【短編】衛星と石炭

はたたがみ

衛星と石炭

 今日も客は来ない。まあ当然だ。これに慣れるとまずい気はするけど、だが当然だ。相変わらず本棚の商品たちは埃を被り続けている。後ではたいてあげなきゃな。


「はあ。大したニュースも無さそうだな」


 そんなことを零しながらしけた顔で新聞を広げる女がカウンターを占拠している。この私、石ヶ音いしがね五弦いつるだ。


 昨今は石炭やら蒸気機関やらのおかげで色々便利な世の中になった。馬がいなくても車は走るし、夜でもガス灯のおかげで暗くない。それはいいんだが、この店にも恩恵は無いのだろうか。確かに私は車なんて持ってないしこの仕事でそんな物はいらない。だがなんかこう……何とかならないのか。もう2015年だよ?


「だあっ!ほんっと退屈!」


 そんな時、客の訪れを教える入り口のベルが鳴った。


「いらっしゃい!……て、ナナセさんか」

「何よその残念そうな顔は。せっかく飢え死してないか見に来てやったってのに」

「でも何も買わないんでしょう?」

「まあね。読めないから」

「ちっ」


 この年齢不詳の女は学校に行ったことが無いらしい。学校に行ったことが無いのと読み書きができないのは必ずしも同じじゃないけど、別に珍しいことでもない。


「じゃあカサタキさんに一冊」

「あいつにそんな趣味は無い」


 あの人見知りな青年に読書の趣味が無いとは。偏見ってのは持っちゃダメだといつも思うよ。


新聞それ、何か面白いこと書いてあるの?」

「無いよ。石炭の値段もあんま変わんないし迷宮ダンジョンの様子も異常無し。もうすぐ攻略できそうなのがあるらしいけど」

「平凡ね。これぞ日常だわ」


 まるで戦争でも経験したかのような物言いだな。さすがにそこまでは年食ってないだろうに。


「ねえ」


 ナナセさんが重たげに口を開いた。


「本当に全部売るの?ここにある本」


 彼女の視線の先には、どこまでも伸びていくかのように本棚が立ち塞がっている。まるで大口を開けた化け物だ。

 実際は店そのものが大して広くないから本もそこまで多くはない……はず。なのに不思議と、無限に本があるような幻覚に私も囚われる。しかし関係無い。


「売るよ。そういうことになってるから」


 私は真っ直ぐナナセさんを見ながら言った。ある意味宣言だ。

 ナナセさんは半ば諦めた様子でため息を吐いた。


「変わらないね。あんたの態度も日常の1ページってわけだ」

「やめて。私はこの現状が嫌いなの」

「へいへい」

「用がないならもう帰ってよ。こっちも暇じゃないんだなら」

「嘘つけ。とてつもなく暇だろ。帰るけど」


 また静かになった。




 私は夜がそんなに嫌いじゃない。夜風に震えながら星を見つめているとどこか心地よくなる。人に見られたらからかわれそうで、だけど見える景色は綺麗で、僅かな間だけこの世から離れていられるような気がする。


 だからたまにこうして店の前の道に出て、人目もちょっとは気にしながら夜空を見上げている。決してお金か何かが手に入るからみたいな理由は無いのに。


「流れ星に3回、ねえ」


 あくまでも持論だが、流れ星を見つけられるだけでもまあまあの運は持ってるんじゃないかと思う。だから多少の願い事は叶いやすい。あれが消える前に3度も欲を吐けるほど舌が回るなんて器用者はそりゃ色々できるだろう。


「私は流れ星を見つけるスタートラインに立つことすらできない。でも生きてるんだよな」


 首をそっと撫でる。皮膚とは違う感触が伝わってくる。肌身離さず身につけているチョーカーだ。オーダーメイドは金持ちの嗜みらしいが、別に庶民だってこんな風に手作りくらいできる。


