第6話:森を抜け、たびに出よう

(何だ? これが気配察知の力なのか? たしかに感じる。距離は……二十五メートルほどか。反応は大きいのと小さいの。あわせて二つか)


 巨木の後ろに隠れ、左腰にいだ悲恋美琴の持ちてのつかを握る。

 静かにそっと顔を覗かせると、そこには馴染みの顔「緑の小人」がいた。さらにその横には大型犬よりも大きい犬のような生物が同伴している。

 流は先程の戦闘を思いだし、話し合いは不可能と判断すると、覚悟を決めるように自分へといい聞かせる。


(大丈夫だ。美琴の力はさっき実証済みだ。あとは俺がいつもどおり、冷静に剣を使えばいい。落ち着け、ひぐまだって倒した事あるだろう? そうだ、ならあんな犬……いぬ?)


 流はもう一度木陰から犬のような生物を見る。体は毛が短いブルドックのようなタルンダ皮膚感でその顔つきは人っぽくもあり、シェパードを凶悪にした感じのデカイ生物。

 二本足で立ち上がったら、二メートルはゆうに超えるだろう。その凶悪そうな生物の背に「緑の小人は乗って」いた。馬のように。


(まてまてまて。馬並の機動力を持つバケモノ犬!? しかも顔がやべぇ、第六感が襲う気だって騒いでる……って、気づかれたか!?)


 流の匂いが風にのってながれたか、バケモノ犬は立ち止まったと気配察知が教えてくれる。

 緑の小人は犬から降りて愛用の質の悪い槍を持ち、不思議そうにあたりを見回す。

 その直後だった、いきなり走り出すバケモノ犬。無論その方向は流が潜む大木へとだ。

 犬が走ったことで緑の小人も急いで後を追うが、犬のほうが早い。どうやら狩りの役割分担は決まっているようだ。


 もう避けられない戦いと覚悟を決め、状況を冷静に分析する流。


(バケモノ犬に驚いたが、逆に各個撃破のチャンスか? 犬を先に始末し、その後緑の小人を叩く。残り……十メートルくらい)


 そっと悲恋美琴の柄へと右手をそえ目を閉じる。やがて迫る生物の気配が生々しく感じる。その息使いや匂いまで分かるようで、緊張感が背筋に一筋の汗を落とす。

 気配が迫ること、残り五メートル半。美琴のつばに左親指を当て、鞘から刀身を六ミリ覗かせる。

 さらに近づくこと残り二メートル! 「グルルッ」とうなりを上げ、よだれを垂らしながら巨木の影にその体が見えた瞬間、流は悲恋美琴を抜刀した。


「まずはワンコからやらせてもらう! セアッ!!」


 バケモノ犬も獲物が人間、しかも武装しているとは思わず突っ込んで来たのが運の尽き。

 さらに悲恋美琴を抜刀したことで、急速に冷気が噴出したのが獣の生存本能を刺激し、その足を止めてしまう。

 そこを流が咄嗟に観察眼で見た「弱点の眉間」を突かれ――。


「なッ!? うそだろ……」

「ギヤ!? ぎゃがお……」


 思わず緑の小人と声がハモる。その理由は目の前の惨劇が原因だ。

 後から追ってきた緑の小人の前で、弱点を突かれたバケモノ犬はクビを勢いよくハネ飛ばす。

 刺したはずなのにクビが飛ぶと言う、意味不明なこの状態。流はジトリと額に汗をにじませ、緑の小人を見る。

 どうやら彼もまたコチラを見ているようだ。交差する視線……そしてどちらともなく苦笑いがこぼれる。


「ぎゃぁ……」

「ふふふ……」


 実に気まずい。だが同時に思う、これは分かりあえたんじゃないか? と。

 そこで流は左手で後頭部をかきながら、恥ずかしそうに語りかける。


「いや、その。ワンコの事ごめんね?」

「ぎゃ~ぁ。もぎゅ~」

「え? そうなの? じゃあ、俺たちもう友達……だよね?」


 見つめ合う二人。はずかしそうに緑の小人は、手に持った槍を流へと――突き刺す!

