第11話:チャンスはきんた

 ――油断。


 人はチャンスが最大のピンチだと言うことを、よく忘れがちになる。それはすぐソコに見える成功に目がくらみ、足元の深い闇に気が付かないからだ。


 流は一瞬何がおきたのか理解が出来ない。気がつけばプが左手を前に差し出していた。

 次に違和感に気がついたのが、何かが飛んでくるような影。その影を認識し「なんだこれ?」と思った瞬間、左脇腹に衝撃と熱いものが走り、その後――。


「ぐああああああああああッ!!」

「馬鹿メ。俺、武器捨テルト、考エ、無カッタノカ?」

「ぐっぞぅ……油断したッ」


 思わず片膝をつき、迫るプを見上げるように睨みつける。そこには明確な勝者と敗者がおり、勝者の顔はひどく不敵に歪んでいた。

 一方、敗者である流は痛みで散漫になった思考を、必死でかき集め冷静さを取り戻す。


(い゛っでぇ……。だがこのまま痛がってたら死ぬだけだ。落ち着け、まだ大丈夫だ。…………よし、いける)


 迫るプに恐怖はない。むしろスッキリとした気持ちになり、あのまとわり付くように五月蝿うるさかった第六感の警報も今はない。

 左腹の傷は致命傷となるほどではないが、このままならいずれ出血多量で死ぬだろう。

 そんな状態を冷静に考えながら、今とれる最善を模索する。


(回復手段のカエルちゃんはすでに無い。あれが消えたって事は、異怪骨董やさんへ戻ったのだろう。何か残りは……)


 流の考えがまとまる前に、貴重な時間は過ぎていく。その一秒は金貨より重く、ゆっくりとだが確実にタイムアップが迫る。

 それと言うのも楽しむように迫るプの足取りが、ゆったりとしているからだ。その表情はどう殺してやろうかと、楽しんでいるのがありありと分かるほどだ。


 迫るその距離、残り二メートル。プは右手に残った斧をクルリクルリと、ジャグリングのように回転させて遊ぶ。

 さらに迫る醜悪な顔、残り一メートル。そこでプは止まり、流に告げる。


「ナガレヨ。両腕、ト両足。ドッチガイイ?」

「……何のことだ?」

「ギャッギャッギャ! 無論、斬リ落トス方ダ」

「どっちもゴメンだねぇ」

「ソウカ。ナラ両腕ニ、シヨウ! 死ネ、ナガレ!!」


 プは右手を大きく振り上げ、流の右肩めがけて振り下ろす。それと同時に流は魂の底から叫ぶ!


「金太郎おおおおおおおおおお!!」


 流が叫ぶ! すると背後に〝ゾクリ〟とするほどの強者の気配がし、巨大なマサカリを持ったオカッパ頭のような大童おおわらわと呼ばれる髪型。

 さらに赤いひし形の前掛けには「金」の一文字が眩しく光る。そんな野生児のような目つきの鋭い悪童が突如現れる。


『おい流、だらしねぇぞ? オラが本物のマサカリの使い方ってのお教えてやるズラ!!』


 そう言うと金太郎は刃渡りが一メートル半もある巨大な斧でプへと斬りかかる!

 あまりの威力、あまりのスピード。そしてその膂力から繰り出される攻撃に緑の大人・プはすべがない。金太郎にされるがまま、左肩から右腹へかけて袈裟斬りにされ、その後蹴り飛ばす。


「グギョアアアア!? ナ、ナンダ。オ前ハ? 何処カラ出タ!?」

『あぁん? しめ様のところで暇してたから来てやったんだズラ。ありがたく思え! ここが異世界か~、いい力に満ちあふれているズラ! だが流よ。オラを呼ぶにはチトばかし力が足りねぇな? 今日は初回サービスだから出てやったが、このままじゃダメだズラ』

「ああ、助かったぜ金ちゃん」

『フン、いい目をしやがって……後はおまえで何とかするんだな。あぁそれと、おまえの今後に期待してくれてやる、受け取るズラ』


 そう言うと金太郎は、相撲取りのように四股を踏む。〝ドシン〟と響く地面にあわせ、赤い波動が沸き起こる。

 赤く透明な波動は、流に集約するように吸収された瞬間だった。突如、力が吹き出るように湧き上がり、傷は治ってはいないが痛みは消える。

 