「今日は星が明るい気がするな。案外見つかったりして」


 だとしても私の舌ではどうにもならないが。

 世界一の天才になったつもりで自分につっこんでいたとき、黒い空に1本の白い線が駆け抜けた。


「うおっ、本当に来た」


 私がちょっとびっくりしている隙にその流れ星は消える筈だった。

 だが白い線はやがてどんどん太く明るくなり、夜空を真っ白に染めた。一瞬の閃光が目を閉じさせる。


 闇の逆。


 不意に戻ってくる大人しい夜。


 さらに遅れて別のもの。


 油断すると同時に、轟音が鳴り響いた。


「きゃーっ!」


 咄嗟に身を低くする。周辺の建物(私の店兼自宅を含む)の窓が粉々に砕け降り注いだ。


「ぎゃーっ⁉︎」


 立ち上がるまでに数秒。その間に頭の中が整理されていった。本があるべき場所に納められていくみたいに。


「あれ……落ちたな。街の中か。ん?まちのなか……」


 民家に当たってない可能性は十分ある。だけど……


「……!やばいやばいやばい!急げえええ!!!」


 慌てて店の中へ戻り、大急ぎでリュックに荷物を詰む。忘れ物がないことを祈りつつ私は夜の街へと走り出した。




「今日の私は運が良いーーーッ!アハハハハハハ!」


 詳しい説明はさておき、私は屋根の上を走っていた。笑いが止まらない。

 こんなことのために夜空を眺めていたわけじゃなかったが、まさかまさかの一攫千金のチャンスが転がり込んできた。取引相手でちょっと苦労するかもしれないけど、そんなことは今どうでもいい。今上手くいけばそれでいいんだ!

 笑っているせいで息苦しさが増してくるけど、それでも足は動くのをやめようとしなかった。


「あーっ!てめーイツルか!」


 気分が台無しになった。地上から煩い声がする。ギルドの拾手スナッチャーだ。追いかけて来やがる。


「うっせー!人の邪魔すんな!」

「どっちのセリフだよ!無所属の分際で!」

「くっ……だーまーれっ!」

「図星かっ!」 


 やめだやめ。気が散るだけだよこんなの。それよりも今はあれが落ちた場所だ。やはり屋根の上ここからだと辺りを見渡しやすい。

 地上からは相変わらずヤジが飛ばされたが、全部無視して振り切った。たまに敢えて物壊して進路塞いだりして。

 小説に出てくる怪盗よろしく私はぴょんぴょんと屋根を伝って落下地点に向かうのだった。




 近くに民家は無い。これなら被害は少なくて済むだろう。少なくとも死者は出てない筈だ。


「とはいえ、これは酷いけどね」


 巨人が拳を叩きつけたみたいだ。水面の波みたいに壊れた石畳が広がり、そこかしこに大小様々な金属片が散らばっている。そしてその中心、1番深く陥没した所にそれはいた。


「あったあった。コアはっけーん」


 金属でできたカプセル。大きさは数十センチ。両手で持てば簡単に運べる程度のサイズ。世間一般でコアと呼ばれている代物だ。偶に空から降ってくる。今回みたいに街に直撃することは滅多に無いけど。


「さっさと解体して持って帰ろ。他の拾手スナッチャーが来るまではまだ時間あるだろうし。早い者勝ちってね」


 リュックから必要な道具一式が入った箱を取り出した。鼻歌まじりにコアに向かって一歩一歩歩みを進めていたそのとき、私は違和感を覚えた。


「これは……視線?」


 誰かに見られている。決して戦場暮らしだったとかそういうわけじゃないけど、それでも分かった。近くに誰かいる。私を今も見ている誰かが。

 私は道具箱を開けて中を物色しながら叫んだ。


「いるのは分かってるぞー。大人しく出てこい!」


 それで大人しく出て来てくれたら苦労は無いけど。

 そっと耳を澄ませる。背後で誰かが石を蹴る音がした。


「そこか」


 取り敢えずスパナをぶん投げた。


「ひっ!」


 女の声だ。流石にもう隠れてられないだろう。

 相手は観念したのか、物陰からそーっと出てきた。


「女の子?」


 私と同世代だろうか。くりくりとした大きな目が印象的だ。少し汚れてはいるものの、かなり高そうな服を着ている。背は私より少し低い……なのにでかい。どこがとは言わないが。


