第18話

 それに対する答えは、自分でも驚くほどにすぐ思い浮かんだ。


 いつかこうなった時のためにと多分、自分の中で無意識的に準備していたんだと思う。


 俺はできる限り優しく言った。


「うん、いいよ」


 ***


 斜陽に照らされた廊下をお互い、目を合わせられずに進んでいく。どうにも照れ臭いのだ。

 

 しかし春音の足取りは軽やかで、楽しそうにも見える。


 さておき、薄々感じてはいたが、やっぱ春音は俺と帰りたかったのか……。それこそが彼女のあの表情の理由だろう。


 ようやく、もやもやとしていたものが晴れた。


 でもやっぱり春音と一緒に帰ることは気恥ずかしく、何も言葉が出てこない。


 そのまま長い長い廊下を歩き、昇降口へやってきた。ほとんどの生徒がすでに帰宅しているこの時間なら、春音は周囲を気にしなくて済む。


 校舎を出ると、少し冷えた風が頬を刺してきた。


 校門を抜けたところで、とりあえずなんでもいいので口を開くことにした。


「春音は朝、何時頃来てるんだ?」


 自分でも笑ってしまうほどにを埋めるためだけの言葉だが、俺は入学してから数ヶ月、春音を通学路で見たことがない。


「八時頃かな」

「え、そんな早く来て何してるの?」


 学校には、八時四十分まで着けばいいのだ。

 春音は何か誤魔化すように答えた。


「いっ、色々だよ……?」

「ふーん」


 並木道を抜けると、ショッピングモールが見えてきた。

 また、特に意味のないことを聞いてみる。


「休みの日ってどうやって過ごしてんの?」

「うーん、勉強したり、料理したり、ゲームしたり……別に変わったことはしてないよ」

「でも結構色々やってるんだな」

「健斗は?」

「俺は……」


 そこで、言葉は途切れてしまった。高校に入ってからというもの、俺は休日も奴らと絡んでいた。


 行きたくもない店に行き、見たくもない映画を見て……今から考えたら、最悪な休日の過ごし方である。


「……ごろごろしてる」


 代わりに、試験前の土日のことを言った。勉強をしてる時以外は、基本的にだら〜っと過ごしていたのだ。


 春音がクスッと笑った。


「なにそれ、ちゃんと一日のスケジュール立ててもらわないと」

「もらう……? 誰に?」

「…………私、とか」


 消え入りそうな声で呟いた春音の視線は、俺ではなく周囲の景色にばかり向けられている。自分で言っといてなんで照れてるんだよ……、なんか俺まで恥ずかしくなってきちゃったじゃん。


 それを振り払うように、茜色の空を見上げて独り言めいたことを言ってみる。


「も、もし春音に生活管理されたら、めっちゃ勉強させられそうだな〜」

「そんなことないし!」


 先程までとは打って変わって、急に真剣な眼差しを向けてきた。そんなに俺にやらせたいことがあるのか……?

 

 その後も俺たちの間では、あまり中身はないけれど、とても楽しい会話が続いた。


 そして気づけば、もう俺の住むマンションの敷地前まで来ていた。


 春音の家はもう少し歩いたところにある一軒家。夜なら男として彼女を送っていくべきなのかもしれないが、周囲はまた十分に明るい。


 俺は片手を上げて、マンションへ足を向ける。


「じゃあ今度こそ、また二学期」

「……うん。ありがとね、一緒に帰ってくれて」

「別にお礼するようなことじゃないだろ」

「まぁ、そうかもだけど……、嬉しかったし。…………またね」


 決して明るくはないトーンで呟かれた別れの言葉。


 もちろん彼女は、寂しげな表情を浮かべている。


 でも、明らかに今までのものとは違う。そう確信できた。


 だって多分俺も今、同じような顔をしているから。


 彼女に小さく頷いて、歩き出す。


 俺たちは単純に、別れがたいのだ。


 次会うのは約一ヶ月後か。


 ……長いなぁ。


 ***


 夏だ。


 どれくらい夏かというと、「暑い」「蝉の鳴き声」「もやもやと揺れる陽炎かげろう」「どこからともなく聞こえてくる風鈴の音」といったワードが頭の中を支配するくらい、夏だ。


 そんな中、俺はわざわざ外へ出て、気だるく歩いていた。


 夏休みも十日目。宿題も適度にやりつつ、それ以外はゲームしたりアニメを見たりしてだらだらと過ごしていた。


 目的地である、近所のショッピングモールに到着する。中へ入ると、冷風が全身を包み込んでくる。あー、生き返る〜。


 ぶらぶらと店内を回っていると、本屋が目に留まった。


 普段ならスルーしているところだが、図書室であの本を借りて以来、少し小説に興味が出てきたので足を踏み入れる。


 まずは読みやすいやつから……なんて思いながら棚を眺めていると、ふと隣の雑誌コーナーにいた女子が慌てて読んでいた本を戻した。


 彼女は、なぜかすたすたと俺の方へやってきて、俺の真横で立ち止まる。え、何?


 顔を向けると、そこにいたのは春音だった。


「健斗、久しぶり」


 透け感のあるベージュの花柄ワンピースにショートブーツ。彼女の私服を見たのはいつぶりだろうか。素直にときめきそうになったぞ……。


 それにしても「また二学期」とか言っておきながら、たった十日で再開するとは。


「全然久しぶりじゃないだろ……」

「別にいいじゃん。それより健斗、そういう小説とかに興味あったっけ?」


 春音が興味深そうに聞いてきた。


「まぁ最近、ちょっとね」

「へぇ〜」

「春音はあの本を買いに来たのか?」

「え? ……あ」


 春音がさっきまで読んでいた恋愛雑誌に目を向ける。すると春音は体をずらして、それを阻害してきた。


「…………」


 無言の圧を発しながら、俺をじっと見つめてくる。どうやら触れてほしくないらしい。


 彼女は、強引に話題を変えた。


「そ、そうだ健斗! この後時間ある?」

「うん、あるけど」

「じゃあ、ちょっと一緒に回らない? 他の店とか!」

「お、おう。わかった」


 俺が頷くと、春音は本屋の出口へ向かった。なので俺も着いていく。夏休みに入ってからずっとぼっちしていたので、春音と過ごせるのはありがたい。


 店の前にある上りのエスカレーターに乗ったところで、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。


「あのさ春音、今日ってなんでポニテじゃないの?」


 それが先程、すぐに春音を認識できなかった理由だ。ポニテじゃない春音は初めて見たかもしれない。


 彼女は自分の足元を見つめながら、ボソボソと呟いた。


「だって今日は……、健斗と会うと思ってなかったし……」




誰かのツイート

『私にもできる恋愛成就の良い秘訣、

 どっかに載ってないかな〜

 大半は私がやると上手くいかずに、

 空回りしちゃうんだよねー…… 』

 

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