#夏休み
第19話
結ばれていないセミロングの髪が、店内のクーラーの風で微かに揺れている。
「俺が、関係してるのか?」
「さ、さーね」
そっけなく、はぐらかされてしまった。
そして俺が口を開く前に、エスカレーターは次の階へ到着してしまう。
春音がことさらに楽しげな声を出した。
「健斗、どこから行く〜?」
「え、目的地も決めずにエスカレーター乗ったの?」
「うん、まぁ……」
「確かこの階ってゲーセンあるよな? ならそこから行こう」
「そ、そうだねっ!」
春音は何度も頷いて、すたすた歩いていく。なんか春音、さっきから忙しないな……。
少し歩くと、すぐにゲーセンコーナーに辿り着いた。この店はこの階の面積の大半を占めているのだ。その上、夏休みということもあって
クレーンゲームやプリクラ、アーケード筐体などがある中、春音は真っ先にメダル両替機へ向かった。
千円札を入れると、ジャラジャラとコインが出てくる。
「よく来るの?」
背中に尋ねると、春音は前を向いたまま首を振った。
「ううん、小さい頃によく来てただけ」
「小さい頃…………、そういえば何回か一緒に来たよな」
「え、覚えてるの!?」
勢いよく春音が振り向く。心底驚いた顔をしている。
「ああ。でも、だいぶ記憶は曖昧になっちゃってるけど」
「私は鮮明に覚えてるよ」
「え、あ、そう……」
えらく力強く言われたので、変な返事になってしまった。昔の俺、春音が忘れられないほどのことをやらかしたのだろうか……。
メダルの入ったカップに加え、どういうわけか空のカップを一つ持った春音が意気揚々と言ってきた。
「よし、やろうっ」
「ちょっと待って、俺も買うから」
「いいよ。……私、多分鈍ってないから」
「何の話?」
聞いても春音は得意げな笑みを浮かべるだけで、何も答えてくれそうにない。
そのまま歩き出した春音について行く。
彼女はプッシャーゲームの前で立ち止まった。台に押されたメダルが落ちてくる、俗に言う「メダル落とし」というやつだ。
「ちょっと待っててね」
春音はあらかじめ取り出し口にカップを置くと、タイミングを狙ってメダルを入れ始めた。その度に、投入した量の何倍ものメダルが落ちてくる。
あっと言う間に空だったカップにはずっしりとメダルが入り、それを俺に渡してきた。
「はい、健斗の分」
「すげぇな、春音」
「それをここで言ってくれたのは、久しぶりだね」
嬉しそうな視線が向けられる。そして彼女は俺に何か言う隙を与えずに、メダル落としの方に向き直ってしまった。まぁ彼女の言葉の意味は、俺にだって大体予想はつくけれど。
俺は昔も、こうやって春音にメダルをもらっていたのか……。
「ちょっと俺、向こうのやつやってくるわ」
「わかったー」
せっかくまた、春音にメダルをもらったんだ。ありがたく使わせてもらおう。
どれをやろうか辺りを見回していると、やたら蛍光色の多い小さな筐体、キッズゲームのコーナーが目に入った。俺、あれでメダル稼げた記憶ないんだけど……。
でも、なんか懐かしいしやってみるか。
やって来ると周囲には小さな子供たちしかおらず、とんでもなく俺が浮いている。今、斜向かいのママが俺を一瞥したな……っ!
しかし、俺はそんなことは気にしない。陽キャになると同時に狂ってしまったこの羞恥心は、もう治りそうにないのだ!
