第12話:死ぬまでに絶対聞きたい言葉

「ギョガアアアアアアア!? ナ、何ガ起キタ!? 俺、足。俺、手ガアアアアアアアアアア!!」

「ヴァッハッ、ハァハァ。どうだ、俺如きに叩き斬られた感想は?」

「ギョオオオオオ!! ナガレ・ナガレ・ナゲレ・ナギョラアアアアア!! 許サン、絶対ニ許サンゾオオオオ!!」


 両腕、そして片足。それらを失ったプの悲痛な叫びは、深い森にこだまする。

 それは敗者の嘆きか、はたまた――本気なのか?


「俺は某・戦闘民族とは違い、殺れる時には躊躇ちゅうちょはしない。これも戦のならいゆえ、迷わず地獄へいけ」


 流はそう言うと、悲恋美琴を突き刺すように真下へと構え、プの額を狙う。

 体はすでに限界だ。美琴を握る腕にも力が入らず、流血により顔面も色が悪い。だからこそ、この一撃で全てを終わらせるため狙いをさだめ――。


「な、なんだッ!?」


 流はプから急速に湧き出る力。「魔力」に第六感が警報を鳴らしたことで、即座に背後へと飛び退く。

 それほどの圧倒的な力だったが、この時点で流はそれが何かが分からない。

 だからここで「致命的な失敗」を犯してしまう。


 そう……トドメを刺す事を逃したのだ……。


「グギョヘエエエエエエエエエ!!」

「なッ!? 手足が……生えた?」


 流は絶望する。今倒したばかりの真のボス、緑の大人が復活したのだから。

 驚くことにプは切断された手足を、強大な力魔法により再生してしまう。


 プは血走った瞳を赤く染め、文字通り血涙をながし流を睨みつける。

 そして落ちている斧を一つ拾うと、流へ向けて静かに告げる。


「……コノちから。二度、モウ使エナイ。ナガレオ前、ヤッテクレタナ。絶対ニ、殺ス」

「嘘だろう……ハ、ハハハ。なんなんだ今日は……。これ、死亡フラグかね美琴」


 馬鹿を言わないで! とばかりに強く震える美琴に、流は驚き妖刀を落としそうになる。そのくらい疲弊し、心の中では生きる支柱が折れそうだ。

 圧倒的な存在が目の前にいる。逃げることも倒すことも、先程と同じだったら不可能だ。


 しかし――ここで諦めるワケにはいかない。


 流は折れそうな心を空元気でテーピングし、なんとかごまかし奮い立つ。いまだ「足柄の鼓舞」の効果は続いており、無理をして一撃叩き込めば勝機もありそうだ。が、しかし……。


(なぜだ? なぜ弱点が消え失せている!?)


 そう、プの体から弱点が消え失せ、鈍く体が光っていた。それに困惑するが、状況はまってはくれない。

 焦る気持ちを悲恋美琴の柄を、強く握りしめることで落ち着きを取り戻す。

 

「なぁ美琴。せっかく呪縛から開放・・・・・・できたってのに、未熟な俺が主で本当にすなまい。だがな、やらないで後悔するより、やって後悔するのが俺の流儀。ならやることは一つ。そうだろ?」

 

 美琴はそれに応えるように、ブルリと一つ揺れる。その感触を手に、流は獣のように口角を上げ、低く腰を落としプへと刃を向けた。

 その時、到底理解不能な出来事が目の前でおこる。流を憎々しげに睨んでいたプが、突如「遁走とんそう」したのだ!


 それはもう脱兎のように、飛ぶように流の前から逃げ去っていく。

 唖然とそれを見る流。数瞬後、美琴が強く震えた事で現実に戻る。


「……ハッ!? 美琴、え? なんだ? なにが起きたんだ…………ん、ちょっと待て、あの方向は!?」


 プが走り去った方向。それはプが出てきた一番大きな小屋。そこには先程さらわれた娘がいるはず。つまり――!


