第71話 暁の勇者シエナと決着
「シエナ……お前は本当に気分転換や機嫌が悪いと人を殺すのか?」
「ノア様こそ、いつもそんな残酷に人を殺しているのです?」
シエナは殺人鬼だ。
人を殺すのに躊躇いはない。
そういえばアリスの首をいきなり刎ねた。
俺がシエナだけを連れて来た理由。
それは場合によってはシエナを殺すためだ。
例え勇者であり、殺人許可証を持っているからと言って、意味もなく人を殺すのは許せん。
「シエナ、俺は悪人の人権を認めない。リリーを失った時に被害者の気持ちが良くわかった。悪人の人権など亡くなった人の前には虫けらと同じだ。だから俺は何倍にもして返す」
「悪人だからと言って残酷に殺すのはダメなのです。一思いに殺す位の慈悲を与えるのです」
それは親しい人、愛していた人を殺された人間にはわからない感情だな。
「悪いが俺はリリーを殺されて人が変わった。最果てのダンジョンで死地を見て人が変わった。あの頃のノアはもういないんだ。それより、シエナ、お前は本当に気分転換や機嫌が悪いと人を殺すのか?」
腰の剣に手をかける。
「いくらわたくしでも気分転換や機嫌が悪いからと人を殺めたりしないのです。むしろ殺めたくないのです。あれはアリスさんを脅かすために言っただけなのです。アリスさんが吸血姫なのは鑑定のスキルでわかったのです。ノア様とのこと諦めるようにと思ったのです」
腰の剣から手を放す。
「ノア様は場合によっては私も殺すと言うのです。ノア様は変わったのです。あの明るい顔のノア様、私の太陽だったノア様。でも、勇者の力、侮らないでいただきたいのです。ノア様が人を残酷に殺すことを止めると聞き入れてくれなければノア様を殺してシエナも死ぬのです」
俺はシエナの考えがわかった。
シエナは悪人だからと言って残酷に殺すのには反対なだけのようだ。
それにヤンデレと言っても、おかしいのは発言だけで、本当に無意味に人を殺めるようなことはしていない。殺すのは悪人だけ。しかも、シエナは殺すことに抵抗を感じている。
参ったな。
これだと一見俺の言い分の方が歩が悪い。
俺の考えは残酷な目に会った被害者にしかわからない感情だ。
シエナはそこまで残酷な死地を経験していないのだろう。
俺はシエナの過去を知りたくなった。
勇者は極悪人を殺しても罪に問えない殺人許可証を与えられる。
だが、ほとんどの勇者は殺人など犯さない。
戦争の時には殺すが、それは殺人とは呼べないだろう。
殺人者は国だ。
だが、シエナは好んで悪人を滅しているように思える。
あの明るくて優しそうだったシエナが何故こんな風になってしまったのか?
「シエナ……お前、一体何があったんだ? 俺のことは話した。俺は目の前で愛するリリーを乱暴されて、殺されて、そして無実の罪でダンジョンに転移させられた。憎い。リリーを殺したヤツらが憎い。アリスがいなかったら今頃実家の人間を一人残らず殺していた。そうならなかったのはアリスのおかげだ。あの子が俺の心を癒してくれた。それに残留思念のリリーにも会った。リリーは復讐をするなと言った。だからこれくらいで済んでいる。正直、シエナも愛する人を無残に殺されたら俺と同じようになると思う。だが、シエナは俺とは違うよな?」
シエナは一瞬遠くを見ると。
「シエナが初めて人を殺したのはノア様と会えなくなった日なのです。シエナはこの国の第一王女なのです。でもお母様が亡くなって、権力闘争に巻き込まれて……あの日、自分が生き残る為に暗殺者を殺したのです。相手はわたくしの侍女なのです。子供の頃から付き添ってくれていたのです。でも……彼女は家族を人質に取られていて……私に殺される時も……無抵抗だったのです。きっと、どうしようもなくて……わたくし必死に生き残るために、でも我に返った時、わたくしはかけがいのない人を自分の手で殺してしまっていたのです。ノア様は相手に事情があるかもしれないということは考えないのです?」
俺はシエナの気持ちがわかった。
俺は大切な人を殺された。
だが、シエナは大切な人を自らの手で殺してしまったのだ。
シエナが抱えている闇の正体がわかったような気がした。
そして、シエナと俺の考えは決して相容れないだろうと思った。
だからと言ってシエナが悪い訳ではないだろう。
むしろ、歪んでいるのは?
……俺の方だ。
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