第3話:ステキな出会い。それはファンシーな人でした

(そうだ……あれは無いわなぁ。ふつう説明も無しに異世界へ放り込むとか無いわ。おかげで俺は……)


 流はジト目で〆を睨む。それが嬉しかったのか、〆は流を抱きしめると全軍へ出撃を命じる。

 まったく困った女だと思いながら、あの理不尽に始まった異世界生活を思い出すのだった。



 ◇◇◇



 落ち着け……令和元年現在二十歳。身長も百八十センチをキープし、ちょっぴり・・・・・骨董に狂ったを愛するナイスガイ。それが原因で元・彼女に先日ひっ叩かれた思い出もある。あれは痛かった。

 だが「痛いのはアンタの頭の中身よ!」と絶叫されたのは解せん。その後、友人たちが「見た目は完璧なのに残念……」と、悲しい顔で俺をさげすむ視線が忘れられん。これはモテ期というやつか? うん、そうに違いない。

  

 そうだ、自分をちゃんと認識できている。何もわからないまま放り込まれた異世界。

 だが俺はまだ正気のはずだ……見ろ、右手には妖刀。左手には薬局にある、カエルに似た骨董品。大丈夫だ。問題ない。誰がどう考えても……。


「まともな状況ぢやあねええええええぞ!!」


 絶叫する男。古廻こまわり ながれは右手に持つ妖刀を、投げ捨てるように放り投げる。

 すると妖刀から若い娘のすすり泣く声が聞こえた後、右手にひっつくように戻ってくる。


「ひぃぃ!? な、泣くなよ! 俺が悪かった、な? この通りですぅ」


 流は妖刀を掲げるように持つと、土下座スタイルで頭を下げる。すると妖刀から〝ぽたり〟と赤い何かが落ちた。よく見るとそれは……。


「オレ、モウ、ダメ……」


 妖刀の鞘から鮮血が〝どろり〟とにじみ出て、ながれの眼前を真っ赤に濡らす。

 その光景をみた流は日曜の夕方に放送している、国民的アニメの少女が、ショックを受けたような顔で草むらに倒れ込む。


 そんな気絶した流がいる場所。そこは白いサルビアに似た花が咲き誇る草原だった。

 ここは高原のような高台であり、遠くには西洋建築風の町の影がうっすらと見える。

 周囲には崖が広がり、下に降りる場所は一箇所のみ。


 この高台から下へと続く道。そこからゆっくりと影が近づいてくる。どうやら人影のようだ。

 その人影は倒れている男、流のそばまで来ると、おもむろに持っていた棒で流をつつく。

 ゴツゴツと頭部へと鈍い痛みを感じ、流は覚醒する。


「ぅ……ぅぅ……あ痛ッ!? な、なんだ一体? ッあ゛!?」

「……ぎゃ゛!?」


 見つめ合う人影と流。ボケた頭がハッキリとすることで、人影の存在がより鮮明に見えた頃、流は声にならない悲鳴をあげる。

 それに驚いたのか人影もおかしな声をあげると、お互い時間が止まったかのように固まった。

 

「こ、コンニチワ。俺、古廻 流。三番目に好きな色はショッキングピンクです。どうぞヨロシク」

「…………?」


(待て、落ち着け。相手も驚いているはずだ。あの女狐が言っていた事を思い出せ……そうだ、あの巻物の効果・・・・・・・で言葉が通じるはず! だが一体この姿は……)


 流と向き合う逆光で人影だったものは、今はハッキリとその姿が分かる。

 身長は子供ほどの大きさ。一メートル半ほどあり、目が〝ギョロリ〟と見開いていた。

 さらにその目は充血しているような赤さがあり、肌は薄汚い緑色だ。

 一見、この現地人は裸族かと思ったが、よく見れば衣服を着用している。どうやら文明的なお付き合いができそうだ。


(こ、これがこの世界の現地人? こんなのと交流して、商売しなきゃならないの俺? うそだと言ってよ、お花さん。違うと言ってよ小鳥さん。あまりにもハードル高すぎじゃね?)


 あまりの見た目に、足元の花や空を飛ぶ小鳥に助けを求めるほど、流は彼の容姿にショックを受ける。

 とくにいたつ、薄汚れた布で作られた帽子がチャーミングだ。だって三角帽だ。つまりファンシーだ。

 そんな彼の上半身は裸だが、下半身はしっかりと文明の結晶である「腰蓑こしみの」でオシャレに着飾っている。ステキだ。

 だが、真のオシャレさんは一つ崩して着こなすという。なるほど、裸足だ!


 流はそんな風に考えながら、ゆっくりと立ち上がり、目の前のナイスガイへと右手を差し出す。


「やぁ。驚かせてしまってすまない。あらためてヨロシク! 俺のことは流と呼んでくれ。なに、遠慮はいらないさ。俺たち友達だろ?」


 流は実にいい笑顔でサムズアップを決める。それに反応したかのように、緑の小人は一つ頷くと、左手の人差し指で流の顔をさす。


「……なぎゃ」

「ん? あぁそう。俺は流だよ、よろし――」


 流がそう言った瞬間だった。突如、緑の小人は右手に持っていた木の棒……よく見れば棍棒を振り上げ流を襲う!


「うわぁ!? ちょ、ちょっと待て! 何か気に触ったんなら謝る! だから落ち着けって!!」

「ギャッギャッギャ!!」


 流は突然の事に焦る。必死に緑の小人を静止しようとするが、言葉もジェスチャーも通じない。


「頼む! 話を聞いてくれ!!」

「ギャッフオオオオ!!」


 右から大ぶりのスイングを、流は慣れた足取り・・・・・・で左に体をひねり躱す。

 それでもなお、やめるように懇願するが、緑の小人は一向に聞く耳をもたない。

 やがて自分の攻撃が全く当たらずイラついたのか、棍棒を癇癪かんしゃくをおこした子供のように振り回す。


「そうか……どうあっても俺を『コロス』気なんだな?」

 

 徐々に崖ぎわまで追い詰められ、崖からスカイダイブするまで残り二メートル。

 焦る気持ちを覚悟に変えて、流はついに決断をする――



 ――妖刀・悲恋美琴ひれんみことを抜くことを。



「オイ、最後のチャンスだ。いいかよく聞け? これ以上攻撃するなら、俺はお前を斬る! 脅しじゃない、本気だ! 今すぐ攻撃をやめろ、いいか、やめるんだ!!」

「…………グァ? …………ギャギャギャ!!」

「そう、か。分かった、短い付き合いだったが、あの世でも元気でな」


 一瞬攻撃をやめたかと思った緑の小人は、また攻撃を再開する。すでに限界ギリギリまで追い詰められており、崖際まで残り五十センチ。

 流は悲恋美琴の持ちて部分である、つかを握りしめると勢いよく抜刀する。


 漆黒のうるしが美しい、会津塗あいづぬりの鞘から抜き放たれた刀身は、不気味だが妖艶に美しい。

 抜いただけで周辺の温度を下げるかのような、冷気を刀身から噴出させ、異世界へとその姿をあらわす。

ほふる事に特化したこの刃は、敵である緑の小人すら一瞬で魅入られてしまう。

 だからこそこの日本刀ぶきは「ヤバイ」と、直感的に感じた緑の小人は棍棒を持つ手に力を込め流を殴り殺す!


 流は緑の小人が上段から打ち下ろす渾身の一撃を、抜き放った妖刀・悲恋美琴で左下からすくい上げるように受けた。はず、だった……。

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