「こ……これは一体……体が熱いッ」

『〝足柄の鼓舞〟ってやつだ。まぁ、使った後の事・・・・・・は知らんが、死ぬよりはマシだろう? じゃあな、必死で生き抜けよ? あの〝異怪骨董やさん〟に選ばれたおまえに期待するズラ』


 流はその言葉に無言で頷く。それを見た金太郎はニヤリと笑うと、霧のように消え去った。


「ギャグウウウ……何ダ、アノ化物ハ? ダガ消エタ。ナガレ、オ前ノ命、ヤハリココマデ!」

「金ちゃんもバケモノに化物と呼ばれて、さぞや憤慨しているだろうよ? さぁ仕切り直しだ……来い、バケモノ」


 流は立ち上がると観察眼を発動する。すると先程よりもハッキリとプの弱点が見えだす。

 うっすらとした点だったものが、今は◎となって見える。その場所はじつに三箇所。

 それを確認し、静かにこしを落とす流。プもまた先程のような舐めた様子は消え、腰に装備しているもう一つの斧を手に持つ。そのまま流へと真剣に向き合う。


 にらみ合う二人……その距離五メートル半。


「ナガレ。何ヲシタ? 分カラン。ガ、今ハ強者。ダカラ油断ナク。殺ス」

「借り物の力だが、今は俺そのもの。遠慮なく使ってオマエを斬る」

「殺レルノカ、オ前如キニ」

「殺ってやるさ、お前如き」


 睨む二人の間に焚き火の煙がただよう。霞む煙……それが晴れた瞬間、二人は獣のように動き出す。

 先手はプだった。ヤツは両手に持った手斧を大きく振り上げ、Xのようにクロスさせ流を斬り伏せる。

 これまでは遊んでいた事もあり、全力で無かったが目の前の人間の力は弱く、それでも通用していた。

 だからこそプは思う。「これで叩き潰せた!!」と、汚い犬歯をむき出しにし嗤う。が――。


「クッガアアアア!! そんな大味な攻撃が、いつまでも通用すると思うんじゃねええええ!!」

「ナンダトッ!?」


 流は美琴でそれを受け止める。しかもそれだけにとどまらず、プの重い一撃。しかも二連撃を弾き返すように打ち払う。

 だがプも黙ってはいない。即座に連撃を再開し、縦横無尽に流へと打ち付ける。

 流は下からすくい上げるように襲う斧には刃を滑らせて躱し、横から襲ってくる斬撃は刃を当て弾く。

 上下から噛み付くように襲う獣の顎門あぎとのような凶斧には、刀の先端である切っ先を上の斧刃に当て軌道をずらし、下からくる斧刃へ当て相殺。


 ここまでの一連の応酬、まさに人外。完全に人の枠を超えた動きと言ってもいい。

 

重い二撃を微動だにしない悲恋美琴の強度にも驚くが、流に付与された力、「足柄の鼓舞」のバフが異常に凄い。


 その効果、まさに「状態異常」である。


 心拍数増加・筋力大増加・俊敏大増加・防御力減少・意識酩酊・痛覚麻痺と、六種の効果により流の体は「極度の興奮状態」にある。

 つまりバーサーカーモードと言ってもいいだろう。もし一般人がこのバフを受けたら、確実に自分を見失い、最悪狂ったままになりかねない。


 しかし祖父によりこの手の制御訓練を受け、制御に成功したことから意識をしっかりと持つ。

 十七歳の冬にフンドシ一つで冬山に放り出され、文字通り死ぬ寸前になり制御に成功した。おかげで枯れた老人のような性欲である……十七歳の若いリビドーを返せ!!


「グググオゥ!? コ、ココマデトハッ!!」

「観えたッ!! 右肩・左上腕二頭筋・右スネ――この一撃に全てを賭けるッ! ジジイ流・壱式! 三連斬!!」


 流はプの胴を払う一撃を潜るように躱し、地を滑るように三連斬を放つ!

 まずは右スネを一閃! その勢いのままコマのように回転し、その遠心力で威力をあげ、左上腕二頭筋をザクリと斬り裂く!

 そのまま上部へと抜けた剣筋を急降下させ、右肩の関節部分へと落雷の如く一閃!


 ――プは何が起きたのか理解ができない。だが強制的に理解できてしまった。


 なぜなら右足がズルリと滑ったような感覚の後、立ってたはずの地面が近づく。さらに左腕が枯葉のようにもげ落ち、左肩が吹き飛んだように分かれたのだから。

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