「そんな所で何してるのさ?」

「あっ、その、えーと……」

「その服、貴族の子?それとも金持ちの商人とか?」

「いや、その……」

「何とか言いなよじれったい」

「ひいっ!ご、ごめんなさい!」


 勢いよく頭下げないでよ。


「いいよそんなことしなくても。顔上げて」

「は、はいっ!」


 おいコラ、何勢いよく頭上げてんだごらぁ。どこがとは言わねえが豊かに揺れる様がはっきりと見えたぞ。喧嘩売ってんのか、あぁん?


「どど、どうかなさいましたか?」

「ん?ああ、いいよ!気にしないで!」


 やべっ、顔に出てた。あんまり気にしちゃダメだな。気をつけよう。


「それよりあなた何者?こんな所にいたら危ないから早く帰りなよ」

「え、えっと……」

「どうしたの?家が無いとか?」


 貴族は簡単に家族捨てる輩もいるからな。可哀想だが現実だ。


「わ、分かりません……」

「何?」

「お家……分かりません」


 そっちか。


「もしかして迷子?家に地図あると思うからいるならあげるよ」

「あ、いや、そうじゃなくて、その」

「ん?」


 やけに躊躇った様子だ。世間知らずなせいで人に物を借りるのに慣れてないとか?


 そんな私の予想は見事に外れていた。


「お家……覚えてないんです」

「……は?」

「お家がどこか、覚えてないんです」


 泣きそうになりながら少女は言った。


「え、ちょ、待ってよ。じゃあ名字だ!それが分かればどこの家の子か」

「それも、覚えてないです」

「じゃ、じゃあお母さんやお父さんのことは?名前でも顔でも……」

「何も……自分の名前以外、何も覚えてないんです」


 ぎゅっと何かを堪えるように、服の端を両手で掴みながら彼女は答えた。つまり記憶喪失ってやつだ。自分の名前を覚えているだけでもラッキーだろう。


 今にも泣きそうなその表情を見てると何故だか胸が苦しくなって、思いっきり彼女を抱きしめてやりたくなった。


「え?」


 だが堪えて、頭を撫でるだけにした。流石に赤の他人なんだからいきなりぎゅーはまずいだろう。私がおっさんだったら間違いなく警察がやって来る。


「そうだな。辛いな」

「あ、あの」

「泣いてもいいよ。あなたがそれで元気になるなら」

「……っ、う、うぅ」

「何か私にできることはある?何でも言ってごらん。できる範囲で力になるから」

「ううぅ……うああぁ!」


 ついに彼女の涙腺は決壊した。あれほど私が自重したってのに、思いっきり私の胸に飛び込んで私の服を涙と鼻水で汚しまくる始末だ。だが不思議と悪い気はしない。

 結局泣き止むまでの数分間、私は身動きが取れなかった。


「ぐすん、ごめんなさい。勝手に」

「いいんだよ。気にしないで」

「あ、ありがとうございます」

「ねえ、その敬語やめない?」

「え?」

「歳だってそんなに変わんないでしょ?それにあなたが偉い所の娘かも分かんないんだから。気楽にいこ」

「は……う、うん!」


 今日(さっき会ったばかりだが)一番の笑顔を見せてくれた。これがこの子には合っている。


「そういや、あなた名前は?」

「あ、言ってませ……言ってなかったかな」

「なんかね。私は石ヶ音イツル。あなたは?」

「私は――」


 その時、ドゴォーーーンという音がしたかと思うと、地面を突き破って巨大な手が現れた。


「やべっ、忘れてた!」


 この子に気を取られててすっかり抜かってた。落ちて来たばかりのコア、特に街中に落ちたやつの回収が急がれる理由がこれだ。


 やがて巨大な手の持ち主、その全貌が現れる。全身が金属で覆われた、というか完全に金属でできた巨人だ。生気の無い目が怪しく光っている。


「あれは、一体……」

禍箱まがばこだよ」

「まが……ばこ?」

「私らはそう呼んでる」


 こいつらは生き物じゃない。あのコアによって生み出され、存在。近づいた人間を無差別に攻撃してくる化け物だ。そして現在、目の前の禍箱はどう考えても私たちの姿を捉えている。


