第14話

「おーい、大丈夫かー」


 よっと手を伸ばし、春音の顔の前で左右に振ってみる。


「……あ、ごめん」


 はっと気づいたように、春音が顔から手を離した。そして、持ち直した彼女は平然と言ってくる。


「というわけで、明日もテスト終わったら部室来てね」

「……結局作って来てくれるんだな、ありがと」

「うん。じゃ、私も食べよ〜」


 そう言って春音が取り出した弁当箱は、それを包んでいたハンカチに至るまで全く俺のと同じだった。


 彼女が弁当箱を開けると、予想はしてたがやはり中身も完全に一致している。


 お揃い……。


 いや、気にするな。春音の物だし、春音が作ったんだ。逆にわざわざ別の料理を作るのも手間だろう。


 俺がずっと見ていたからか、春音は食べ始める前にそっけなく言ってきた。


「あんま見ないで、食べずらい」


 なんか前にも聞いたことがあるセリフだ。だから、俺も同じような言葉を返す。


「今回もそっくりそのまま返してやりたいよ……」

「…………まぁ、そうだね。……なら、好きなだけ見てていいよ」


 認めざるおえなくなった春音は、バツが悪そうな表情で、どこかやけになったように呟いた。


「……いや、別に見ないけど」

「なんで?」

「え、見てほしいの……?」


 マジトーンで聞いてきた春音に、思わず聞き返す。

 彼女はあわあわと両手を振って否定した。


「い、いや、そんなわけないじゃんっ!」


 そして、この話はもう終わりとばかりに、お弁当を食べだす。


 本当、時々春音の行動がわかんなくなるなぁ……


 ***


 春音が弁当を食べ終わると同時に、予鈴が鳴った。


「また放課後だな」

「そだね」


 基本的に俺は、彼女が食べている最中は一切話しかけなかった。特に話す話題も思い浮かばなかったし、向こうも話しかけて来なかったのだ。


 しかし、相変わらず気まずくなんてなかった。不思議とこの弛緩した空気が、心地よく感じられた。


 そしてこの場所に、二つほど授業を受ければ再びやって来れる。


 と、ここでやっと話す話題というか、聞いておきたいことが浮かんだ。


「今日も勉強するんだよね?」

「もちろん。明日に備えて」

「ってことは……」

「あー、お菓子のこと? 持って来てるよ」

「悪いな、ありがとう」


 軽く答えた春音に礼をする。やっぱりまたお菓子、作って来てくれたのか。

 

 あんなに沢山作るのは大変だろうにありがたい。そして俺は今日も、夕飯が食べれなさそうだ……。


 ふと、春音が斜め上を見つつ、言いずらそうに口を開いた。


「……でも、クッキーは作って来てないから。もうあんなことは……あれだし」

「そうだな……」


 お互い、どちらが自分のか分からなくなるなんてことはあれっきりで十分だ。主に精神的に……。


 俺は立ち上がり、扉の前で振り返る。


「春音ももう出るだろ? 行こうぜ」

「……うん」


 少しの間を置いてから、春音は頷いて、二人分の弁当箱を持ってやってきた。

 それを見て俺は、彼女の前に手を差し出す。


「……? あー、そういうこと」


 首を傾げた春音は、すぐに何のことか思い至ったかのように一人頷き、俺の手の上に二つの弁当箱を乗せてきた。


「ありがとねー」

「……おう?」


 これ、「部室の鍵を代わりに返しとくよ」って意味だったんだけどなぁ……。お陰で春音の教室まで行かなきゃいけなくなっちゃったじゃん。


 でも春音はいいのか? 


「教室まで、俺ついて行ってもいいの?」

「……あ、それはちょっと」


 気づいた春音が、申し訳なさそうな表情になる。

 俺は受け取ったばかりの弁当箱を返し、再び手を差し出した。


「鍵、持ってくよ」

「いや、いい」

「遠慮しなくていいよ、俺手ぶらだし」

「そういうことじゃなくて、……健斗が、少し離れて私についてきてくれればいい」


 俯いた春音が、髪を弄りながら小声で言ってきた。

 しかし俺は今、弁当も鍵も持っていない。


「それじゃ俺、何の役にも立ってないぞ?」

「いいの。役に立つとかじゃなくて……」


 気づけば顔がほんのり赤くなっている春音は、勇気を振り絞るようにして言い放った。


「……私は、健斗と一緒に鍵を返しに行きたいだけなのっ!」

「そ、そうか……。じゃあ、行こう」


 すると春音は、胸の辺りにそっと手を当てて微笑を浮かべた。

 彼女は独り言のように呟く。


「……良かった。ちゃんと言えた」


 やっとわかった……、今まで俺が部室を出る度に、春音が何か言いたげにしていた理由。まさか一緒に鍵を返しに行きたかったとは。


 なぜか全然腑に落ちないけど、そういうことだったんだろう。よかった、つい「一緒に帰る?」とか言っちゃわなくて。危なかった……。


「もう授業始まるし、急がないとな」

「あ、ほんとだ」


 部室の時計を確認した春音が、どこか緊張した様子で頷く。


 二人で部室を出ると、春音が鍵を閉めた。そして、俺より三歩先を早足で歩いていく。周囲には教室へ向かう生徒たちが多々見受けられるが、このくらい離れていれば春音は大丈夫なようだ。


 廊下の角を曲がって階段を下ると、進んだ先に職員室が見えてきた。


 ここへ来るまでに春音は、不安げに何度も後ろを振り返っている。


「…………」


 また、彼女が振り向いた。


 大丈夫、ちゃんといるっての。


 ***


「おつかれ」

「ああ。ここ数日、何かとありがとな」

「気にしないでいいよ」


 放課後、前回同様に春音の手作りお菓子を食べつつ、本日の勉強が終了した。


 内容は、テスト前のそう復習ってとこだ。色々頭に詰め込みすぎて、パンクしそうである。ついでに胃袋もパンパン……


 帰る支度が終わったので、俺は席を立つと春音の様子を一瞥する。


 どっちだろ……春音、放課後も俺と鍵を返しに行くつもりだろうか? 彼女は今、普通に帰る支度をしている。


 ここでもし俺が先に帰ろうとしたら、またいつものように寂しげな視線を向けてくるのかなぁ……。


「……春音、鍵、また一緒に行く?」


 考えたところで意味はないので、こちらから聞いてみた。

 対して彼女は、真顔で首を傾げる。


「え、当たり前じゃん」

「……だっ、だよなー」


 まずいことを聞いてしまったことに気づき、慌てて同意した。そうだ、普通に考えれば、一回だけ一緒に返しに行くって方がおかしいな。


 俺の様子を怪訝に見ていた春音が、なにか察したのか、ふと目を逸らした。


 彼女は口を尖らせながら言ってくる。


「……別に、健斗が嫌ならいいけど」




誰かのツイート

A『いつもの彼と、校内でやっと一緒に歩けた。

  嬉しくてつい何度も振り返っちゃったけど、

  変に思われてないかな……?

  次は、一緒に帰れるように頑張るっ       』


B『文芸部の顧問してるけど、

  部員がいつもナニしてるのか

  全然知らないな〜笑

  夏休みも活動するのか……?


  それはそうと……、ナイトプール行きてぇ…… 』

 

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