第4話:大きなお友だちの夢と希望をいまここに

「……え?」

「ギャッボッ!?」


 下から打ち上げるように悲恋美琴を棍棒へと当てた瞬間、棍棒が何の抵抗もなく斬り飛ばされる。

 さらにそれでも止まらず、緑の小人の首筋を「少し」傷をつけてしまう。

 そのあまりの切れ味と体の一部のような扱いやすさに、流は困惑しながら緑の小人をみる。


 ふらりと二歩、緑の小人は後ずさる。さらにもう一歩後ろへと左足が下がった瞬間、首が勢いよく吹き飛んでいく。

 呆然とそれを見る流。まるでスローモーションのように、緑の小人は首から命の証を吹き出しながら、背後へとゆっくりと倒れる。

 数瞬後〝どさり〟と音がしたことで、今の状況を理解した流は震える右手で妖刀を顔の前へとかかげた。


「う……うっそだろ……。え? 受け止めるつもりで払ったのに……え? 何で棍棒が切れるんだ……?」


 あまりの出来事に流は混乱しつぶやく。たしかに自分は素人とは違って、剣を振るう事は日本国内でも最強格だろう。

 祖父にそう言う事・・・・・を叩き込まれたのだから分かる。だが、それでもこの状況は異常だと思えた。

 剣を振るうことを命がけで習得したからこそ、この違和感がどうしても納得がいかない。


「なんで……首まで……ハ、ハハハ……異世界に来たことで、俺の真の能力が覚★醒!! って感じか? スゲーぞ俺!!」


 そう流は叫ぶ。叫ばずにはいられない。だって。


「どうするよこれ……こうでもしねぇとショックで吐きそう……。まさか異世界へと来て、真っ先に人殺しする羽目になるとは……。俺、金貨一億枚のお尋ね者確定か? どう見ても人型だったし、第一村人だよなあれ。ハハハ……」


