第16話
***
四教科、本日の試験は全て終わったので、俺は部室へ向かっていた。
まだ日が傾いていないのに、この廊下を歩いているというのは新鮮な感じがする。
それにしても、一限は災難だった。あの後もずっと先生は、俺のことを見ていたのだ。まぁ、無理やり試験に集中することはできたのだが、及川先生は教室を出る際、俺にこっそりと小さく手を振ってきた。
マジであの人、何考えてるの……? めっちゃ恥ずかしかったんだが。
四限は懸念していた数学一だったのだが、春音に教えてもらったところもちゃんと解くことができた。一安心である。
部室へ着くと、すでに電気はついていた。彼女のこの尋常じゃない速さに、もう驚きはしないぞ。
「入るぞー」
「あ、健斗、座って座って」
中に入ると、春音が俺の席に目を向けた。長机の上には俺と春音側に計二つ、同じハンカチに包まれた弁当箱が。
こうして並んでいるところを改めて見ると、お揃いということが顕著に伝わってきた。
なんでこういうことしちゃうかな……。
とりあえず座って、食べることにした。
「「いただきます」」
どうやら春音も食べるようだ。
蓋を開けると、やっばりお互い中身は全く同じで、それを向かい合って食べているこの状況はついつい色んなことを考えてしまう。
料理はハンバーグにオムレツ、タコのウインナーとやっぱり色取り取りで、全部手作りなので手が込んである。
春音が、試すような笑みを浮かべた。
「試験、どうだった?」
「できたよ、普通に」
「そう、良かったねー」
「なんで
喜んでくれているようではあるが、それ以上にそっけない。春音は俺を選抜に入れたいんじゃなかったのか?
彼女は俺の顔を見ずに、弁当だけを見つめながら高圧的に言ってきた。
「だって、私が教えたんだもん。当然でしょ?」
「すごい自信だな……」
「私、学年十位だし」
「……おう」
そう言われてしまったら、俺に反論はできない。
その後、俺たちは取り留めのない話をしながら弁当を食べ続けた。
「ごちそうさん」
「はーい」
春音とはぼ同時に食べ終わった。普段ならおそらく俺の方が食事のペースは早いが、なんと言っても春音が作ってきてくれたものだ。なので、できるだけ丁寧に食べた。
弁当箱を返すと、春音は小さく頷いて鞄にしまう。
そういえば彼女は今日、一度も見つめてきたり、弁当の味を聞いたりしてこなかった。
でも、ちゃんと言っておくか。
「おいしかったよ」
「よかった、ありがと」
少し、春音の表情が緩んだ気がした。もしかしたら、今回も内心ではどこか不安に思っていたのかもしれない。
長机の上が片付くと突然、春音はわかりやすく背中を丸め、目を泳がせながら気まずそうに口を開いた。
「……健斗、実はお願いがあって」
「なんだ?」
「あのさ……、勉強、手伝ってくんない?」
「え、は、俺が!?」
思わず大きな声で動揺してしまった。春音、一体どうしたのだろうか……?
彼女は不甲斐ないとばかりに、わざとらしい笑みを作った。
「……実は試験範囲の古典単語だけ、覚えるの忘れちゃってて。ちょっと『付き合ってくれない』? 問題出してくれるだけでいいから」
そう言って、古典単語張を渡してきた。なんか一部言い方がおかしかった気がするが、今は気にしないでおく。
「まぁ、そういうことなら……」
単語帳を受け取って、試験範囲のページを開いた。
「じゃあ、いくぞ」
「うん」
「かなし」
「――いとしい」
「めでたし」
「――すばらしい」
「あまた」
「――たくさん、数多く」
春音は迷うことなく、スラスラ答えた。あれ、本当に覚えてないのか? いや、まだ始まったばかりだし……
そう思ったのだが、その後も春音の勢いが止まることはなかった。完璧に暗記している。
しかし終盤、彼女の様子が変わった。
「いと」
「――たいそう」
「ながむ」
「……物思いにふける」
急に暗いトーンになった春音。
「ふだん」
「……いつも」
「ゆかし」
「……見たい、聞きたい、知りたいっ」
ぐったりと前傾姿勢になった春音は、誰かに訴えるように答えた。
そして、訝しげな視線を向けてくる。
「……もしかして健斗、わざとやってる?」
「え、なんのこと?」
わざとも何も、俺はページに書かれた単語を読み上げているだけだ。
春音はため息を吐くと、「なんでもない」と言って、目で続けるよう促してきた。
なので、よくわからんが俺も次の単語を読む。
「こひねがふ」
「……強く願い求める」
「いつしか」
「……早くっ」
「あふ」
「――結婚してっ! …………あっ、間違えた、結婚する!」
「……正解」
いきなりすごい反射速度で、とんでもない間違いをしてきたので刹那、思考が止まってしまった。ちょっとドキッとしちゃったじゃん。
活用表って覚えるのめんどくさいけど、大事なんだな……。
***
ついに四日間の試験が終わり、土日を挟んで答案返却も済んだ終業式の今日。俺は変わらず、文芸部室にいた。
春音の弁当を食べているのだ。
結局、春音は毎日弁当を作ってきてくれている。
なんだかこのまま、ずっと続きそうですらあるな……。別に俺としてはありがたいのでいいのだが、春音は大変じゃないだろうか。
丁度、お互い食べ終わったので聞いてみる。
「春音、弁当だけど、別に気は使ってくれなくてもいいぞ? 大変だろうし……」
「いやいや、それは大丈夫っ!」
春音は大きく首を振った。それと同時に、ポニーテールもすごい速さで揺れる。
「そういえば春音って、ずっとポニテだよね。なんで?」
「……ばか、ラクだからよっ」
急に春音はプイッと顔を背け、吐き捨てるように言った。
「そ、そうか」
「……あ、そうだっ」
ふと何か思い出したように、春音が顔を戻した。彼女は苦笑いを浮かべつつ、話し始める。
「あのさ、言うの忘れてたけど……、最終日の三コマ目の試験監督、及川先生でさ……めっちゃニヤつきながらこっち見てきたんだけど」
「……春音、それは俺もだ」
「え、いつ?」
「俺は初日の一コマ目だった」
「それはお気の毒に……」
春音が同情してくれた。クソッ! 先生、やっぱり春音のこともっ! ……まぁ、なんとなく予想はしていたが。
「……なんか、心を見透かされてるようで怖かった」
その時の様子を思い出すように、春音が呟いた。
「春音、何か先生に隠し事とかしてんの?」
「へ!? 先生にってわけじゃないんだけど……、やっぱなんでもない!」
「絶対何かあるだろ……」
春音の慌てようですぐにわかる。一体、何を隠しているんだろうか……。
俺が怪訝な視線を向けていると春音はそれを遮るように、鞄から期末の答案用紙を全教科分、出してきた。
彼女はことさらに余裕ぶった態度をとる。
「け、健斗! 試験、どうだった?」
誰かのツイート
『ポニーテール。
大好きな彼の前で、私がずっとやってる髪型。
もう何年も前だけど、
彼が「可愛い」って言ってくれた髪型だから、
私はきっとやめられない。 』
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『ウェーブのかかったロング。
基本的に私はいつもこの髪型。
つい最近、割とどうでもいい彼氏が
「綺麗だね」ってのたまってきた髪型だから、
近いうちに絶対、やめてやる。 』
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『ちょっ、マネしないでw
しかも内容がすごいことに…… 』
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