第20話

「え、いいの?」

「おう」

「……健斗、やっぱり優しいじゃん」


 春音が小声で言ったことは聞こえてないふりをして、俺は女子女子した世界に足を踏み入れた。


 このゲーセンのプリクラは「基本男子禁制、カップルのみ可」などの決まりはなく、誰でも使える。まぁ、「その場の空気」というバリアは張ってあるのだが。


 女子中学生の後ろに並ぶと、彼女たちは一瞬しか俺を見なかった。多分、春音と一緒にいるからだろう。


「カップル……みたいに見られてるな」

「…………健斗」


 顔がさらに赤くなっていく春音。でも目は逸らさず、むしろ少し鋭くなった。


「……また、調子乗ったね。四回目。覚えとくから」

「さっきの、カウントされちゃうのか……。事実を言っただけだと思うけど……」

「事実だからだめなの。…………『みたい』じゃ、嫌だもん」

「え? それって……」

「――ほらほら、順番来たよ! 行こう」


 何かとんでもないことに気づきかけた気がしたが、それを確認するより先に順番が回って来てしまった。三台の内、二台が同時に空いたのだ。


 前の女子中学生たちと同時に動き出す。

 中に入ると周囲は真っ白だった。


「へぇー、こうなってんだ」

「健斗、初めて入ったの?」

「そうだよ。春音は?」

「私も初めてだよ? だから……健斗が初めて」


 そう言って照れ笑いを浮かべた春音。

 対して俺は、思わず彼女から目を逸らしてしまった。


「何その言い方……」

「……っ!」


 春音も自身の言動に気づいたのか、口元を抑えた。


 この落ち着かない空気を壊すように、俺はさっさとお金を入れる。すると、手前のタッチパネルに「フレンド」「恋人」という選択ボタンが映し出された。


 迷わず俺は一方に手を伸ばす。


「「あ」」


 全く同じタイミングで、春音も俺と同じ方を押した。


 二つの指先は「フレンド」に当てられている。


 すぐに指を離した春音は、不満げに唇を浅く噛んでいた。


 俺たちは友達だから、こっちを押して正解なはず……。そりゃもちろん、万が一の確率だが、次に来た時にはもう片方のボタンを押している可能性もあるかもしれない。


 でも、今は確かに友達だ。


 そんなことを思っていると、刹那、ピカッと周囲が明るくなった。


「え、何?」

「何って、撮影じゃん」

「そ、そうか。もう始まったのか」


 全部で九枚程撮るらしい。画面に、ちゃんとポーズを取っている春音と、ぼーっとしている俺の写真が表示された。


「うっわ誰これ? そして肌が異常に綺麗だ……」

「そんなに……変?」


 春音が心配そうに聞いてきた。


「いやいや、俺のことね。春音はそんな変わってないじゃん。元がいいからな」

「ばっ、ばか、あほ…………」


 春音の顔がどれだけ加工されても消えないくらいに赤くなったのと同時に、音声で次は「定番ピース」をしろと言われる。


 画面には手本が表示されていた。単におでこの辺りでピースを作っているだけだ。一体誰だ? この位置でピースすることを定番と決めたのは。


 隣を見ると、春音は気を取り直して普通にポーズを取っていた。むしろさっきよりも楽しそうだ。だから、恥ずかしさはあるが俺もピースをする。……全然狂ってねぇじゃん、俺の羞恥心。


 また、シャッターが切られる。


 すると再び、プレビュー写真というか、ヤバい俺が現れた。


「俺、相変わらずすげぇことになってんな……」

「いいじゃんいいじゃん。プリクラらしくて」

「……そうだな」


 プリクラで撮ったことに意味があるのだから、落ち込む必要はなかった。 


 その後も音声で「指ハート」「小顔ポーズでなんとかかんとか……」と、色々と指示があり、最後の方はつい結構乗り気でやってしまった。明日悶え死ぬかもしれない……。


 撮影が終わると、筐体の裏側にある編集スペースへとやって来た。


 タッチパネルには「なりたい顔を選んで」と書かれた下に、二人で撮った写真と、「なりたい顔候補」の女性が三人、男性が一人映っている。


 割とガチで将来はキムタクのようなイケおじになりたい俺だが(無謀)、残念ながら候補にキムタクは不在だった。ちょっ待てよ……、なんでいないだよ。五人目の候補を作るならぜひキムタクにしてください(熱望)。