 その言葉を聞いた悲恋美琴は、流を慰めるかのように〝ふるり〟と揺れる。それはどこか淋しげでもあり、優しげでもあった、が。


「うおッ!? 急に震えるなよ! 驚くだろ!! はぁ~、なぁ美琴。俺はこれからどうすりゃいいんだろうな」


 緑の小人の死体を見ながら、流は悲恋美琴へと語りかける。普通に見たら刀に語りかける危ないヤツだが、そこは魂が宿る妖刀。

 その問いに応えるようにまた揺れる。まるで「大丈夫だよ」とでも言うように。


「そっか、慰めてくれるのか? ありがとよ。まさか妖刀に慰められる日が来るとは……俺の人生で小説一冊書けるんじゃねぇのこれ?」


 などと取り留めもない事を呟いている時だった。突如頭上より〝ぽんっ〟と、小気味良い音で何かが弾けた。

 何事とふと見れば、つい先程「異怪骨董やさん」で見たばかりの、赤色の巻物が降ってきた。

 巻物は勝手に開くと、そこから妙な声がする。そう、エセ関西弁が鼻につく、妙になれなれしい男の声で。

 よく見れば巻物の上に緑色のカエルの折り紙が、器用に両手を広げて立っていた。


「壱:パパ~ン! おめでとうさんです! いゃ~さっすが古廻こまわりはんやでぇ! 異世界へ来てそうそう、殺しをするとは敵いまへんなぁ」

「な、なんだおまえ!? っ……こいつも頭に直接話しかけるのか?」


 ここに来る前に、「異怪骨董やさん」で体験した出来事を思い出す。

 それは異世界での会話や識字に困らないよにと、ピンクの狐の折り紙から貰った「異世界★翻訳識字わかっちゃうの巻」と書いてある紫の巻物だ。

 その折り紙も流の頭の中と、耳の双方に声を響かせていた。さらに本人はメモと言い張り、折り紙の裏側に文字まで同時に記載していた。


 理由を聞くと、「今日日、SNSでもネームの後に文字を打つでしょう?」とのこと。意味がわからないこだわりがあるようだ。

 どうやらこのカエルの折り紙も似たような存在らしく、「壱:」の後に文字も内側に書かれていると推測する。

 同じ店内にいたもふもふの白い可愛らしい神様は、普通に話していただけに意味が分からない。


「壱:なんだとは、これまたイケズでんなぁ。僕はモロと言いますぅ。愚妹から話を聞いてまっしゃろ? これからよろしゅ~に」

「愚昧? ……あ! あの女狐か!?」

「壱:そう! 文字通り女狐でんがな。しかも見た目は傾国。中身も毒婦で僕も困っとりますわ」


 毒婦? 流はそう思いつつ、ここに放り出された時の事を思い出す。それは「異怪骨董やさん」と呼ばれる、異様な場所にて出会った番頭の「狐の折り紙」だったことを。


「えっともろだったか? たしかに女の声ではあったが、アイツは折り紙だったぞ? それが傾国の女だとは思えないが」

「まぁ、おいおい分かるとは思いますけど。そういうド腐れ女なんですわぁ~。せやからご用心を」

「そ、そうなのか、分かった。それで壱はどうしてここに来れた・・・んだ?」

「壱:それもおいおいと。それよりあんさん! 今、殺しをしおった……と、ビビってまっしゃろ?」


 流はハッと思い出し、目の前の死体を見つめる。そうだった、誰がどう見ても妖刀で緑の小人を殺してしまったのだから。


「うっ……そ、それはその……襲われたからとは言え……そうだ、俺が殺った……」

「壱:エライ!!」

「は? え?」

「壱:さっすが古廻はんやで! いい漢ちゅ~もんは、言い訳なんてしまへんのや。ええでっか、そこに転がっとる緑の生ゴミは『魔物』ですわ」

「ま、魔物だって!? それは本当なのか! だってお前、しめと名乗ったお前の妹? がそんな事言ってなかったぞ!!」

「壱:かぁ~、これだから愚妹なんですわぁ! いいでっか古廻はん。この世界は人間だけじゃおまへん、魔物や妖精。悪魔や神も存在する、いわゆる『ファンタジーな世界』ですわ。せやからこの緑のオッサンは人類の敵。駆除対象ですわ」

「ちょ、ちょっと待てよ! 聞いてないぞ!?」


 流がカエルの折り紙へ向けて抗議しようとするが、それを遮り話を続ける折り紙たる壱。


「壱:今聞きましたやろ? そゆことですねん。つづけまっせ? そんで古廻はんはこの世界で行商をしたいんやろ?」

「そうだ。俺はこの世界で、骨董屋を開きたいと思って来たんだからな」

「壱:さよでっか。ならほら、うっすらと向こうに街が見えまっしゃろ? 多分そこに行くといいでっせ?」

「多分っておまえ、この世界を案内してくれる某魔法少女の相棒みたいなのじゃないの?」

「壱:か~! 甘いでんなぁ。世の中優しくは出来とらへんのです。せやけど古廻はんの力にはならせてもらいまっせ? まずは様式美と洒落込みましょうや!」

「様式美? まぁ好物だ。いや、むしろ大好物と言っておこう!」

「壱:あんさんノリノリでんなぁ。だが、それがイイ!!」


 そう言うと二人は笑い合う。そんな光景を〝ごろり〟と転がる緑の首は、バカを見るよに見ている。気がする。

 やがて壱が流にむけ、短い右手を前にだす。そしてこう叫ぶ。


「壱:古廻はん、様式美ちゅ~のはこうするんやで! すてーたすおおおおおぷううううん!! このポーズと叫びが重要や! すると空中に半透明なボードが出て見れまっせ!」

「なん……だ、と!?」


 流は感動する。まさかの大きいお友達の夢と希望、そして憧れが詰まった伝説の「ステータスオープン」が使える日が来たのかと!!

 流は〝ゴクリ〟と生唾を飲みこむと、壱よりさらに派手に「両手を突き出し」どこぞの魔王が凍てつく波動を撃つようにかまえ、次の瞬間!


「ステータスウオオオプーーーン!! …………あれ?」


 流は文字通り魂を込めて、全てを出し付くように叫ぶ。が、そこには何も現れず代わりにもう一つの金色のノートのような物が降ってくる。それを訝しげに見る流と壱。


「出ないぞ? いや大学ノート出たけど」

「壱:な、なんやこれ? 僕も知らんでこんなのは……。とにかく開いてみなはれ古廻はん」

「えー、壱も知らないのか? 大丈夫かよ。じゃあ……え?」

「「なんだこれ?」」


 二人は思わず言葉が重なる。それはステータスの事に関してだったが、理解できない内容が記載されていたからだった。

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