第12話

「餌付け……」


 彼女の意図はわかるけど、なんか嫌な言いだな……


 ちょっと俺が引き気味になっていると、春音は愉快に言ってくる。


「さ、頑張ろうっ! 赤点取らないように!」

「……あの俺、前言ったと思うけど、平均くらいは取れてるからね?」


 なんかテスト前の決まり文句みたいなことを言われたので、そう返しておく。

 すると春音は、むすっと口を尖らせた。


「わかってるよ、ノリで言ったみただけだし……。健斗は来年私と同じクラスになるために、選抜目指して勉強してるんだから」

「どっちかって言うとそれ、俺の意思ってより春音の意思だと思うけど……」

「う、うるさい! とにかく勉強っ!」


 春音は強引に話を切り上げ、俺の隣へやってきた。そして、例の水色シャーペンを渡してくる。


「これ」

「あ、どうも……」


 一日経ったし、もう何も気にせず使っていい……よな?


 ***


 まずは問題を十問程度解き終わり、時間としては三十分くらい経った。


「じゃー採点する」

「お願いしまーす」


 春音にノートを渡す。

 すると、代わりに小さなチョコ蒸しパンが渡された。


「食べていいよ」

「ありがと」


 受け取って、ぱくっと口に入れる。中にはチョコチップが入っていて、ちょうどいい甘さだ。


 そんなもぐもぐ状態の俺を、春音はじーっと見つめてくる。優しげで、楽しげで、どこか嬉しそうに。


「美味しい?」

「うん、うまいよ」

「私の手作りだから、それ」

「マジで!? すごいな。もしかして他のも……?」

「そう、全部手作り」


 自慢するように、春音は頷く。


「春音って料理上手かったんだなぁ〜」

「えへへー。すごいでしょ」


 彼女が、微笑を浮かべながら素直に照れた。純粋に可愛いな……。


 お菓子は他にもたくさんある。この時間のためだけに、一生懸命作ってくれたのだろう。そう考えると、少し申し訳なくも感じる。


 勉強、頑張らないとな……あれ、もしかして俺、まんまと春音の思う壷にハマってる!?


 その後も俺は、勉強しては食べ、勉強しては食べ……をひたすら繰り返した。夕食えそうにないなぁ……


 そして生チョコや蒸しケーキ、ラスクなどが腹に入り、餌付けされ慣れた〜と思っていた時、それは起きた。


「「あっ」」


 クッキーをパクついていた俺の手と、採点をしながらクッキーをかじっていた春音の手が衝突する。


 クッキーを俺は左手で持っており、左利きの春音は右手で持っていたので……俺と春音の間にある皿に、食べかけクッキーが二つ落ちた。


 春音が軽く謝ってきた。


「ごめん」

「俺こそすまん……で、どっちが俺のだろ?」


 おそるおそる尋ねる。まずいことになってしまった……


「そっちが健斗じゃない?」

「あ、そう?」

「いや、なんとなく」

「またそれかよ……。これ、どうする?」


 聞くと春音は、無駄に大袈裟な動きで少し小さい方のクッキーを掴んだ。そして、勢いよく口に入れる。


「お、おい……」

「……いいでしょ。そんな細かいこと気にしなくて」


 そう、そっけなく言ってきた。だが、春音の顔はクッキーを噛み砕くごとに真っ赤に染まり、それは耳まで広がる。


「全然よくねぇじゃねぇか……」


 いくら幼馴染だって、もう高校生だ。それくらい誰だって、嫌でも気になってしまうだろう。


「…………」


 ついに彼女は耐えられなくなったのか、恥ずかしさのあまり机に突っ伏した……ちょっ、そこ俺のノートの上! 


 シャーペンのことと言い、俺は彼女がどこまでを気にしないのかわからない……。


「春音、それ俺のノートだけど……」

「……いい。私、こういうのも気にしないから」


 声音だけは平静だ。どこかやけになっているようにも感じたが。


 春音はそれからしばらく、顔を上げなかった。


 ***


「あーやっと終わった〜。そして食べ終わった〜」

「お疲れー」


 五時半になり、本日の勉強は終了した。お菓子の包み紙などをまとめ、ゴミ箱へ捨てる。


 いつものように水色シャーペンを春音に返すと、彼女はふと思い出したように言ってきた。


「健斗、月曜の昼休み、部室来て」

「昼休み? なんで?」

「いいからいいから。あ、食堂に行く前に来てね」

「……わかった。授業終わったらすぐ行くわ」


 とりあえず、それだけ伝えておく。もうここまで言われれば、さすがの俺でも春音の目的は大体わかる。


 お弁当、作ってきてくれるのか……


 素直にそれは嬉しいが、友人でしかない俺にどうしてそこまでしてくれるのだろう。今日のお菓子の勢いでって感じだろうか。もしかしたら、最近作れるようになった料理の試食に付き合わされるのかもしれない。


 まぁどっちにしろ、俺の昼休みと言えば食堂で不毛な時間を過ごすだけなのでありがたい。


 先にお礼を言っておく。


「ありがとな」

「何が?」

「いや、なんでもない」


 首を振って、俺は通学鞄を持つと立ち上がる。


「じゃ、また来週」

「あ、健斗……」


 なぜか春音も立ち上がり、俺の手を掴んできた。


「どした?」

「…………」


 問うと、春音は何か言おうと口を開きかけたが、それはすぐに引き結ばれてしまう。


 しかし、彼女の俺を掴む手は離れない。


 もしかして春音、俺と帰りたいのか……!?


 ここ数日の彼女の様子から、なんとなくそんな気がする。


 でも、これはあくまでも俺の推測であって、本当は全然違うのに「一緒に帰る?」とか聞いてみて断られたら一生立ち直れそうにないし……


 考えても仕方がないので、それとなく。


「春音? あのさ、一緒に……」

「ご、ごめんなんでもない!」


 春音がパッと手を離した。彼女の顔は真っ赤に染まっているようにも見えるが、これは斜陽に照らされているからそう見えるだけかもしれない。


「……そ、そうか。それじゃ」

「うん……」


 小声で頷いた彼女に背を向け、部室を出る。


 結局、春音は俺と帰りたいのか……? 何かあるのは確かなんだが。


 部室を出る度にあんな顔をされちゃ、こっちもどう対応していいかわからなくなってしまう。 


 ただ一つわかることは、俺が部室を出た後、彼女がため息をついていたということだけだ。

 

 ***


 月曜日。明日から期末だというのに、後ろにいる奴らはやっぱりうるさい。


 でも今日は昼休みも、あの部室へ行ける。


 そう思うと、少し元気が出てきた。




誰かのツイート

『片思い中の人とクッキー食べてたら、

 手がぶつかってお互いの食べかけクッキーが落ちた。

 向こうはどっちが自分のかわからずに動揺してたけど、

 私は自分のがわかってた。

 だから、私は彼が落とした方に手を伸ばした。       』

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