「グゴゴゴゴゴ」

「走って!」

「え……きゃっ!」


 私が彼女の手を取って走り出した直後、私たちがいた場所に巨大な拳が降り注いだ。衝撃で石畳の破片が飛び散っている。

 禍箱はすぐに私たちを追いかけて来た。少女の足の速さなんて気にせず、私は全力で奴から逃げた。ズシンズシンと奴の足音が響いてくる。気を抜けば転んでしまいそうだ。

 振り返ることもなく一心不乱に走っていると、急に足音が止まった。


「あれ?追ってこない?」

「助かったぁ。何とか縄張りから出られたみたい」

「縄張り?」

「そ。奴らはみんなコアを守るように『縄張り』を持ってて、そこから外に出れば何にもしてこないんだ」

「じゃあこのまま誰も近づかせないようにしておけば……」

「いや。それはダメだね」

「え?どうして?」

「悪化するからさ」


 コアって奴は禍箱を使って自分を守ろうとしてくる節がある。だがそれだけじゃ満足してくれない。人を寄せつけないため、辺りの地形すらも操って自分専用の洞窟を作ってその最奥に立てこもっちまう。

 それらは迷宮ダンジョンと呼ばれ、一度作られてしまえば攻略には死ぬほど手間がかかる。迷宮ダンジョンの中に禍箱がうじゃうじゃといるからだ。

 そして迷宮ダンジョンも禍箱も、コアを停止させなきゃいくらでも再生されてしまう。


 現在確認されている迷宮ダンジョンは全て街の外にあるから、私たちの生活にはさほど影響していない。だがもし、そんな化け物がひしめく空間が街の中に作られたらどうなるか。控えめに言って最悪だ。


「――てなわけ。だから早いとこコアを停止させて、迷宮ダンジョン発生を阻止しないといけないのよね」

「大変じゃない!」

「そーなんだよなー。普段はギルドって組織の拾手スナッチャーって人たちがコツコツ攻略してんだけど、あいつら呼んでる時間も惜しいんだよね。色々困るし」


 その間に迷宮ダンジョン作られたら終いだ。禍箱も増やされる。


「じゃあ……どうすれば」

「私が気を引く」

「……!そ、それって」

「私が禍箱の気を引く。その間にあなたがコアに近づいて」


 コアの停止方法は簡単だ。ただ触ればいい。人間が触れば1時間機能が停止して、迷宮ダンジョンも禍箱も全て消え去る。きっかり1時間でまた復活するけどその前に解体すれば問題無い。


「ダメ!そんなの絶対ダメ!あんなのに立ち向かったらイツルが死んじゃう!」


 力いっぱい私の腕を掴んでくる。おまけにまた泣き出しそうときた。こりゃ意地でも行かせてくれないな。安心させてあげないと。ううむ、如何したものか。


「ねえ、あなた、名前は?」

「?」

「名前だよ。さっき聞きそびれちゃったじゃん。だから教えて」

「あ……或都あると

「そっか、いい名前だね。じゃあアルト」

「ん?……んんっ⁉︎」


 綺麗な目だ。その目が戸惑うみたいに大きく見開かれて、私の唇にはアルトの唇の感触が伝わってくる。マシュマロみたいにふわふわしていて、油断したら今の状況を忘れてしまいそうだ。


 ファーストキス奪っちゃったんならちょっと悪い気もするけど、まあこれで恐怖や不安は無くなったはず。というかそんなことまで気が回らないだろう。さっき抱きしめるだけで遠慮してたくせになんて話は無しだ。