なんてバカなことを考えつつ、俺は清々しいまでに堂々と目の前の筐体に向き合った。剣士が敵を倒すゲームらしい。メダルを入れるほど、装備する剣が強くなるようなので、最大の五枚入れた。
すると画面には、こちら側に金色の剣を持った二頭身の剣士が映し出され、向かい側にスライム、悪魔、ドラゴンが現れる。三体は永遠に右から左へスライドしていっており、ボタンを押して倒す相手を決めるようだ。
まずスライムのところでボタンを押すと、剣士が剣を振るった。簡単にスライムはやられ、「1枚ゲット!」と表示される。早速四枚損したぞ……。
何となく悔しくなったので、次は悪魔を倒すことにした。やってみると悪魔もあっさりやっつけることができ、今度は「20枚ゲット!」と表示される。なかなかいいな……。
調子に乗ってドラゴンも倒してみる。
普通、こちら側の剣が折れたりしてゲームオーバーになるはずが、なんと奇跡的に倒すことができた。そして表示されたのは「200枚ゲット!」。
「嘘だろ……」
思わずそう呟いた次の瞬間、ジャララララララーーっとメダルが吐き出された。その音に周囲の子供だけでなく、俺を一瞥してきたママまでこちらに振り向く。
どうだ、すごいだろ(恥)。
さらに重量を増したカップを持って、春音の方へ向かう。
「あ、健斗おかえり……え!?」
戻ると、春音は真っ先に俺の持つカップに気づいた。目を見開いて驚いている。
「どうしたの……、それ」
「なんかあそこで、たまたま……」
キッズゲームのコーナーを指差すと、春音は理解したのか「あー」と言って頷く。
そして彼女は頬をぷくっと膨らませると、子供のように唸り出した。
「むううううぅぅぅぅぅぅーーーーっ!!」
「は、春音!?」
「健斗、ちょっと待ってて!」
ビシッとこの場を指さした春音は、慌ただしくカップを持つと、隣のメダルゲームへ走って行った。
揺れる見慣れない春音の後ろ髪。
おいおい、マジかよ……。
***
結局春音はその後、数々のメダルゲームをやったが思うような成果は出なかった。
俺たちはゲーセンを出ようと歩いているのだが、春音は何度も後ろを振り返っている。
「ん〜……」
しかし、とある場所でピタッと春音の足が止まった。
「どうした?」
「ねぇ健斗……、あれ……一緒に撮ろ?」
おそるおそる言ってきた彼女が見ているのは、プリクラ筐体。三つほど設置してあるそれらの周りには、女子中高生が群がっている。
「え、あれやるの……?」
反射的にそう返していた。すると、俺は思った以上に嫌そうな顔をしてしまっていたのか、春音が動揺しつつも優しく気遣ってきた。
「や、別に嫌ならいんだけど……」
「嫌というか……、
「あー、確かに混んでるね」
もう羞恥心がどうこうとかではなく、単純に男が入っちゃいけないような空気なのだ。
「ごめん今日はいいよ。健斗、無理しないで」
下手な笑みを浮かべる春音。そんなに撮りたいのか……?
「春音、プリクラ好きだったの?」
「全然」
彼女は大きく首を振った。
「じゃあ、なんで?」
「それは…………」
春音は黙り込んでしまった。これはしばらく地蔵タイムが続くのかな……と思いかけたが、春音は思いの外すぐに顔を上げた。
頬を朱に染めた彼女は、ワンピースの袖を強く握り締めながら呟く。
「……健斗と撮りたいってだけだし」
「そ、そうか……。……なんかありがと」
なんだこのやり取り、俺も顔が赤くなってきちゃったぞ。エアコン壊れてるのか、この店。
で、春音は俺と撮りたいと……。
どうしたものか。ここで「ならスマホで撮ればいいじゃん」と言うのはまず論外だ。何と言ってもプリクラ写真は、「一緒にあの筐体の中で撮った」という思い出が追加される特別な物のはず。顔だけでなく、思い出も盛られるのだ。
だから、プリクラ以外の写真を検討することはできない。
かといって別のゲーセンに移動することもできない。この周辺にプリクラがありそうな店は、ここ以外にないのだ。
だったら……。
俺は空手の試合前かってくらいに拳に力を入れた。
「よし! 一緒に撮ろう!」
誰かのツイート
『どうしよう……。
今、偶然店で彼と会ったんだけど、
私ポニテじゃない……。
あの髪型じゃない私を
彼はどう見てるんだろう。
やばい、落ち着かない……。 』
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