第13話
土日は春音に教えてもらっていない文系教科を勉強した。前回の中間よりは頑張ったので、少しは点数が上がるんじゃないだろうか。というか、上がってもらわないと困る。
来年度、春音と同じクラスになるために。
放課後、奴らと距離を置ける場所を与えてくれているわけだし、そのくらいの恩返しはしたい。
さて、その奴らの内の二人、
「美奈、あのさ……」
「話しかけんな」
もうこれ、詰んでるんじゃないか……? 特に沢田。二人の仲は佐藤の気分次第といったところだが、その佐藤は一向に和解する気配がない。
沢田、もう俺に無駄な意地とか貼るの諦めたらどうだ?
そして今日はもう一組。
「まなか、勉強教えて?」
「は? やだし。しかもなんで今頃?」
「それは……」
「自分で頑張りなよ」
「……はい」
彼女は俺を含めたあの七人の中で一番成績がよかった。ああ見えて真面目なところがあるのだ。
では俺も、朝のHRが始まるまで勉強でもするか。
そうすれば周囲の視線、特に男子二人、女子二人からの視線は気にならなくなるだろう。
***
チャイムが鳴った。
昼休みになった。
俺はいつものように全速力で教室を抜け出し、そしていつもとは違う行き先へ向かう。
食券を買うために急いでいる生徒たちを尻目に、階段を上って人気のない四階へ辿り着いた。
部室の前へ来ると、すでに電気はついている。ちょっと待って、昼休みも相変わらず早すぎない!? どうやって来てるの?
「入るぞー」
「あ、健斗。まぁ座って」
春音が自分の正面を指差す。
俺が座ると、彼女は試すような眼差しを向けてきた。
「なんで呼んだと思う?」
「弁当作ってきてくれたからでしょ?」
「ちぇっー、つまんな〜い」
あっさり言い当てられ、春音は拗ねるようにそう吐き捨てる。そして、ハンカチに包まれた長丸い弁当箱が差し出された。
彼女はそっけなく言ってくる。
「はい」
「どうも……、そんな機嫌損ねなくていいだろ」
「だって楽しみにしてたんだもん。健斗が驚くの」
「そう言われてもな……」
なら誘う時に、「食堂に行く前に来て」なんて言っちゃだめだ……。
「えっと、食べていい?」
「どうぞ」
「頂きまーす……」
俺がハンカチを
食べずらい……
肝心の弁当はと言えば、玉子焼きにコロッケ、小松菜のおひたしなど色々入っており、さらにご飯にはとうもろこしとベーコンが混ぜ込んである。全体的にカラフルで見栄えがいい。
こんな女子感がすごい弁当は初めて見たぞ……。
「春音、大丈夫だ。十分、今驚いてる。めっちゃ
「だったら早く食べてー」
「……はい」
素直に褒めてみたが、春音の様子は変わらず、真剣にこちらを見つめてきている。
まずは玉子焼きを口に入れた。口の中でふんわりと甘さが広がる。
「……どう?」
「美味いよ」
「良かった……」
春音が心底安心したように息を吐いた。そんなに俺の反応が心配だったのだろうか。俺は先週のお菓子の時点で、弁当の味は一ミリも疑ってなかったし、むしろ楽しみにしていた。
まぁ、作り手にしかわからない不安というのがあるのだろう。
これでやっと落ち着いて食べれる……と思ったのだが、春音の視線、というか圧は変わらない。これ、多分完食するまで続くぞ……。
「次、小松菜食べて」
「わかった」
指定されたので、小松菜のおひたしを食べる。だし醤油がよく染みていてそんなに野菜が好きではない俺でも普通に食べれた。
「これも美味かったぞ」
「よし……じゃあ次これ!」
春音はほっとしたように頷き、すぐさま次の料理を指さした。
「あ、はい。コロッケですね。頂きます……」
当然、コロッケもおいしい。
それからも春音は、一つ一つ俺の反応を伺い続けた。
「ごちそうさま」
食べ終わったので、空になった弁当箱を再びハンカチで包んで返す。
「はーいっ」
それに春音は、満足げに弁当箱を受け取った。
それもそのはず、俺が一品ずつに対して「おいしい」と言ったのだから。あれはもう言わされたと言ってもいいかもしれない。まぁ、事実だからいいのだが。
でも、食べずらかったことも事実なので言っておく。
「もっと自信持っていいと思うよ」
「うん、ありがと……でも大丈夫。自信なら持ってるから」
ドヤっと勝気な眼差しを向けてきた。
「……じゃあなんであんな不安そうに見てきたんだよ」
「そりゃ、何日もかけて練習したん……あ」
慌てて春音は口元を抑えた。これは自分でも言うつもりがなかったようだ。しまったといった表情を浮かべている。
この弁当のために、春音は数日使ったのか……。どうりで最近、食堂で彼女を見かけなかったわけだ。試作を自身の昼食にしていたのだろう。
マジで本当、どうしてそこまで……。
「……俺の弁当のために、ありがとな」
春音の行動理由は一旦置いといて、とりあえずお礼はしておく。
「…………うん」
消え入りそうな声で頷いた春音は、どんどん朱に染まっていく顔を手で覆った。
なんと声をかけるべきか……と思っていたら、彼女は指の隙間から目を覗かせ、ボソッと呟く。
「また、作ってきてもいい……?」
「春音がいいなら……、お願いします」
「なら明日も作ってくる」
「テストの後か、よろしく頼むわ」
「明後日も作ってくる」
「お、おう。ありがとう……」
「
「ちょっとー、春音?」
このままだと無限に言い続けそうだったので止める。どうしよう、春音がおかしくなってしまったぞ……。
「まぁあれだ。俺はいつだって、春音が弁当を作ってきてくれて、困ることはないから」
「……本当?」
「ああ。だから全部、春音次第だ。今日限りでやめてもいいし、これからずっと作ってきてくれてもいい」
「これから、ずっと……?」
重々しく、春音が復唱する。なんか誤解されてないだろうか。
「いや、……それは言葉の
「ずっと……」
「春音〜、戻って来ーい」
「ずっと……………………」
そして彼女は、完全に黙りこんでしまった。ただひたすら、指の隙間から俺を見ている。え、何? 怖いよ……。
誰かのツイート
『彼氏がテスト前なのに、
弁当作って来てほしいとかほざいたから
コンビニのおにぎりを渡してやった。
そしたら、微妙な反応をされたw
その表情だけで、私の気分は爽快っ! 』
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『相変わらず仲悪いんだね……
ちなみに私は今、
例の彼のためにお弁当を作ってます。
喜んでくれるといいなぁ…… 』
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