「……っ、んはっ。どう?」

「どどどどどどうって、な、何⁉︎」

「あはは、安心するかなって」

「あ、安心って……」

「じゃあ、もっかいする?」

「だ、大丈夫です!」

「そ。じゃあ行ってくるね」

「は?……あ!」


 アルトがぼーっと惚けていたのでその隙に禍箱に近づいていった。


「……!グゴゴゴゴゴ」

「よっ。悪いね、ずっと放っておいて」

「グォーーッ!」

「イツルーっ!」


 私の手がチョーカーに触れた刹那、鉄巨人の腕が振り下ろされた。

 しばし、場が静かになる。


「……え?」


 怖くて目を閉じていたらしい。やっとこちらを向いたアルトの目に映ったのは、腕を吹っ飛ばされた禍箱だった。ちなみにその腕はそこら辺に転がっている。


「残念ながら時間も無いんだよね。だから――」


 私は一旦を肩に担ぐ。


「さっさとぶった斬られてくれよ」


 身の丈を超えるほどのバカでかく、シューシューと蒸気を吹き出す機械仕掛けの斧。それを構えながら私は吐き捨てた。


「行くぞぉッ!」


 この斧は重たいけど、私がこれを持って走れないなんて一言も言ってない。


 片腕失って狼狽る禍箱の懐に入り込み、全力で斧を振りかぶる。斧は巨人の体にぶち当たり、乱暴に斬り裂いた。哀れな上半身が宙を舞う。地上に転がり落ちて間もなく、禍箱の目の光が消えた。


 それを見て安心したのか、1人の少女が駆け寄ってくる。


「イツル!それって」

「武装機関っていうんだ。私たちはこれで禍箱と戦うんだよ。初めて見ただろ?」

「それはそうだけど……どこにそんな物を?」

「ここ」


 自分の首を指しながら言った。アルトは気がついてないみたいだが、先ほどまで巻き付いてた筈の物が無くなっている。


「えっと……?」

「ここに巻いてたチョーカーだよ。あれが変形してこれになるんだ」

「チョーカー……?そんな小さな物がこんなに……」

「科学ってすごいよねー」

「うん、びっくり――」


 私たちが楽しく雑談している中、再び地面が割れる音がする。


「!イツル、あれって」

「うん。コアがまだ停止してないからね。増援だよ」


 さっきの巨人と同じ物が、2体3体と地面から出てきた。


「アルト、行って。私なら大丈夫だから」

「本当、だよね?」

「当たり前!行け!」

「……うん!」


 やっとアルトがコアに向かって、まっすぐに走り出した。禍箱たちの視線がそちらへ向く。


「させるかよっ!」


 まず右の1体、斧で薙いだ。その回転を活かして足に力を溜め、左のやつ目掛けて飛びかかる。


「うらああああっ!!!」


 真っ直ぐな幹竹割り。頭から綺麗に真っ二つ。


「次!」


 今のところ最後の1体へと走り出す。相手もこちら目掛けて拳を構える。私の斧と禍箱の拳がぶつかろうとしたまさにその時、禍箱の動きが止まり、倒れた。

 アルトの手がぺったりと、コアに触れていた。


「お、終わった?」

「うん。これでおしまい。後はコアを解体すれば大丈夫だ。悪いけど道具箱を……うわぁ、散らかってるなぁ。そこら辺に転がってる工具持ってきてくれない?」

「うん!分かった!」


 一仕事終えたと言わんばかりに、武装機関がフシューと蒸気を吹き出していた。




「……っと。よし、これで解体完了だ!」

「本当?わーい!」


 私も慣れたものだ。数分で片付くとは。


「後はこの中に……」

「ん?イツルどうしたの?」

「ちょっと待って。えーと……お、あったあった!」


 私がコアから取り出したのは、コアよりもひと回り小さいカプセルだった。


「それは?」

記録砂箱テキストブック。コアには必ず入っててね。これの中身はただの砂なんだけど、迷宮ダンジョン攻略の証としてギルドが高値で買い取ってくれるんだ。ちなみに今回は迷宮ダンジョン形成前だったけど関係無いよ」

「へえ」

「こいつはしっかりリュックにしまってと。あとそこいらの禍箱の破片も持って帰ろ。こっちも素材としてギルドが買ってくれるから。記録砂箱テキストブックほど高価じゃないけど」