「アイツまさか『食事』をして、体力の回復を狙う気か!! チッ、こうしちゃ居られん、今す――グァァァァゥッ!?」

 

 流はプの後を追おうとした時だった。突如激しい頭痛と倦怠感。さらに腹部の激しい痛みに襲われる。

 それは金太郎から受け取った加護、足柄の鼓舞がきれた事による弊害だった。

 流は思い出す。金太郎はこう言っていた。「使った後の事は知らんが死ぬよりはまし」と。

 それを思い出し、苦虫をまとめて千匹噛みしめるような顔で、逃げるプの後を必死で追う。


「ぐぞがああああ! 聞いてねぇぞこんなん! だが助かったぜ金ちゃん。頼む俺の足もっと早く動け!!」


 流は走っているつもりだったが、実際は子供が歩くより遅い。そんな亀よりはマシな速さで小屋へと向かって走る。

 やがて小屋近くまで来ると、中から悲鳴が聞こえた。それはあの女騎士の声であり、激しく抵抗している様子が伝わる。

 さらに近づくと、勢いよく小屋のドアが開き、中から緑の大人・プが出てきた。

 その右手には斧を持っており、左手には先程の娘がガッシリと掴まれている。


「離しなさい!! え? た、助けに来てくれたの!?」

「ウルサイ! 黙レ! オイ、ナガレ。コレ、見ロ! オ前今スグ、帰レ!! オ前帰ラナイ、コノ女殺ス!!」

「プ……お前落ちる所まで堕ちたな」


 プは手斧を娘の首筋に突きつける。白く美しい首筋からにじむ赤き印。

 

「おいやめろ!」

「ナラ帰レ! 今スグ、ココ。去レ!!」

「痛ッ――どうせここからあの人がいなくなっても、アンタ私を犯す気でしょう!? そして最後はあれ! あの焚き火の達みたく食べるのは分かっているわ!!」

「黙レ、黙レ、黙レ!!」

「ぎゃぐッ」


 プは娘を斧の握り部分で殴打する。冗談のような美しい顔、その鼻から一筋の赤が流れ落ちる。

 それを見た流は激怒し、美琴を構える刹那それはおこる。


 奇跡はあまりにも唐突に、予想外にはじまる。まるで神の啓示が神託によりこの世に顕現したかのような一言が、異世界へと舞い降りた。

 その言葉、まさに憧れ。その言葉、まさに真理。その言葉、異世界ならアタリマエ。


「くッ! 殺せッ!!」


 流はこの事実が理解できない。いや、言葉の意味は理解はしている。この異世界の誰よりも。

 だから目を激しく見開き懇願こんがんする。それは神へ願うように、悪魔へ祈るように。


「も、も、も――もう一度言ってくれ!!!!」 

「ダカラ、ナガレ、オマ――」

「違う!! お前じゃない、そこのお嬢さんだ!!」


 プの言葉に被せるように言い放つ流に、プも、女騎士も困惑する。


「は、へ? わ……私ですか?」

「そう! フロイライン騎士ナイツ。今、そこで言った羞恥より魂の解放を求めた抵抗の証を! 今の貴女にしか言えない自由を求める言葉を聞かせて欲しい!」


 流は血走った目でそれを言いながら、娘の元へと歩み寄る。完全に不審者以上、犯罪者未満だ。 


「コレ以上、クルナ! ワケガ分カラナイ、コトヲ言ッテナイデ、帰レ!」

「あぁ、帰ってやるさ。フロイライン騎士からの『アノ言葉』を聞ければ、な?」


 流はおもむろに美琴を納刀し、肩をだらりと下げリラックスした姿勢になる。


「剣をしまうなんて!? 貴方まで私を馬鹿にするのですか!!」


 助ける気がまるで無い流の仕草に絶望した女騎士は、乙女の最後の抵抗を今、その口より解き放つ。



 つまり――――「クッ! 殺せ!!」



「その言葉が聞きたかった!!」 


 瞬間、流は腰を落とし、美琴を鞘から超高速で抜刀する。


「ジジイ流・抜刀術! 奥義・太刀魚!!」


 ――日本の海には太刀魚と言う魚がいる。その魚は字の如く研磨した太刀のような眩しい銀鱗を持ち、その歯は鋭く触れるものを容赦なく切り裂くほど鋭利な物だ。普段はゆらりと幽霊のようにたたずむが、いざ獲物を噛み砕く時はその長くシャープな体躯で、襲いかかる様を業として昇華したのが――


 流の放つ剣筋が、太刀魚の体が太陽光を反射した銀光のように、プの首筋に鋭く吸い込まれていく。その斬撃は太刀魚の歯の如く、鋭く、そして深く――切り裂く!


「グギャァ!? カエル、言ッタ、嘘……ヅ、ギ……」


 銀の閃光がプの首を違和感なく斬り飛ばし、泣き別れた首は断末魔を上げながら宙を舞う。


「そう、俺は嘘吐きだ。だがこれだけは覚えとけ、誇り高き先住民族は嘘ツカナイ!」


 美琴を半円勢いよく振り抜き、血糊を飛ばした後、鞘に納めると〝チンッ〟と小気味よい音がし、戦いの終わりを告げるのだった。

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