「まぁ、どれでもいいか」

「うん」


 春音と「なりたい顔」は適当に選ぶ。そしてその後の、細かな顔パーツの編集なども終えると、文字を書き込む作業に入った。


「文字って言われてもなー。こういう時、普通はどういうこと書くんだ?」

「私もよく知らないけど、有名なのだと……『ズッ友だよ』とか?」

「あぁ、そういうやつか……」


 正直、あんまり気は進まないなぁ。俺はそういうタイプの人間じゃない気がする……。


 あ、そう言えば最近はあまり文字を入れないって、上井草たちが言ってたような……。


 どうやら春音も、気が進まないようだった。


「……私は嫌だな。だから、お互いの名前を書いておこう?」

「そうだな」


 よくわからないし、名前を書いとけばとりあえずいいだろ……、多分。


 最後に、プリントする写真を選ぶ。出てくるシールの大きさは変わらないので、選択する写真数が多い程、一枚一枚が小さくなるようだ。


 春音が軽く聞いてきた。


「どうする? 全部にする?」

「いやいや、それは絶対やめてくれ……。俺の精神がやられる」


 一枚でも悶え死にそうなのだ。そんな何種類も保存したくない。


「じゃ、二枚でいっか」

「おう」

「どれがいいかなー」


 今度は、その二枚を選ぶようだ。

 俺は力強く言っておく。


「絶対、最初と最後のはやめてくれ……」


 最初の一枚はぼーっと突っ立てるだけだし、最後のは一番ノリノリでポーズを取ってるやつだ。


 春音はいやーな笑みを浮かべて頷くと、勢いよく二枚を選択した。


「わかった。だったらこれにしよう」


 タップされたのは、最初と最後の一枚。


「なんで……」

「この二枚が一番、思い出に残るでしょ?」

「それは……確かに」


 悪戯っぽく微笑んだ春音に、つい同意してしまった。思い出作りも兼ねてプリクラをやった以上、反論できない。


 完成した写真が出てくる。春音は近くに置いてあったハサミで二等分にして、片方をそっと丁寧に渡してきた。


 だから俺も大切に受け取る。俺の顔だけ、ハサミで切り取ってしまいたくなる衝動を抑えながら。


「ほんと誰だ? どう見ても俺に見えない……。ってか、なんでこっち?」


 春音が渡してきたのは、ノリノリでポーズを取ってる方だ。こっちの方がプリクラ写真としてはいい出来なので、てっきりこっちが春音の分だと思っていた。


 もう片方は、ぼーっと突っ立っている俺の横で、ちゃんとポーズを取っている春音の写真。


 それを真剣に見つめながら、春音は晴れた表情で、どこか自分に言い聞かせるように口を開いた。


「私はこっちがいいの。だって、今の私たちを表してる気がするから」

「どういう意味だよ……」

「さーね」


 春音はわざとらしく首を傾げる。


 店内の小さな窓からは、茜色の光が入ってきていた。


 もうそんな時間か。結局、ゲーセンしか回れなかったな。


 あの短冊と同じ、女子女子した丸文字で「けんと」「はるね」と書かれたその一枚を、俺は丁寧に財布にしまった。


 そして自問自答する。


 ……これ、一緒に帰るってことでいいんだよな? 


 たまたま会っただけだけだったが、陽が傾くまで遊んだのだ。それに、逆にここで解散というのもおかしな話である。

 

 なら……


 俺はなかなか言うことを聞いてくれそうにない口を、思い切って動かした。


「春音、そろそろ帰るか」



誰かのツイート

『今日は彼とプリクラを撮った。

 次はきっと、別の関係で撮れるように

 ……頑張るっ!                』

『へぇ〜、プリクラ撮ったんだー

 もうとっととくっついちゃいなよーw

 あーそうだ、確か私も前に

 彼氏とプリクラ撮った気が…… 

 でもどこやったっけ……?

 ワンチャン捨てた可能性あるw        』

 

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