨敵よ!!」

 

 セリアは怒りを目に宿したまま、ゴブリンが食べ残した誰かの左手をそっと持ち上げる。


「貴女達の無念はナガレが晴らしてくれたよ。だから安心して旅立ってね……」


 セリアはそう言うと焚火の中へ残った手を放り込み、傍にあった薪を沢山くべて犠牲者に黙祷する。

 流もセリアの背後から娘だったであろう左手が、積み上げられる薪で見えなくなるまで見つめ、その後無事に天へ行けるように方合掌をし黙祷を捧げたのだった。

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