「うん!」


 2人揃ってせっせと金属片を拾いまくる。リュックの中はとうにパンパンになり、2人して両手いっぱいに抱えていた。


「うんしょっと。アルト、持てる?」

「うん。平気」

「そっか。んじゃ……」


「こっちだー!お前ら急げー!」


「さっさと帰るよ!走れっ!」

「え?あ、待ってよイツルーっ!」


 ようやく人の声が集まり出す。そんな連中には見つからないよう気を付けつつ、私たちは夜の街を駆けるのだった。アルトは戸惑ってたけど。




「はあ……はあ……ここまで来ればもう大丈夫か」

「待ってイツルぅ……」


 アルトが生まれたてのヤギみたいによろよろとしている。いきなり走ったから疲れちゃったかな?


「アルトお疲れ。ごめんね、いきなり」

「び、びっくりしたよぅ。急にどうしたの?」

「いやぁ、実はアルトに言ってなかったことがあって」

「?」


 可愛らしい顔をこてんとするアルトに、私はちょっと申し訳なく思いながらも明かした。


「私、

「え……」

「つまり、んだよ」

「え、ええええ⁉︎」

「しっ!夜だから静かにしなきゃ」

「いや、でも、さっきこの素材もあのカプセルもそのギルドってところが買い取ってるって」

「うん。でも無理」

「そんなあああ!」


 だから他の拾手スナッチャーに先を越されないよう、一番乗りできるよう頑張った。そうじゃないと取り分なんて無かったろうから。


「じゃあこれどうするの?家に置いといても邪魔なだけじゃん!」

「安心して。こういうときはいつも買い取ってくれる知り合いがいるんだ。今度アルトにも紹介するよ」


 ちなみに現在の主な収入源はそこだったりする。


「そ、そうなんだ。よかった……のかな?」

「うんうん。万事問題無し!」


 気がつけば月が昇っていた。明るいくせに星は見せてくれる。太陽なんかよりよっぽどいいやつかもしれない。

 隣を見れば、月に照らされたアルトがいる。記憶喪失の女の子。さっき会ったばかりでも分かるぐらいいい子。もしかしたらファーストキスを奪っちゃったかもしれない人。そんな彼女を見ていると、ちょっぴり面白い考えが浮かんできた。


「ねえアルト」

「何?」

「私の妹にならない?」

「……ん?んんん??????」


 思いっきり首を傾げている。可愛い。


「私の妹として、私と一緒に暮らさない?石ヶ音アルトとして」

「待って待って待って!どうして急に?」

「だってアルトって記憶喪失なんでしょ?手がかりを探すにしても見つかるかどうか分かんないし、だったら私と一緒に暮らそうよ。思い出すまででいいからさ」

「妹ってのは?」

「一人っ子でね、欲しかったんだよ。歳は14にしよう。私の2コ下」

「イツルの好みの問題⁉︎」


 ぶっちゃけその通りだ。こんな可愛い妹がいたら絶対毎日楽しいに違いない。絶対いい子に育てる。お姉ちゃん大好きっ子にした上で、めちゃくちゃ甘やかす。


「どうする?アルト次第だけど」

「私は……」

「今引き受けてくれたら何でも言うこと聞いちゃう」

「何でも⁉︎」


 これは流石に効いたのか、アルトはぶつぶつと何か言いながら考え事を始めた。その横顔を眺めていると、やがてアルトが口を開いた。


「と、ときどき……」

「ときどき?」

「ときどき……わがまま、言ってもいい?」


 寧ろ毎日でもいいんだけど。


「うん。いいよ」

「じゃ、じゃあ……よろしく。えっと……お姉ちゃん」

「うん、これからよろしくね、アルト!」


 月明かりの下、私たち姉妹は2家を目指して歩いた。

 この妹になった少女アルトが毎日を楽しく変えてくれる。そんな予感が当たりだったと分かるのは、そう遠くない未来のお話だ。

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【短編】衛星と石炭 はたたがみ @Hato-and-Gorira

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