 あと数センチで流の脇腹に当たりそうになった槍を躱し、攻撃してきた緑の小人に抗議する。


「うおッ!? 危ねえ! やめろよ、俺たち分かりあったはずだろ!?」

「グギョガアアアアア!!」


 緑の小人激おこである。彼からすれば、愛犬殺しの怨敵であるのだから。

 しかも意外と槍使いがうまく、流の動きを牽制するように左右へと攻撃しつつ、みぞおち辺りもシッカリと狙ってくる。


「クッ、意外とやる。だが、俺もジジイから伊達にしごかれてたワケじゃねぇ! 見せてやる、本物の武術ってやつをな!!」


 流は槍を躱しながら、一瞬の隙きを突いて体制を前かがみに滑り込ませた。

 そして悲恋美琴を左斜め後ろへと引き絞るように構え、一気に踏み込んで「わざ」を解き放つ。


「ジジイ流・壱式イチシキ! 三連斬!!」



 ――ジジイ流。

 

 このわざは現在は一子相伝になってしまった幻の業であり、流派はふせられている。

 それは流が未だ中伝しかおさめておらず、皆伝にならなければ流派は明かされない。

 ただ……この流派は異常である。それは相手を屠る事を前提とした業の数々であり、全てが実戦形式で叩き込まれた。


 流は流派が不明ゆえに【ジジイ流】と名付け、祖父にそれを知られることを恐れていたりする。

  なぜならその師匠は流の祖父であり、その祖父から中伝に入って最初に体に刻まれた業が、この「三連斬」である――。



 流は迫る槍を悲恋美琴の腹で滑るようにいなす。突き抜ける槍の先端たる穂先は、流の左頬から二センチ上を通過し空を切る。

 それと同時に流は左足を引き腰をかがめ、緑の小人の右ふともも・胸・左肩を高速で斬りつけた。

 一瞬なにが起きたか分からない緑の小人。次の瞬間、三箇所から同時に焼けるような激痛が走り、赤い飛沫しぶきを吹き出しながら、断末魔をあげ前に倒れる。


「グギャアオオオオ!?」

「チッ、魔物と分かっていても気分はよくねぇわ。しかしジジイ流か。まるでこうなる事が分かっていたのかジジイ……」


 流は倒れた緑の小人を見ながら独り言つ。それを美琴は労るように柄を暖かくする事で、流の気持ちを落ち着かせる。妖刀なのに健気だ。


「あたたかい……ありがとう美琴。考えても仕方ない、まずはこの森から出ようぜ?」


 美琴は優しく揺れると、鞘へと納刀される。そのまま流は散歩気分で森を歩きながら、美琴へと話しかける。


「だからさ、なにか誓いみたいなのをお前も聞いたろう? ほら、異怪骨董やさんの店内で、〆に書かされたれた誓約書。あれの『素晴らしい人生と義務の遂行を』ってやつ」


 美琴は優しく揺れて、「うん、そうだね」と言うように応える。


「だからその誓いってのは、『ああ言う現場』は見過ごしたらダメだと思うんだがね」


 まるでやれやれと言わんばかりに美琴はゆっくりと揺れる。流の視線の先にある光景。それは集落のような場所があり、そこには粗末な小屋が三箇所あった。

 そのうちの一つは一番大きく、見たことのあるフレンドリーな存在がいた。そう、緑の小人たちが。


「あぁ~嫌なものを見ちまったなぁ……さてどうするか、だな」


 今まさに、一番大きな小屋へと人物が入るのを目撃する。ただし「強制的」にだ。

 その人物は、青いドレスに鎧をまとうスタイル。ドレスアーマーを身につけている。


「嫌ッ! 離しなさい! キャアグッ!?」


 娘は必死に抵抗しているが、緑の小人に殴られて気絶してしまう。それを見た流は眉間にシワを寄せ、娘のこの後の事を思うとため息が出るのだった。

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